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再び、レテソルへ
100話 いえぜんぜんさっぱりこれっぽっちも
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ホンモンだーーーーーーーー!!!!
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説明しよう‼ 『クロヴィス・ジャルベール』とは‼
選択制のグレⅡシステムのうち、リシャールと双対になるシナリオの主人公である‼
現マディア公爵であり、『王杯』によってリシャールとともに聖別された人間。見上げるほどの巨躯ながら、本来ならば温厚な性格で知られている。しかし、聖別された直後に父親が急死し、それによって爵位を世襲するという混乱のさなか、かねてより親交があり婚約を果たしたばかりの最愛の恋人、ザテパルノ伯爵令嬢メラニー・デュリュフレが倒れ余命宣告を受けてしまう。
折しも結婚に先駆けてマディア邸に移ったばかりのことだったが、病態を押してまで結婚をすることはできなかった。メラニーはそのまま療養生活へ。そしてこの一件により、クロヴィスは『王杯』を継承することにより得られるとされる『聖力』を求めることになった。
自身も武人であり、マディア公爵家に仕えるヘルガ騎士団を元帥として束ねる。
短い黒髪に蒼眼。二十六歳。
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土下座しそうになりましたが堪えました。リシャールもそうでしたけど、この堂々たる主人公感……‼ たぶん芸能人とかが出すオーラとも違います。もっとこう、なんかこう、上に立つ者ムーブです。はい。庶民が浴びるのはなかなかヘヴィですね!
かろうじて淑女の礼をとり頭を下げました。ぐらついててもいいんです。とりあえず礼儀を示したという形が必要なんで。メイドさんは壁際に下がって頭を下げています。いや、わたしから話しかけられないからあなたがわたしのこと説明してほしいんですけど!
「はやく連れ出せ、騒がれたら目障りだ」
「わが主へはばかりながら申し上げます。こちらの方は先ほどお見えになりました、公使閣下のお連れの方でございます」
「なに……」
頭のてっぺんに視線を感じます。じりじりします。やめてはげる。「顔を上げてよい」とお許しが出たので姿勢をただしました。あー、内転筋伸びたわー。
「……ソナコ・ミタか」
「ソノコ・ミタです」
「まさか子どもだとは思わなかった」
「いえ、成人しています。二十七です」
「は……」
笑ったのか感心したのか紙一重な声をあげてクロヴィスは首を振りました。「年長のご婦人だったようだ、失礼した。なぜここにいらっしゃる?」と、じっとわたしを見て言います。
「お手洗いお借りして、ついでにいろいろ観察していました! めったに見られないので!」
正直に状況を説明したらクロヴィスは無表情になります。あやしまれないためにはなにごとも積極的に情報開示するのがいいと思ったのですがどうやら違ったようです。てへぺろ。「同行の公使は」とするどく尋ねられたので、「お部屋にいらっしゃいます」と答えました。
「わかった、参ろうか。先に進んでくれ」
うっわー、ちょう警戒されてるー。しまったー。ぬかったー。正直という美徳はレテソルでは尊ばれぬようだ。なんとなげかわしい!
