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 再び、レテソルへ

99話 一次資料として写真撮りたい……

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 こんにちは。園子です。なんだかもろもろの状況すっとばしてマディア公爵邸、つまりはクロヴィスのおうちへ行くことになりました。はい。いいんでしょうかこれ。いや行きたかったんでいいんですけど。はい。でもいいのか本当に。だめだろ。これ話の構成甘いって。
 公使館を訪問してくれたのはクロヴィスのおうちの家令さんでした。グレⅡクロヴィスサイドシナリオで、そのまま『家令』という名前で「承知しました」というセリフがあったNPCさん……! 感動……! なんか実際に見ると思っていたより若い! わたし知ってる。家令っておうちのこといっさいがっさい取り仕切る権限持ってる人。ただの使用人じゃないんだ。「ちょっとお遣い行ってきてー」って頼むような人じゃないよ。なろう小説いっぱい読んだからね。わたしはくわしいんだ。もし戦争の話だったら、家令さんじゃなくて軍関連の方がお遣いで来たりするもんじゃないんですかね。知らんけど。でかける前にそんなことを確認したかったんですけど、レアさんにもミュラさんにも声をかけるすきがありませんでした。
 公用車(という扱いになったミュラさんの自動車)で行くのかと思ったら、家令さんが乗ってきた黒リムジンもどきに案内されました。ご近所さんが何人も窓の中から様子をうかがっています。気分は引っ立てられる下手人です。わたしなにしたんでしょうか。すみません出来心だったんです。なんかよくわかんないですけどごめんなさい。後部座席にミュラさんが乗って、わたしもそれに続きました。家令さんは助手席へ乗りこまれます。レアさんはお留守番です。固い表情でお見送りしてくださいました。

 マディア公爵邸は、レテソルに来たばかりのときに観光地の丘から眺めたきりです。でかいです。ちょうでかいです。お城っていうよりレンガ色の要塞っぽい。正面門が大きな音とともに開かれます。減速してそろそろと進む舗装路の両脇には、武装した騎士たちがずらりとならんで休めの体勢をとっていました。……おっかねえええええええええ。
 ミュラさんは一度メガネを中指で押し上げた程度で顔色ひとつ変えていません。さすがリシャールお抱えの責任重いなんとか公使! なんでこんな人がわたしのお世話係やってたのか今となっては謎ですね。
 噴水があるロータリーを自動車がゆっくりと回ります。すっと停車し、数秒のちには両サイドのドアが開かれました。びっくりした、ちょうびっくりした。「どうぞ、こちらへ」と家令さんがおっしゃって、ミュラさんがそれに続きます。わたしもそれを追いかけました。全体的に古めかしい印象の調度品が並ぶ広い廊下を、きょろきょろしながら歩きます。ああああああああ。ときどき小走りしなければおいていかれるところでした。みなさんわたしのリーチの長さを信頼しすぎている。おかげで聖地巡礼五体投地が一度もできませんでした。くやしい。
 通されたのは応接室です。そろそろいいかな、と思ったのでいつでも身を投げ出せるようにとかまえたのですが、それよりも先に猫脚の長椅子に着くようにうながされてしまいました。流れるようにミュラさんがそれに従ったのでわたしもそれに続くほかありません。くやしい。わたしの信教の自由がおびやかされている。こんなの人権侵害だ。心の中で訴えてやる。

「ただいま主人が参ります。少々お待ちくださいませ」

 いかにもメイドさんなメイドさんからお茶とクッキーが提供されて、家令さんが腰を折って退出されました。メイドさんもそれに続きます。広い部屋の中わたしとミュラさんが取り残されてしーんとなりました。ミュラさんがごくごく小さい聞こえるか聞こえないかくらいの舌打ちをしました。わたしにはミュラさんがなにを考えたかわかります。男女をふたりきりにするとか配慮が足りないとかなんかそんなことですきっと。はい。
 ところでこのお茶はいただいていいのでしょうか。クッキーは。真ん中にジャムがのってるやつなんですけど。いただいていいんでしょうか。ミュラさんがお茶に手を伸ばしたのでわたしもそうしました。クッキーおいしい。

「――ぜんぜん緊張していなさそうですね、ソノコ」
「いえむしろ高揚しているっていうか」

 アドレナリンが。めっちゃアドレナリンが。ドーパミンかもしれない。なんかそんなのがいっぱい出ています。頭の中たのしい。はい。ミュラさんはわたしをご覧になって、あきれたようにちょっと笑いました。

「そのくらいでちょうどいいかもしれないですね」

 ちょっとしてからドアが開きました。家令さんです。メイドさんもいっしょ。いかにもすみません、という感じで腰を折って、「申し訳ございません。お呼びたてしたうえでのお願いとなりたいへん恐縮でございます。よんどころなき事情により、主人が今こちらに向かえずにおります。少々お時間をいただけませんでしょうか」とのこと。

「ええ、かまいません。都合が悪ければ日を改めてもいい」
「いえ、おそらくそれには及ばぬかと」
「承知しました。――そちらの画を拝見していても?」
「もちろんでございます」

 ミュラさんがいかにも興味があったのでちょうどいい、みたいな感じでおっしゃって席を立ちました。さすがなんとか公使、相手に気を遣わせない。わたしも真似して「お手洗いをお借りしても?」と言ってみました。メイドさんが連れてってくれました。はい。さすがクロヴィスのおうち。めっちゃお掃除たいへんそうな個室でした。二次創作資料として心のメモ帳にデッサンしました。
 部屋に戻るときにはゆっくり調度品とか見て、メイドさんに質問とかしまくりました。メイドさんはさすがプロでした。にこやかです。さすプロ。五体投地するいい感じの場所とタイミングを見計らいながらじりじり部屋へ向かっていると、めっちゃ聞き覚えのある低い声がめっちゃ高い位置から降ってきました。

「――なんだ、この子どもは。どこから入ってきた。後ろへ下げろ」

 びくっとして振り向き、そして見上げます。これまでの誰を見るときよりも首の角度が鋭角になりました。一瞬にしてわたしのグレⅡオタ魂が沸きあがります。黒髪の偉丈夫――グレⅡの二人目の主役、クロヴィス・ジャルベールです。
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