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夜空のラムネ
〈夜の居場所〉
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夜の正門は、少女一人分の隙間を開けて僕を待っていた。
「もー。遅いから一人で練習しちゃったよ」
いつもより遅れてプールに到着すると、すでにひと泳ぎして体の温まった渡辺さんが、偉そうに待っていた。
しょうがない。僕にだって家を抜け出すタイミングってものがある。
「今日は何をすればいいですか。コーチ」
いつから僕がコーチになったのだろうか。
渡辺さんは澄んだ瞳で僕を見ていた。
果たしてそれが正解かどうかは分からないが、泳げない者が泳げるようになるには、まずそれしかないと思った。
「淵に捕まりバタ足からかな」
「はい! コーチ」
渡辺さんは早速プールに飛び込むと、両手で淵を掴み、勢いよく足を水面に叩きつけた。
最初は気になっていた水音も慣れてしまったのか、それほど大きくは聞こえなかった。
一応あたりを確認するようにプールを一周するが、特にかわった様子もない。
ただ今日も音楽室の窓は開いていて、外に出たカーテンがヒラヒラと夜空を羽ばたいていた。
まさか戸田先生があそこから見ていたりして。なんて思ったが、黙って見ている理由もないし、そもそも戸田先生なら一緒に泳ぎにくるはずだ。
周囲の確認を終え戻って来ると、渡辺さんはいつの間にかバタ足をやめプールサイドに寝そべっていた。
「隊長。今日は少し疲れたので休憩します」
いつから隊長に僕はなったのか。根性のない隊員は、女子とは思えないほど股を広げて夜空を眺めていた。
僕は本当のコーチでも隊長でも無いので、休む渡辺さんを邪魔しないよう、静かな夜に腰を下ろした。
眠気なのか、疲れなのか。はたまた夜の学校がそうさせるのか、ただ何も無い風景をピントの狂ったカメラのような視界で覗いていると、渡辺さんが、おそらく僕に話しかけた。
「あーやっぱり夜の学校は楽しいなぁ」
もしかしたら一人言かもしれないその言葉を、昼間の学校はつまらないと聞こえてしまったのは、僕が捻くれているからだろか。それとも僕がそう思っているだけなのか。
分からなかったのでしっかりと聞いてみた。
「渡辺さんは学校が楽しい?」
「……」
渡辺さんが考えていた。そして静かな夜に、ポツンと言葉を落とした。
「いじめがなければ」
落ちたその言葉はすごく小さい声だったけど、とても重く、聞いたくせに僕には掴む事が出来なかった。
渡辺さんもいじめがある事を認知していたんだ。
てっきり自由に登校していて、何も気づいていないものだと思っていたから。
「渡辺さんは誰がいじめられていると思うの?」
確認の為に僕は聞いてみた。
「うーん……」
渡辺さんは何も言わなかった。
なんでだろう。素直にわからなかったからか。それなら渡辺さんは、わからない。とハッキリ言うだろう。
だからなんとなく僕はわかった。名前を言ってしまったら自分もいじめている側に近づいてしまう感じがして、素直に名前を口に出せない。
それでも渡辺さんには名前を出して欲しかった。僕の考えと一致すれば僕が楽になるから。
それから少しだけ静かな夜がやってきた。僕がこさせてしまったのかな。
「よーーーし」
でも渡辺さんが壊してくれた。
渡辺さんは突然立ち上がると、目の前を指さし決めた。
「あの木がゴールラインだ」
渡辺さんの指差す方向には、プールを囲うフェンスの上から、一本の枯れた桜の木が頭を出していた。
確かに丁度プールの半分くらいの位置に飛び出ている木は、目標には丁度良いが、泳げない僕には絶対に越える事のできないラインだった。
少し泳げる渡辺さんでさえ難しく思える。
肩を回し準備体操のような動きを見せ、泳ぐのかと思ったが、気合に満ちた渡辺さんは静かに更衣室へと消えていった。
今日は終わりって事ね。
しっかりと正門を閉め、本日二度目の下校。
「隊長。明日のプール頑張ります」
渡辺さんは僕に敬礼をし、プールバッグをぶらぶらさせながら、また泳ぐように下校していった。
明日はプール。泳げない僕は見学するしかなかった。
しょうがない。具合が悪いという事にしよう。貴重なズル休みはまだ使えない。
