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王都ルミエラ編

25話 途中から味がわからなかったです

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 おはようございます。べつに今起きたわけではないですけども早く目覚めたいので言ってみました。わたしは今、知らない人 (シリル・フォールさん)からいただいたランチを食べてしまったがために幻想の世界に旅立っています。あんなに真剣に怒って諌めてくれたのに、アベルごめん。知らない人からもらったものは食べてはいけません! だめ、ゼッタイ! 園子、覚えた!

 今見ている幻覚をお伝えしましょう。わたしの、隣に。わたしの左隣に。オリヴィエ様が座っていらっしゃいます。左のおみ足を上に組んでいらして。食後のコーヒーを時折口に運びながら、左手にはわたしがなぐり書きしたノートが。ああああああ。幻覚とはいえ恥ずかしい。ぎゃあああ、めくらないでえええ、次のページにはらくがきがあああああああ。

 シリルさん (知らない人)が、正面からちょっと心配そうにわたしを見ています。そうでしょうね、わたしはきっと今まな板の上の鯉。いえむしろ活け造りされて息も絶え絶えの鯉。それもこれも知らない人からもらったものを食べたから……! うらみますよ、シリルさん(知らない人)‼

「……かわいいね。この、ノートの端の絵は、クマ?」

 少し微笑んでオリヴィエ様がおっしゃいます。ぎゃああああああああああああああああ。むりいいいいいいいいいいいいいいいいい。息も絶え絶えに「はいっ、そうですっ」と言います。むり。絶え絶えじゃなくて絶える。息絶える。

 ――しっかりしろ、園子‼ これは幻覚だ‼

 はい、心を強く持とうと思います。背筋をぴんと伸ばしたら、シリルさん(知らない人)が心配色を強めた不思議そうな顔をされました。ご心配ありがとう、わたしは元気です。

 ひとつ。ひとつ言い訳をさせてください。クマですね。はい、クマを描きました。あのですね、クマさんがいたんですよ。ステージ上にクマさんがいたんです。パネルディスカッションでオリヴィエ様の左隣に座った、真ん中の方ですけども。クマさんだったんです。みんなそう思いますってあの風貌は。クマさんですって。発言はすっごくクマっぽくなかったですけども。ちょう鋭いこと言ってましたけども。でね、ちょうど強めの幻覚が強度を増していたときだったんですよ。気をしっかり保とうと思ったんですよ。ふっと視界の端に入ったのがクマさんだったんですよ。しかたがないじゃないですか、クマだったんです。あークマさんだなーって、ちょっと描いちゃったんですよ。ちょっと強め幻覚から気をそらしたくて。そらしたくて。すみませんごめんなさい許してくださいなんでもしますから。

「クマ好きなの?」
「いえぜんぜん」

 シリルさん (知らない人)が尋ねてこられたので即答しました。わたしはユキヒョウが好きです。それに対してオリヴィエ様が吹き出すという幻視がありました。むり。いくら幻覚でも尊すぎる。ここはどこ、天国? そうだ天国だ。アウスリゼという天国だった。なんてことだ、わたしはすでに昇天していた。みんな、今までありがとう。いろいろあったけど、おおむねわたしは幸せでした。

「好きだから、描いたのだと思った」
「だってステージにクマさんが……」

 オリヴィエ様がおっしゃったことに言い訳しようとして正直にポロッと口にしてしまいましたが失言だとすぐに気づきました。オリヴィエ様とシリルさん (知らない人)が同時に爆笑しかけてこらえました。こらえました。オリヴィエ様が爆笑するとこ見たかったですがそれをこらえるというのはさらにレアなのでは? レアなのでは? これはわたしの生前の徳ゆえに見ることができたSSレアシチュなのでは? ありがとう生前のわたし。しんでもこっちでうまく生きていけそうです。

「サオルジャン氏も、まさかクマ扱いされているとは思わなかっただろうな」

 シリルさん (知らない人)が苦笑しながら言いました。そうです中央に座っていらした通信会社のサオルジャンさんです。個人特定したってことはあなたもそう思っているってことでは? 彼を見て「クマさん……」と思ったのでは? 疑惑は尽きない。
 
「――とてもおもしろかった。あなたの国の言葉で書かれているところはわからなかったけれど。拾ってほしかった単語がちゃんと伝わっているようで、良かった。ありがとう」

 オリヴィエ様からノートが返却されました。御自らわたしのような下賤の民にそのみ手により直接渡してくださいました。ああああああ。ああああああ。このノートは末代まで語り継がねば。わたしが末代かもしれないから文化財登録しよう。そしてこの世の終わりまで久しく保存してもらおう、そうしよう。ところでアウスリゼに文化庁ありますか?

「体調はどうだろうか。以前お会いしたときは、あなたが倒れてしまってお話しできなかったが」

 ……やっぱりバレてました? あのときの呼び出し食らったやつだってバレてました? デスヨネー。「ハイダイジョウブデス」とあんまりだいじょうぶじゃない感じで答えました。
 シリルさん (知らない人)が、「ああ、顔見知りでしたか!」とおっしゃいました。いえそんな。わたくしごときがオリヴィエ様と顔見知りとかそんな。

「ええ、以前少しだけ。彼女はリシャール殿下の『友人』ですよ」

 とってもお断りしたはずですけどオリヴィエ様がおっしゃるならそれで。それでいきましょう。あのですね、オリヴィエ様もリシャールの友人なんですよ。わたしもリシャールの友人らしいんですよ。おそろい? これおそろい? リシャールおそろい? 幸せすぎる。しぬ。

「やあ、ますます惜しいなあ、交通量調査させておくなんて! ソノコ、やっぱりうちに来ないかい。少しはましな稼ぎになるよ。保証する」

 お申し出はありがたいんですけどねえ。わたしは身を縮こませながら言いました。

「あの、ありがとうございます。でもわたしたぶん、一応、言葉を選ばなければ、不法滞在みたいな感じだと思うんです。なので、シリルさんのところでお世話になると、とてもご迷惑がかかると思います」
「不法滞在? え、君、国境越えしてきたのかい?」
「それについては、私に預けてほしい。あなたが殿下の庇護下にあることは間違いない。心配しないでくれ」

 オリヴィエ様が言葉を引き取って、わたしが答えにくい質問に応じなくていいようにしてくれました。優しい。知ってた。すてき。LOVE。

 おひらきになるとき、立ち上がったら握手を求められました。――オリヴィエ様から。

 もうなにがなんだかその前後の記憶があいまいです。ただその少し冷たい指とてのひらが、解釈一致すぎてやはりこれはわたしのクリエイティブな脳が生み出した精巧な幻覚だと確信できました。生涯手を洗わずにこの幻想の中に生きようと思いましたが、その直後にシリルさんからも握手を求められたので洗ってもいいやってなりました。

 よかったら午後も、とシリルさんに言われたんですけど、おえらいさんたちとネットワーク形成とか考えたくもないので全力でお断りしました。オリヴィエ様がリシャールの『友人』と言ってくださったので、シリルさんは『つなぎを取っておくべき人物』とわたしを見なしたようです。――おっかねえ!
 帰ります! 赤魚とポテサラおいしかった。どこかで果物買おう。そして現実に戻ろう。
 たのしかった。いい夢が見れました! ありがとう、経団連フォーラム‼
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