汚れちまった悲しみに、きょうも血潮が降り注ぐ

戸影絵麻

文字の大きさ
58 / 58

エピローグ

しおりを挟む
 駆けつけてきた警官たちに救助され、芙由子と比奈は病院に収容された。
 ふたりを監禁・凌辱した松村大翔の容疑はゆるぎないものだったが、警察が頭を抱えたのは彼の死についてだった。
 ハルトはベランダに結びつけられたロープで縊死しており、事故死か他殺かあるいは自殺なのか、いっこうに判別がつかなかったからである。

 
 芙由子の病室を巧が訪ねてきたのは、事件から3日ほど経ってからのことだった。
「あなたが殺したの?」
 開口一番、芙由子はたずねてみた。
 あの時、窓の鍵が開いていたことを知っていたのは、おそらく巧ひとりだろう。
 巧なら、部屋の中に侵入して、ハルトを殺すことができたはず。
 そして、ひょっとしたら、と今になって思うのだ。
 岩崎正治を殺したのも、実は巧ではなかったのか、と。
「さあ」
 が、巧は途方に暮れたように頭を掻くだけだった。
「それが、よく覚えていないんですよ。どうやら車の中でうとうとしちゃったらしくって、気がつくと、松村家の周りは警官でいっぱいで」
 少しの変化も見逃さぬよう、表情を観察したつもりだったが、巧は露ほども不自然な素振りを見せなかった。
「まあ、いいんだけど。巧君が犯人であろうとなかろうと」
 芙由子はしみじみと深いため息をついた。
 岩崎正治も松村大翔も、純粋な悪意の塊だったのだ。
 純粋な悪意は、滅びたほうがいいに決まっている。

 それから半年。
 元の養護施設に戻された比奈は少しずつショック状態を脱し、ようやく以前の自分を取り戻そうとしていた。
 この半年間、ほぼ毎日施設に通った芙由子は、比奈を里親として預かる決意を固めていた。
 念願の介護福祉士の資格を取得して新しい職場に変わり、里親としての審査にもパスする見込みが出てきたからである。
 その日も芙由子は、待合室で比奈を待っていた。
 やがて、女性職員に手を引かれて、比奈が姿を現した。
 事件の直後は全身傷だらけで自閉症に陥っていた比奈だったが、今はすっかり落ち着いて持ち前の子どもらしさを取り戻していた。
「お絵描きしたんだよ」
 何枚かの画用紙を差し出して、比奈が笑った。
「えー、すごーい、見せて」
 芙由子が目を輝かせると、困惑したような表情で、横から女性職員が口をはさんできた。
「それが、へんてこな絵ばっかりなんですよ」
「へんてこな、絵?」
 受け取った画用紙に、目を落とす。
 クレヨンの原色が、視界に飛びこんできた。
 長い竿の先につけた刃物で、若者が男の首の後ろを刺している。
 次の絵は、大の字になった裸の女の姿である。
 3枚目に描かれているのは、裸の女の上に覆い被さる男の首にロープを巻きつける若者の姿だった。
 どうやら殺人を犯しているのは、1枚目に登場する若者と同一人物のようである。
 不思議なのは、どちらも背中に白い羽根のようなものが生えていることだ。
「この人、だあれ?」
 芙由子は、震える指で羽根の生えた若者を指差した。
「巧にいちゃん」
 比奈が真顔で言った。
「巧にいちゃんは、比奈とふゆちゃんの守護天使なんだよ」 
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

リラ
2018.07.22 リラ

汚れちまった悲しみに、って言うのは中原中也の作品からとったものなのでしょうか?

2018.07.22 戸影絵麻

コメントありがとうございます。
おっしゃる通りです。
ただし、内容とはほとんど関係ありませんが…。

解除
甘酒 夢魅
2018.07.01 甘酒 夢魅

比奈,頑張れ!!

2018.07.01 戸影絵麻

ありがとうございます。
最近、ひどい事件が多いので、小さい子が救われる話を、と思って書き始めました。
ただ、私にそれができるかどうか、不安でもありますが…。

解除

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。