次の日に嫌な事が待っている夜は、どんなに逆らっても時間は冷静だった。
「もー。遅いから一人で練習しちゃったよ」
いつもより遅れてプールに到着すると、すでにひと泳ぎして体の温まった渡辺さんが、偉そうに待っていた。
しょうがない。僕にだって家を抜け出すタイミングってものがある。
「今日は何をすればいいですか。コーチ」
いつから僕がコーチになったのだろうか。
渡辺さんは澄んだ瞳で僕を見ていた。
果たしてそれが正解かどうかは分からないが、泳げない者が泳げるようになるには、まずそれしかないと思った。
「淵に捕まりバタ足からかな」
「はい! コーチ」
渡辺さんは早速プールに飛び込むと、両手で淵を掴み、勢いよく足を水面に叩きつけた。
最初は気になっていた水音も慣れてしまったのか、それほど大きくは聞こえなかった。
一応あたりを確認するようにプールを一周するが、特にかわった様子もない。
ただ今日も音楽室の窓は開いていて、外に出たカーテンがヒラヒラと夜空を羽ばたいていた。
まさか戸田先生があそこから見ていたりして。なんて思ったが、黙って見ている理由もないし、そもそも戸田先生なら一緒に泳ぎにくるはずだ。
周囲の確認を終え戻って来ると、渡辺さんはいつの間にかバタ足をやめプールサイドに寝そべっていた。
「隊長。今日は少し疲れたので休憩します」
いつから隊長に僕はなったのか。根性のない隊員は、女子とは思えないほど股を広げて夜空を眺めていた。
僕は本当のコーチでも隊長でも無いので、休む渡辺さんを邪魔しないよう、静かな夜に腰を下ろした。
眠気なのか、疲れなのか。はたまた夜の学校がそうさせるのか、ただ何も無い風景をピントの狂ったカメラのような視界で覗いていると、渡辺さんが、おそらく僕に話しかけた。
「あーやっぱり夜の学校は楽しいなぁ」
もしかしたら一人言かもしれないその言葉を、昼間の学校はつまらないと聞こえてしまったのは、僕が捻くれているからだろか。それとも僕がそう思っているだけなのか。
分からなかったのでしっかりと聞いてみた。
「渡辺さんは学校が楽しい?」
「……」
渡辺さんが考えていた。そして静かな夜に、ポツンと言葉を落とした。
「いじめがなければ」
落ちたその言葉はすごく小さい声だったけど、とても重く、聞いたくせに僕には掴む事が出来なかった。
渡辺さんもいじめがある事を認知していたんだ。
てっきり自由に登校していて、何も気づいていないものだと思っていたから。
「渡辺さんは誰がいじめられていると思うの?」
確認の為に僕は聞いてみた。
「うーん……」
渡辺さんは何も言わなかった。
なんでだろう。素直にわからなかったからか。それなら渡辺さんは、わからない。とハッキリ言うだろう。
だからなんとなく僕はわかった。名前を言ってしまったら自分もいじめている側に近づいてしまう感じがして、素直に名前を口に出せない。
それでも渡辺さんには名前を出して欲しかった。僕の考えと一致すれば僕が楽になるから。
それから少しだけ静かな夜がやってきた。僕がこさせてしまったのかな。
「よーーーし」
でも渡辺さんが壊してくれた。
渡辺さんは突然立ち上がると、目の前を指さし決めた。
「あの木がゴールラインだ」
渡辺さんの指差す方向には、プールを囲うフェンスの上から、一本の枯れた桜の木が頭を出していた。
確かに丁度プールの半分くらいの位置に飛び出ている木は、目標には丁度良いが、泳げない僕には絶対に越える事のできないラインだった。
少し泳げる渡辺さんでさえ難しく思える。
肩を回し準備体操のような動きを見せ、泳ぐのかと思ったが、気合に満ちた渡辺さんは静かに更衣室へと消えていった。
今日は終わりって事ね。
しっかりと正門を閉め、本日二度目の下校。
「隊長。明日のプール頑張ります」
渡辺さんは僕に敬礼をし、プールバッグをぶらぶらさせながら、また泳ぐように下校していった。
明日はプール。泳げない僕は見学するしかなかった。
しょうがない。具合が悪いという事にしよう。貴重なズル休みはまだ使えない。
次の日に嫌な事が待っている夜は、どんなに逆らっても時間は冷静だった。
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