――とまあ、明るく言ってはみましたが。まずいっすね。ちょうまずいっすね。ものすごくまずいっすね。どうしよう。てくてく歩きながら冷汗が。背中に燃えるような視線が。ああああああ。
扉の前を通り過ぎかけて、メイドさんから「そちらです」と声かけがありました。はいすみません。いちおうノックして開けました。絵画を鑑賞していたミュラさんがこちらを振り向いて、ちょっと驚いた顔をしました。そうでしょうね。わたしの真後ろにクロヴィスいるからね。
まずはお部屋の中心あたりまでお互い歩み寄って握手。ミュラさんもクロヴィスも穏やかな笑顔を見せています。
「お招きにあずかりました。特派弁理公使のエルネスト・ミュラです」
「手紙と、そしてご足労をありがとう。クロヴィス・ジャルベールです。わが領へようこそ」
メイドさんがカップを下げて新しいお茶を用意しています。クッキーも下げられちゃいました。みんなでソファについて、お茶が配られてメイドさんが一礼の元去って行かれるのを待ちました。家令さんは入り口あたりに控えています。
「絵画にお詳しいのですか。熱心にご覧になっていたようだ」
クロヴィスが微笑みながらミュラさんに尋ねます。わたしに対するのとずいぶん違う態度じゃないでしょうか。ミュラさんは「学生時代に手習いのようなことをしていました。画家になりたいと思ったこともあったのですよ」と意外なことを述べます。
「あちらはマティスの初期の作品ですね。まだ銘が入っていない貴重な品だ。拝見できてよかった」
「さすがですね。色遣いが淡いので、なかなかマティスのものと気づく方は少ないのですよ。よい見識をお持ちのようだ」
「下手の横好きですが、そう言ってくださり恐縮です」
わたしは居心地がわるくてもぞもぞしそうなところを堪えています。自分でもお手本のようだと思うくらいにぴっといい姿勢を保って。お茶は。お茶は飲んでいいんでしょうか。間が。間がもたない。
クロヴィスが「さて」と前置きして、本題に入りました。
「いただいたお手紙、拝読しました。あなたをこちらに派遣したリシャール殿下、並びにラファエル陛下のご厚情にまずは感謝いたします」
「恐れ入ります」
「そして、あくまで対話を求めるあなた方の姿勢に胸を打たれた思いです。なんとけなげで美しい心映えでしょうか」
にっこりと言いましたが、クロヴィスの言葉が褒め言葉ではないことくらいはわたしにもわかりました。ミュラさんはなにも返さず、その言葉の先を待ちます。クロヴィスは口元に笑みを刻んだまま、わたしたちへ告げました。
「――しかし、愚かだ。王杯がどちらかを選ばぬのであれば、どちらがよりその『聖別』にふさわしい者であるかを示さねばならぬのは道理。互いに手を取り合い、会議室ですべてが解決するようなものであれば、わざわざ二人も選出されるわけがない」
ぞっとしました。ミュラさんが出したお手紙はまだご機嫌伺いの域を出ないもので、その先に望んでいる和平協議については触れられていません。それなのに。ごあいさつすらこうしてはねのけられて、そして一足飛びに会談の可能性すら否定されてしまった。
ミュラさんは穏やかな声で、「お気が急いておいでですね、閣下。わたしたちは本日、閣下とお会いできることをたのしみにやって参りました。それ以外なにものでありません」とおっしゃいました。そうですよね。次につなげるにはここは引くしかない。わたしは一言も話していないのに、緊張で喉がからからになりました。
「いえ。わたしはなにもたのしみにはしておりません。そしてあなたがこの領にコソ泥のようにやって来たことも気に食わない。そのことをお伝えするためにお呼びしただけです」
ミュラさんは一呼吸おいてから「コソ泥とは……なにか誤解が生じているようです」とおっしゃいました。
「わたしはたまたま冬期休暇で、ハルトナン伯爵領に滞在しておりました。ハルトナンはわが家の主家にあたりますので。そしてこちらのソノコ・ミタを訪ねる約束もしていたのです。たしかに弁理公使として任命されたのはこちらに参ってからですが、閣下やマディアの人々をたばかる気持ちなどありませんよ」
「さすがリシャール殿下が選任した人ですね。よく口の回ることだ」
