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 マディア公爵邸にて

101話 なんかどうにかなりそうな気がしてきました

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 こんにちは。園子です。今クロヴィスのおうちのどこかに軟禁されているの。
 帰るときに引き留められて、ミュラさんが車窓越しに表情を大きく変えたのが見えました。ドアを開けようとされていましたが開きません。運転手さんへと詰問している様子も見えましたが、そのまま自動車は発進してしまいました。呆然とわたしを見ているミュラさんを、わたしも呆然と見送りました。こんなにミュラさんと気持ちを同じくしたことなんて今までないと思います。

 こちらに来たのは午後をいくらか過ぎたくらいでした。鉄格子がはめられた窓に今は夕陽の色が見えます。部屋がせまいわけではないですし、身動きが取れないわけでもありません。お手洗いは備えられていましたが、お風呂はありません。書棚があって時間つぶしのできそうな本が並んでいます。ドアは自分では開けられないように外からカギがかけられていて、その上見張りの騎士が立っています。軟禁レベルとしては要人扱いなんでしょう。不幸中の幸いと受け止めておきます。
 とりあえず落ち着くために、書棚を物色しました。貴族年鑑とか紳士録とかないですかね。ホームズで出てきたやつ。そこから犯人を見つけたり重要参考人を導き出したりできるんですよ。きっとクロヴィスにとってはわたしが犯人で重要参考人なんでしょうけど。ありませんでした。
 マディア公爵家の成り立ちと歴史に関する分厚い本がありました。読めって感じで一番いい場所に置いてあります。とりあえず手には取りましたけど、二ページでギブアップしました。だめ、眠くなる。お茶とか淹れられないかいろいろ探してみたんですけど、洗面所があるので水は確保できますが、食器類や飲食物はありませんでした。まあ、お客様じゃないしね。

 そのうちとっぷりと日が暮れたので、オイルランプに火を入れてカーテンを閉めていたら、ノックがありました。返事をする間もなくドアが開かれ、メイドさんがワゴンを押して来ます。どうやらごはんはくださるみたいです。よかったです。
 言葉なくテーブルに食事をセットし、言葉なく一礼して去って行かれました。たぶんわたしと会話しないように言われているのだと思います。さて、何日この状況で過ごすのでしょうか。
 食事のメニューはなかなか重い感じでした。クロヴィスが体育会系だからですかね。カロリー爆弾。こんなところに押し込まれてこんな食事を与えられたらわたし肥えてしまう。レアさんが作るバランスの取れた食事でベスト体重を保てていたのに。どうしよう。でもお残しはしませんとも。
 お膳を下げるためにメイドさんが来られたときに、家令さんもいっしょにいらっしゃいました。はい、待ってました。わたしはどういう扱いなのかをお尋ねしようと思っていましたが、あちらからすぐに切り出してくださいました。

「あなたにはこちらに来賓として滞在していただきます。身辺の必要については不自由させぬようにとの指示を受けておりますので、なにかございましたら立ち寄るメイドにお申しつけください」
「クロヴィス閣下とは、お話できますか」
「その予定も必要も、今のところございません」
「それってずっとただここに閉じ込めておくってことですか」
「今後のことはまだわたくしも指示を賜っておりませんので、お答えしかねます」

 ちょっと気がめいってきました。どうしましょう。
 去っていかれようとしたのであわてて呼び止めます。とりあえず必要なものはもらわなきゃ。

「あの、筆記用具一式ください。それと、水を飲むときのコップと、歯ブラシ」

 歯ブラシだいじ。ちょうだいじ。
 すぐにメイドさんが持ってきてくれました。歯を磨いて、置いてあったナイトウエアに着替えて、オイルランプの灯を落とします。こんな緊急事態でも、めっちゃいいオフトゥンの魔力にはあらがえませんでした。そっこー寝つきました。ぐう。

