背徳の獣たちの宴

戸影絵麻

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第2章 浮遊する死者

#6 危機的状況

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「とにかく、きょうはもう帰らなきゃ」

 自転車にまたがると、言い訳するように、私は言った。

「いい加減、遅くなっちゃったから」

「そうだね。探偵の件、考えておいてね」

 矢守翔子が、薄闇の中、白い歯を見せた。

「あ、それから、トカゲちゃんが嫌ならエマって呼べばいい? 私のことも、ヤモリがキモいなら翔子でいいよ」

「翔ちゃん、にする」

 もじもじと私は言った。

 なんだかこの子、呼び捨ては似合わない。

 変なことも言うけれど、私がこれまで会った同級生の中で、いちばんかっこいい。

 正直、あこがれてしまうタイプなのだった。

「OK。エマに翔ちゃんね。じゃあ、また明日」

「うん」

 初対面の眼鏡美女との会話で、少し気分が晴れたようだった。

 下り坂は加速に任せ、上り坂は自転車を引いて、私は30分かけて、家に帰りついた。

 いつもなら、ただいまと玄関先で声をかけるところだが、わざと足音を忍ばせて中に入った。

 この時間はまだ父は帰っていない。

 ということは、家の中は母と俊のふたりだけのはずである。

 上がりがまちに上がってすぐ、浴室の電気がついていることに気づいた。

 もわっとする熱気が、わずかに開いたアコーディオン・カーテンの間から漂ってくる。

 こんな早い時間に、母か俊のどちらかがお風呂に入っているのだろうか。

 スリッパに履き替え、リュックを靴箱の上に置き、浴室に向かう。

 私ったら、何やってるんだろう?

 帰るそうそう、覗き魔のマネ?

 一瞬自嘲気味にそう考えたけど、好奇心には勝てなかった。

 開いた隙間から中を覗いてみると、浴室の縁に、全裸の俊が腰かけていた。

 その前にうずくまっているのは、白い肌を惜しげもなくさらした真っ裸の母だ。

 母は俊の股間に顔をうずめ、両手を上に伸ばして俊の乳首に爪を立てていた。

「ああ…」

 目を閉じて、切なげに俊がうめく。

「いいよ…いい」

 まただ。

 私は両手で耳をふさいだ。

 こんな声、聴きたくない。

 ふたりとも、ひどい。

 しょうこりもなく、またしてるんだ。

 親子なのに。

 けがらわしい。

 けだもの。

 こんなこと、していいはず、ないじゃない。

 よろよろとあとじさった時だった。

 ガチャリと、玄関のドアの開く音がした。

 私はあわてて突き当りの洋間に飛びこんだ。

 おそるおそる柱の陰から覗くと、父が入ってくるところだった。

 お父さん…!

 どうしてこんな時間に?

 顔から音を立てて血の気が引くのが分かった。

 よりによって、このタイミングで帰って来るなんて。

 このままでは、俊と母のしていることが、父にばれてしまう…。

 飛び出して、父を家の外に連れ出すべきかどうか、私は迷った。

 でも、そんなことをすれば、私が帰っていることが、お風呂の中のふたりに知られてしまう。

 どうしよう…。

 その逡巡が、手遅れにつながった。

 父は風呂場の異常に気づいたようだ。

 カーテンの陰から聞こえてくる俊のうめき声。

 母の立てるクチュクチュといういやらしい音。

 それが耳に入ったに違いない。

 父が忍び足で浴室に近づいていく。

 お父さん、ダメだよ!

 私は危うく叫び出しそうになった。

 もう、殺人事件も、探偵ごっこもなかった。

 恐怖で身がすくんだ。

 翔ちゃん、私どうしたらいいの…?

 心の中で翔子の面影にそう話しかけた時である。

 父が、異様な行動に出た。





 






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