吐き捨てるようにクロヴィスが言いました。そして立ち上がります。「あの絵は差し上げましょう。のちほど公使館へお届けしますよ。玄関までお見送りします」ミュラさんはじっとクロヴィスを見つめ、同じように立ち上がりました。
「――承知しました。では、そのように」
無言でわたしたちはクロヴィスの背に続いて正面玄関ホールへと向かいました。グレⅡ内のクロヴィスを知っているわたしは、その冷ややかすぎる態度に泣きそうで泣けませんでした。どうしてこんなことになってしまったのか、なにもかもがわかりません。ここはレテソルで雪なんかないはずなのに、目の前がまっしろになった気分でした。
「ああ、あなたはここまで」
ミュラさんが送りの自動車に乗り込んで、その扉が閉められたので、わたしも反対側から乗ろうと足を踏み出しました。クロヴィスの声が降ってきて、その腕が行く手をさえぎります。「え?」とわたしがその顔を仰ぎ見ると、彼はとてもやさしげに見える笑顔でわたしを見下ろしていました。
「あなたの身柄はこちらで預かります。理由はわかるでしょうね? ソナコ・ミタ」
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説明しよう‼ 『クロヴィス・ジャルベール』とは‼
選択制のグレⅡシステムのうち、リシャールと双対になるシナリオの主人公である‼
現マディア公爵であり、『王杯』によってリシャールとともに聖別された人間。見上げるほどの巨躯ながら、本来ならば温厚な性格で知られている。しかし、聖別された直後に父親が急死し、それによって爵位を世襲するという混乱のさなか、かねてより親交があり婚約を果たしたばかりの最愛の恋人、ザテパルノ伯爵令嬢メラニー・デュリュフレが倒れ余命宣告を受けてしまう。
折しも結婚に先駆けてマディア邸に移ったばかりのことだったが、病態を押してまで結婚をすることはできなかった。メラニーはそのまま療養生活へ。そしてこの一件により、クロヴィスは『王杯』を継承することにより得られるとされる『聖力』を求めることになった。
自身も武人であり、マディア公爵家に仕えるヘルガ騎士団を元帥として束ねる。
短い黒髪に蒼眼。二十六歳。
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土下座しそうになりましたが堪えました。リシャールもそうでしたけど、この堂々たる主人公感……‼ たぶん芸能人とかが出すオーラとも違います。もっとこう、なんかこう、上に立つ者ムーブです。はい。庶民が浴びるのはなかなかヘヴィですね!
かろうじて淑女の礼をとり頭を下げました。ぐらついててもいいんです。とりあえず礼儀を示したという形が必要なんで。メイドさんは壁際に下がって頭を下げています。いや、わたしから話しかけられないからあなたがわたしのこと説明してほしいんですけど!
「はやく連れ出せ、騒がれたら目障りだ」
「わが主へはばかりながら申し上げます。こちらの方は先ほどお見えになりました、公使閣下のお連れの方でございます」
「なに……」
頭のてっぺんに視線を感じます。じりじりします。やめてはげる。「顔を上げてよい」とお許しが出たので姿勢をただしました。あー、内転筋伸びたわー。
「……ソナコ・ミタか」
「ソノコ・ミタです」
「まさか子どもだとは思わなかった」
「いえ、成人しています。二十七です」
「は……」
笑ったのか感心したのか紙一重な声をあげてクロヴィスは首を振りました。「年長のご婦人だったようだ、失礼した。なぜここにいらっしゃる?」と、じっとわたしを見て言います。
「お手洗いお借りして、ついでにいろいろ観察していました! めったに見られないので!」
正直に状況を説明したらクロヴィスは無表情になります。あやしまれないためにはなにごとも積極的に情報開示するのがいいと思ったのですがどうやら違ったようです。てへぺろ。「同行の公使は」とするどく尋ねられたので、「お部屋にいらっしゃいます」と答えました。
「わかった、参ろうか。先に進んでくれ」
うっわー、ちょう警戒されてるー。しまったー。ぬかったー。正直という美徳はレテソルでは尊ばれぬようだ。なんとなげかわしい!