 おはようございます。早く寝たので早く目が覚めました。そりゃそうだ。カーテンを開けたらまだ空は紺というには青が足りない薄明けのころでした。二度寝しようかと思ったんですけど、たぶん昼寝し放題だからいいやと思って着替えて顔を洗いました。
 ドアの向こうでなにか音がしました。近づいて耳を当ててみると、どうやら見張りの騎士さんが誰かと会話しているようです。控えめな笑い声が聞こえたあと、だれかが去っていきました。その後はシーンとしています。交代の時間だったとかですかね。
 まだ暗いし、ランプを点けてまで読書したいわけでもなかったので、することがなくてもう一度ベッドの上にばふっとうつぶせに倒れこみました。どうしよう。これいつまで続くんだろう。半日ともたずに時間を持て余してる。ふとんに顔をつっこんだまま、「ううー」と機嫌がわるいときのアシモフたんみたいにうなっていたら、突如「よう、元気だったか」と声が降ってきました。びびりすぎて「ぃはっ⁉」とへんな声が出ました。あわてて上半身だけのけぞって起き上がります。

「……アベル!」
「ひさしぶりー」

 ちょっと予想外すぎてそのまま固まっていると、「いや、その姿勢崩せよ。とりあえず座って話そうぜ」と言われました。はいそうですね。
 アベルは見張りに立っていた騎士さんと同じ、全身よろい姿でした。右手にはかぶとも抱えています。「えっ、えっ」とわたしが混乱していると、苦笑いしながら「俺、今マディア軍所属なの」と言いました。えあああああああああ⁉

「なに⁉ なに⁉ どういうこと⁉」
「もうちょい声小さく。この時間はだれも来ないが、気をつけるにこしたことはない」
「(どういうこと)」
「そこまで小さくなくてもいい。簡単な話。ルミエラ出た後の仕事が、ここだった。それだけ」

 リシャールがジルを軍に潜入させたということです。レアさんをメラニーの側に置くのではなく。頭の中でいろいろな考えが巡りました。整理したらいろいろ見えてきそうな予感です。

「で、おまえは元気だったの」

 なつかしそうに目を細めてアベルが微笑みました。まだ暗くてよく見えないけれど、それでもちょっと日に灼けた気がするし、ほっぺのラインが前よりシュッとなった気がします。でもアベルです。これまでのことが走馬灯のように思い出されます。総じて元気でした。「はい元気です!」と答えました。

「とりあえず、おまえが俺のことに気づいていることは伝えてあるから、接触することが許された。いざとなったら俺が抱えて逃げるから安心してしばらく軟禁されてろ」
「気づいてるって、なにですか」
「今さらすっとぼけんな。俺が殿下のものだってことだ」

 さすがにびびって言葉を失いました。ここでそれ言っちゃならんでしょ! ろくろをかろうじて回せなかった人っぽい感じであわあわしました。アベルがくつくつと喉を鳴らします。

「やっぱ、おもしろいわおまえ。ソノコ」

 そう言うと、アベルはかぶとをかぶりました。口元しか見えなくなって、だれだかわかりません。「なるべくおまえの監視の組へ入ることにする。外へ連絡取りたいことがあれば、そのときにでも」と言われ、わたしはうなずきました。

「それとさー。おまえ。へんな男ひっかけんなよ」

 低い非難の声で言われました。誓ってだれもひっかけてませんが。「まさかこんなことになるなんてなあ……ほんと予想外すぎるよ、ソノコは」とぼやいて、音もなくアベルはドアの外へと出ていきました。ガチャリ、とカギがかけられた音がします。
 ――びいいいいいいいっくりしたあああああああ‼
 そうか、ジルの潜伏先、クロヴィスのところだったのか! そりゃそうだ、レアさんがいないんだもの。それに代わるくらい、いやもっと成果を出せる人間を出向させるのが道理だよね! はあああああ、なるほどおおおおおお。
 めっちゃ騎士してるようです。びっくりです。べつにもやしっ子だったわけではないですけど、こういう肉体派なことってしないイメージでした。それもあってマディア軍に潜入しているっていう選択肢はまったく思いつきませんでした。でもたしかに、軍をかく乱するには一番いいですよね。中にいるのが。
 窓の外が少しずつ明るくなってきました。そして日が差し込みます。比例するようにわたしの気持ちも明るくなって、とりあえず二度寝しました。
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