上 下
83 / 247
 領境の街・リッカー=ポルカ

83話 これ、なんとかなったってことでいいですかね

しおりを挟む
「サルちゃんは、どうして領境に行こうとするんですか」

 なんか、小難しいことできないのでずばり聞いてみました。だって知りたいのはそこですし。サルちゃんは微笑んだまま、ちょっとだけ首を傾げておっしゃいました。

「どうしてソナコはそれを気にするの?」

 質問に質問で返しちゃいけないんだ! と思ったので、「質問に答えないで質問で返しちゃいけないんだー!」と言いました。はい。ら、「なんで? いいじゃない」と言われました。なん……だと……。完全論破だと思ったのに……。文化圏が違ったようです。

「『シキイ』様のことだってそう。あんな作り話までしちゃってさ」
「えっ? いえ『敷居を踏んではいけない』は本当にわたしの故郷にある言葉でして」
「ああ、そうなの? てっきり僕を煙に巻くために即興で作った話だと思っていたよ」

 ……そうだよ、なんて言わないんだからねっ!

「で。まさかそれを僕にも信じろっていうわけじゃないでしょう。リッカー=ポルカの人たちみたいに」
「サルちゃんだってリッカー=ポルカの人じゃないですか」
「……そうかも? まあ僕は別」

 いつも通りの微笑みのはずなのに、やっぱり窓際係長じゃありません。

「――僕がここの人たちに馴染めないでいるの、あなたならわかってくれていると思ったんだけど」

 ぞっとするくらいキレイな笑顔で、サルちゃんが言いました。でも、鳥肌が立つくらい怖く感じたのに、わたし悲しかったんです。なんとなく。なんとなくだけど。かなしかった。

「……あんなに愛されていても、馴染めていないって本当に思いますか、サルちゃん」

 ちょっとだけ目を見開いてから、やさしい声で返答がありました。「そんな愛いらない」

「あなたも質問に答えないで質問で返しているよ。答えてよ。ずっと気になっていたんだ。あなたは、僕のなにを知っているの?」
「なにも知りません。わかりません。さっきレアさんに聞いて、やっとサルちゃんが戦争で功績上げた方だって思い出したくらいです」
「あー、なんだ、それも知らなかったんだ。じゃあなんだろう。なんであなたは、僕が『どう行動するか』を知っているような行動をとるんだろう」

 困ってしまって、わたしは言葉を探しました。なにも知りません。わたしの中には推測に基づくわたし個人の確信があるだけです。なので、「なにも知りません、本当に。ただ、サルちゃんをここで止めなきゃ、ぜったい後悔するんです。その確信だけがあるんです」と答えました。偽りない本心です。
 サルちゃんも、レアさんも、なにもおっしゃいませんでした。玄関ホールに落ちた静けさには、外で吹きつける雪の音と、アシモフたんの平穏な寝息だけがありました。わたしはどこか悲しくて、ただ真っ直ぐにサルちゃんを見ていました。

「――ふしぎだね。あなたの愛は、うざくないな。素直に受け取れそうだよ」
「いえ、べつに愛してはいないです」
「こんな熱烈な告白は生まれて初めてだな。ありがとう。家はどこに買おうか?」
「いえ、べつに愛してはいないです」
「僕をここで止めようとするのに? そこに愛はないの?」
「ないですね。サルちゃんのことは好きですが、愛はないですね」
「わかった。式場は海辺にしようね」
 
 本気で言っているわけではないのはわかるのでそれについてはとくになにも思うところはないんですが。やっぱりこれは答えてくれない感じですかね。黙ってじっと待って『答えたまえ』という圧をかけていると、サルちゃんはちょっと笑いました。

「勘違いしたくなるのは本当。僕が『シキイ』様を怒らせにいくのを、身を挺して止めようとするあなたはかわいかった」
「……なんで、『シキイ』様を怒らせたいんですか」
「退屈だから」

 するっととんでもない言葉が出てきました。びっくりして言葉を継げないでいると、「手を見せてよ、ソナコ」と言われ、わたしはミトンを脱いで右手を差し出しました。握手する要領でサルちゃんはわたしの手を取って、そしてぎゅっと握ります。

