背徳の獣たちの宴

第1章 背徳の影

#1 俊

　私の名は戸影絵麻。
　
　瀬戸内海に面した、小さな町に住む中学3年生。
　
　身長154センチ、体重は…もちろん、秘密。

　運動も勉強も中の中で、取り得といえるものは何もない。

　顔だちも地味だし、別にスタイルがいいわけでもない。

　趣味は二次創作のイラストと読書だから、クラスカーストでいえばいわゆる陰キャラってやつ。

　友だちと呼べるのは、家が近所で幼なじみのさやかくらい。

　あとのクラスメートには、たいてい存在すら気づかれないまま、毎日を過ごしている。

　自慢といえるものがあるとすれば、それは双子の兄、俊の存在だ。

　双子といっても、二卵性双生児だから、兄と私は全然似ていない。

　頭脳明晰で超美形。

　クールでありながら、それでいて優しい。

　小学生時代から神童だった俊は、両親にとっても自慢の息子だった。

　母が兄を小学校の低学年から進学塾に通わせ、中学受験させたのは、ある意味正当な選択だったのだろう。

　こんな田舎の潮臭い町で朽ち果てるには、俊はあまりに特別な存在でありすぎたのだ。

　関西や関東の超難関校を狙える実力は十分にあったらしいのだけど…。

　小6の時、兄が選んだのは、うちから比較的近い、愛媛県の中高一貫校だった。

　私立英光学園。

　東大や京大に毎年卒業生の3分の1を送り込む、この地方屈指の名門進学校である。

　兄はその英光学園に首席で合格し、家を出、特別奨学生として寮生活を送ることになった。

　英光学園が、全寮制の男子校だったからである。

　大好きな俊と離れて暮らすのは、正直つらかった。

　でも、その反面、私はほっとしたものだ。

　なぜって、男子校なら、他の女に俊を取られなくて済む。

　そう思ったから。

　田舎町とはいえ、同じ年代の子供がいないわけではない。

　だから、俊は小学生の頃から、下級生上級生を問わず、異様にモテた。

　バレンタインデーになると、玄関に山積みになるチョコ。

　お正月には、郵便受けからあふれ出す年賀状。

　俊が小6になって大人びてくると、女子中学生たちののストーカーまで現れる始末だった。

　母が俊を全寮制の私立に入れたのは、そうした脅威から大事な息子を守るため、という意味もあったのかもしれない。

　俊が出て行って、2年間は平穏な日々が続いた。

　春夏冬の長期休みにしか帰って来なかったけど、俊はこの春までは、至極落ちついて見えた。
　
　再会するたび、私はときめき、動揺したものだ。

　持ち前の美しさの中に、次第に凛とした男らしさを増していく俊。

　いつのまにか、その姿を正視することができなくなっていたのである。

　そんな、私の自慢の兄に変化が起きたのは、今から2ヶ月程前。

　ゴールデンウィークを間近に控えた平日の夜のこと。

　何の前触れもなくぶらりと帰ってくると、茫然と見守る私たち家族の前で、俊は静かに宣言したものだった。

「俺、しばらく家にいるから。学校は、休学ってことにしといてくれない？」


　何か悩みを抱えているとか、そんな深刻な雰囲気でもなく、俊はいつも通りの俊だった。

　ただ、私たちが何度聞いても、休学の理由は教えてくれなかった。

「疲れちゃってさ」

　いつもそう、そっけなく答えるだけだった。

　その日から、俊は自分の部屋に住みつき、引きこもり生活を送り始めた。

　食事の時には気が向くと部屋から出てきたけれど、大半は中で過ごしていた。

　でも、私はそれで十分幸せだったのだ。

　また俊と、ひとつ屋根の下で生活できる。

　そう思うだけで、天にも昇る気持ちになれたから。



　だけど、私の知らないうちに、何かが起こり始めていた。

　口にしたくもない、汚らわしい何かが。

　まったく、うかつとしかいいようがないけれど…。

　私がそれに気づいたのは、つい1週間ほど前のことだった。