――とまあ、明るく言ってはみましたが。まずいっすね。ちょうまずいっすね。ものすごくまずいっすね。どうしよう。てくてく歩きながら冷汗が。背中に燃えるような視線が。ああああああ。
扉の前を通り過ぎかけて、メイドさんから「そちらです」と声かけがありました。はいすみません。いちおうノックして開けました。絵画を鑑賞していたミュラさんがこちらを振り向いて、ちょっと驚いた顔をしました。そうでしょうね。わたしの真後ろにクロヴィスいるからね。
まずはお部屋の中心あたりまでお互い歩み寄って握手。ミュラさんもクロヴィスも穏やかな笑顔を見せています。
「お招きにあずかりました。特派弁理公使のエルネスト・ミュラです」
「手紙と、そしてご足労をありがとう。クロヴィス・ジャルベールです。わが領へようこそ」
メイドさんがカップを下げて新しいお茶を用意しています。クッキーも下げられちゃいました。みんなでソファについて、お茶が配られてメイドさんが一礼の元去って行かれるのを待ちました。家令さんは入り口あたりに控えています。
「絵画にお詳しいのですか。熱心にご覧になっていたようだ」
クロヴィスが微笑みながらミュラさんに尋ねます。わたしに対するのとずいぶん違う態度じゃないでしょうか。ミュラさんは「学生時代に手習いのようなことをしていました。画家になりたいと思ったこともあったのですよ」と意外なことを述べます。
「あちらはマティスの初期の作品ですね。まだ銘が入っていない貴重な品だ。拝見できてよかった」
「さすがですね。色遣いが淡いので、なかなかマティスのものと気づく方は少ないのですよ。よい見識をお持ちのようだ」
「下手の横好きですが、そう言ってくださり恐縮です」
わたしは居心地がわるくてもぞもぞしそうなところを堪えています。自分でもお手本のようだと思うくらいにぴっといい姿勢を保って。お茶は。お茶は飲んでいいんでしょうか。間が。間がもたない。
クロヴィスが「さて」と前置きして、本題に入りました。
「いただいたお手紙、拝読しました。あなたをこちらに派遣したリシャール殿下、並びにラファエル陛下のご厚情にまずは感謝いたします」
「恐れ入ります」
「そして、あくまで対話を求めるあなた方の姿勢に胸を打たれた思いです。なんとけなげで美しい心映えでしょうか」
にっこりと言いましたが、クロヴィスの言葉が褒め言葉ではないことくらいはわたしにもわかりました。ミュラさんはなにも返さず、その言葉の先を待ちます。クロヴィスは口元に笑みを刻んだまま、わたしたちへ告げました。
「――しかし、愚かだ。王杯がどちらかを選ばぬのであれば、どちらがよりその『聖別』にふさわしい者であるかを示さねばならぬのは道理。互いに手を取り合い、会議室ですべてが解決するようなものであれば、わざわざ二人も選出されるわけがない」
ぞっとしました。ミュラさんが出したお手紙はまだご機嫌伺いの域を出ないもので、その先に望んでいる和平協議については触れられていません。それなのに。ごあいさつすらこうしてはねのけられて、そして一足飛びに会談の可能性すら否定されてしまった。
ミュラさんは穏やかな声で、「お気が急いておいでですね、閣下。わたしたちは本日、閣下とお会いできることをたのしみにやって参りました。それ以外なにものでありません」とおっしゃいました。そうですよね。次につなげるにはここは引くしかない。わたしは一言も話していないのに、緊張で喉がからからになりました。
「いえ。わたしはなにもたのしみにはしておりません。そしてあなたがこの領にコソ泥のようにやって来たことも気に食わない。そのことをお伝えするためにお呼びしただけです」
ミュラさんは一呼吸おいてから「コソ泥とは……なにか誤解が生じているようです」とおっしゃいました。
「わたしはたまたま冬期休暇で、ハルトナン伯爵領に滞在しておりました。ハルトナンはわが家の主家にあたりますので。そしてこちらのソノコ・ミタを訪ねる約束もしていたのです。たしかに弁理公使として任命されたのはこちらに参ってからですが、閣下やマディアの人々をたばかる気持ちなどありませんよ」
「さすがリシャール殿下が選任した人ですね。よく口の回ることだ」
吐き捨てるようにクロヴィスが言いました。そして立ち上がります。「あの絵は差し上げましょう。のちほど公使館へお届けしますよ。玄関までお見送りします」ミュラさんはじっとクロヴィスを見つめ、同じように立ち上がりました。
「――承知しました。では、そのように」
無言でわたしたちはクロヴィスの背に続いて正面玄関ホールへと向かいました。グレⅡ内のクロヴィスを知っているわたしは、その冷ややかすぎる態度に泣きそうで泣けませんでした。どうしてこんなことになってしまったのか、なにもかもがわかりません。ここはレテソルで雪なんかないはずなのに、目の前がまっしろになった気分でした。
「ああ、あなたはここまで」
ミュラさんが送りの自動車に乗り込んで、その扉が閉められたので、わたしも反対側から乗ろうと足を踏み出しました。クロヴィスの声が降ってきて、その腕が行く手をさえぎります。「え?」とわたしがその顔を仰ぎ見ると、彼はとてもやさしげに見える笑顔でわたしを見下ろしていました。
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