「――僕はね、あなたの手が好きだ。小さくて、なにも持っていないように思えるのに。きっとたくさんのものを拾う」

 つながれた手を見るサルちゃんの表情からなにかを読み取りたかったけれど、むりでした。わたし、サルちゃんがなにを考えているのか、わからない。「冷え性だね、お肉たくさん食べなよ」と言って手を離すと、そのまますっと席を立ってすたすたとお部屋の方向へ歩いて行ってしまいました。あわてて席を立って、追いかけます。ずっと黙っていたレアさんも、そのままなにも言わずにわたしへと続きました。

「サルちゃん、行かないですか?」
「行かない。拾われるよ」

 追いつけなくて背中へ投げた言葉に、そう返ってきました。扉の中に吸い込まれた姿から、やっぱりわたしはなにも読み取れなくて、行かないと言ってもらえたのにまだ悲しかった。
 レアさんが「あたしの部屋へ」と小声でおっしゃったので、うなずいて今度はその背中に続きました。

「ソノコは、ラ・サル将軍がなにをすると思っているの」

 レアさんから真っ直ぐな瞳で真っ直ぐな質問がありました。わたしはごまかしやたばかりをそこに挟むのがいやで、それでも言葉を選ぶべきだと感じて慎重に答えました。

「領境附近で騒ぎを起こそうとしているのではと疑いました。いくつかの言動から、それが確信に変わって、今に至ります」
「なんであたしに相談しなかったわけ?」

 重ねるように言われて、わたしはびっくりしてレアさんを見ました。すっと無表情で、これはレアさんがあきれ気味に怒っているときの感じです。なんで。

「あのね、あなたは知らないかもだけど。あの人それなりにヤバい人なのよ。新聞沙汰になりかねない事件を少なくとも二件起こしている。両方とも暴行。特赦出てもみ消されたけど。ソノコだって、領境に近づけたら危ないと思ったから止めていたんでしょう」

 えええええええええええ。サルちゃん、そんなおっかない人なんですか。今になってぶるっと震えがきました。「それでなくとも屈強な男性よ。なんでひとりで向かって行くのよ! 無謀が過ぎるわ!」と言われて、なるほどそのとおりだなあと思いました。はい。

「えー、すみません。領境行かせないっていう一心でいたので、だれかに相談するとかぜんぜん念頭にありませんでした……」
「まあ、そんなところでしょうね。ソノコだから」

 それはどういう意味でしょうか。わたしってなんなんでしょうか。

「でも、止めたその判断は最高だったわ。勲章ものよ。えらい。――で。なんで、ラ・サル将軍のこと疑ったの?」

 レアさんにほめられたやったー!!! わたしは「女の勘です」と答えました。わたしのアテにならないけど。やってもいない犯罪をこれからやるかもしれないなんて、勘以外でなんか説明できますかね。グレⅡ知識に基づいたわたしの推理だって、こじつけの思い込みだって言われたらそれまでなんですよ。たまたまサルちゃんが犯行に及ぶような匂わせ言動を取ったというだけで、まだなにも起こってもいないわけですし。「……なにか、どこかから情報を得て、それで疑ったわけではないのね?」とレアさんが確認してきました。「はい。いっさいだれからもなにももらっていません」とお答えしました。レアさんは大きな大きなため息をつきました。

「あなたらしいって言えばそうなんだけど……もうちょっと予測のつく範囲内にいてよ……」

 懇願するような声色で言われました。すみません、おでかけ時はなるべく報告します。
 ベリテさんたちが起きてくる時間になったので、厨房へお手伝いに向かいました。今朝はパンの焼き上がりを監視する係になりました。おいしそー。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,849pt お気に入り:1,465

そして今日も、押入れから推しに会いに行く

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:357

殿下、それは私の妹です~間違えたと言われても困ります~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:844pt お気に入り:5,292

3歳で捨てられた件

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,996pt お気に入り:94

異種族キャンプで全力スローライフを執行する……予定!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,528pt お気に入り:4,744

私たち婚約破棄をされまして ~傷の舐め合いが恋の始まり~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:281

可笑しなお菓子屋、灯屋(あかしや)

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:788pt お気に入り:1

それを知らなければ

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

異世界王子の年上シンデレラ

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:915

処理中です...