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#23 計画
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無理だろうか。
芙由子はじっと返事を待った。
あんな夫婦でも、この子にとっては実の親なのだ。
たとえ父親とは血がつながっていないとしても、生きるために頼れる者は彼らしかいないのだから。
息詰まるような沈黙に、危うく音を上げそうになった時、
「行く」
小さな声で、比奈が言った。
「比奈、お姉ちゃんと行く。パパとママは、もういらない」
強い意志を秘めたつぶらな瞳が、正面からまっすぐ芙由子を見つめている。
「比奈ちゃん…」
手が汚れているのも忘れて、芙由子は強く少女を抱きしめた。
パジャマを通して、温かいぬくもりが伝わってくる。
だが、それにしても、比奈はひどくやせているようだった。
それに、何日も風呂に入っていないのか、髪の毛が油じみていて全身が汗臭い。
逃げるなら、今だ。
比奈を抱きしめて背中をさすりながら、芙由子は素早く部屋の中に目を走らせた。
電気は消えているが、窓の外の街灯の明かりで、なんとか様子は見て取れる。
隅に落ちているのは、芙由子の服やスカートだ。
コートは無理にしても、なんとかセーターとスカートを身に着けて、あの窓から脱出するしかない。
芙由子は唯一の光源である明り取りの窓を見上げた。
テーブルを動かして台にすれば、手が届かぬ高さではない。
広さは50センチ四方ぐらいだろうか。
体の小さい比奈は余裕で通り抜けられるだろうし、芙由子も太ってはいないから、無理をすればなんとか抜けられそうだ。
問題は、窓の向こうがどうなっているか、である。
この105号室は角部屋だから、あの窓の向こう側も路地だろうが、そちら側にもベランダに類するものがあったかどうかまでは、記憶になかった。
仮に比奈を先に逃したとしても、路面からかなり高さがあるようでは、むしろ危険である。
かといって、芙由子が先に外へ出てしまっても、比奈を引き上げる手立てがない。
どうしよう。
早くしないと、あいつが戻ってきてしまう。
芙由子は、ふと男の眼を思い出した。
眼鏡の奥の眼は、完全に瞳孔が開いてしまっていた。
麻薬中毒者は、そんな眼をしていると何かで読んだ記憶がある。
もしやあの男も、と思う。
芙由子を監禁しておきながら、ロープを切ってそのまま立ち去った杜撰さは、あるいはその表れなのかもしれなかった。
そこまで考えた時だった。
ロープ?
芙由子の視線が、尻のあたりにとぐろを巻いている洗濯ロープに止まった。
改めて、手に取ってみた。
ナイフで切られて2本になったロープのうち、片方は意外に長い。
これが、使えるかも。
「比奈ちゃん、ちょっと両手を上げてて」
比奈の胸にロープを巻いた。
残りはまだ1メートル近くありそうだ。
そこに、切れたもう1本をつないで硬く縛ると、2メートルほどの頑丈な紐ができあがった。
なんとか、いけそう。
もう迷っている時間はなかった。
部屋の隅から衣類を拾い上げ、スカートを穿き、裸の上からじかにセーターを着こんだ。
ローテーブルを持ち上げ、音を立てぬよう、壁際に運び、窓の下に置いた。
その上に立ってみると、眼の高さに窓が来た。
思ったより、低い。
これなら、私でも…。
「いい? 比奈ちゃん、よく聞いてね」
比奈を窓の下に立たせると、声を押し殺して、芙由子は説明を始めた。
「お姉ちゃんが、先にこの窓からお外に出る。それで、安全を確認したら、このロープで比奈ちゃんを引っ張り上げる。でね、お手々が窓に届いたら、がんばってよじのぼってきてほしいんだ」
「うん」
芙由子の眼をまともに見返して、真剣な表情で、比奈がうなずいた。
芙由子はじっと返事を待った。
あんな夫婦でも、この子にとっては実の親なのだ。
たとえ父親とは血がつながっていないとしても、生きるために頼れる者は彼らしかいないのだから。
息詰まるような沈黙に、危うく音を上げそうになった時、
「行く」
小さな声で、比奈が言った。
「比奈、お姉ちゃんと行く。パパとママは、もういらない」
強い意志を秘めたつぶらな瞳が、正面からまっすぐ芙由子を見つめている。
「比奈ちゃん…」
手が汚れているのも忘れて、芙由子は強く少女を抱きしめた。
パジャマを通して、温かいぬくもりが伝わってくる。
だが、それにしても、比奈はひどくやせているようだった。
それに、何日も風呂に入っていないのか、髪の毛が油じみていて全身が汗臭い。
逃げるなら、今だ。
比奈を抱きしめて背中をさすりながら、芙由子は素早く部屋の中に目を走らせた。
電気は消えているが、窓の外の街灯の明かりで、なんとか様子は見て取れる。
隅に落ちているのは、芙由子の服やスカートだ。
コートは無理にしても、なんとかセーターとスカートを身に着けて、あの窓から脱出するしかない。
芙由子は唯一の光源である明り取りの窓を見上げた。
テーブルを動かして台にすれば、手が届かぬ高さではない。
広さは50センチ四方ぐらいだろうか。
体の小さい比奈は余裕で通り抜けられるだろうし、芙由子も太ってはいないから、無理をすればなんとか抜けられそうだ。
問題は、窓の向こうがどうなっているか、である。
この105号室は角部屋だから、あの窓の向こう側も路地だろうが、そちら側にもベランダに類するものがあったかどうかまでは、記憶になかった。
仮に比奈を先に逃したとしても、路面からかなり高さがあるようでは、むしろ危険である。
かといって、芙由子が先に外へ出てしまっても、比奈を引き上げる手立てがない。
どうしよう。
早くしないと、あいつが戻ってきてしまう。
芙由子は、ふと男の眼を思い出した。
眼鏡の奥の眼は、完全に瞳孔が開いてしまっていた。
麻薬中毒者は、そんな眼をしていると何かで読んだ記憶がある。
もしやあの男も、と思う。
芙由子を監禁しておきながら、ロープを切ってそのまま立ち去った杜撰さは、あるいはその表れなのかもしれなかった。
そこまで考えた時だった。
ロープ?
芙由子の視線が、尻のあたりにとぐろを巻いている洗濯ロープに止まった。
改めて、手に取ってみた。
ナイフで切られて2本になったロープのうち、片方は意外に長い。
これが、使えるかも。
「比奈ちゃん、ちょっと両手を上げてて」
比奈の胸にロープを巻いた。
残りはまだ1メートル近くありそうだ。
そこに、切れたもう1本をつないで硬く縛ると、2メートルほどの頑丈な紐ができあがった。
なんとか、いけそう。
もう迷っている時間はなかった。
部屋の隅から衣類を拾い上げ、スカートを穿き、裸の上からじかにセーターを着こんだ。
ローテーブルを持ち上げ、音を立てぬよう、壁際に運び、窓の下に置いた。
その上に立ってみると、眼の高さに窓が来た。
思ったより、低い。
これなら、私でも…。
「いい? 比奈ちゃん、よく聞いてね」
比奈を窓の下に立たせると、声を押し殺して、芙由子は説明を始めた。
「お姉ちゃんが、先にこの窓からお外に出る。それで、安全を確認したら、このロープで比奈ちゃんを引っ張り上げる。でね、お手々が窓に届いたら、がんばってよじのぼってきてほしいんだ」
「うん」
芙由子の眼をまともに見返して、真剣な表情で、比奈がうなずいた。
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