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 マディア公爵邸にて

106話 ド庶民に尋ねたらそりゃこうなるでしょうよ

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「メラニーさんの先生、どうなっちゃうんですか?」

 広い食堂でテーブルに着くのはクロヴィスとわたしだけ。招かれた席でわたしは開口一番そう尋ねました。予想していなかった質問だったのか、クロヴィスは少しだけ目を見開いて、「処遇はこれから決める」と述べました。

「さきほど先生とお話ししました。わたしはとても失礼なことをしてしまった、と思っています」
「なにがだ?」
「お医者さんを招集するのだと聞きました。主治医の先生へ、ことわりひとつなくクロヴィスさんへ進言してしまったことです」
「そんなことか」

 ふっと微笑んでクロヴィスは言います。『そんなこと』で済ませていいことのようには思えないのですが。「食べようじゃないか」と食事をうながされて、もやっとしたままフォークを手に取りました。クロヴィスからは、やはりお医者さんの件の報告でした。

「もうすでに領内の各病院や療養施設への布告は行った。むしろなぜ今までこれをしなかったのか、考えに至らなかったのかを悔やむ。進言、まことにありがたかった、感謝する」

 その言葉に、わたしは軽く頭を下げました。けれど内心複雑な気持ちがあります。セカンドオピニオンはすべきだというわたしの気持ちは変わりませんが、それは今まで献身的に診てくれていた方をないがしろにしてほしいというものではありません。

「あの……重ねての言葉で申し訳ないんですけど。わたしも、少し言い過ぎたというか、主治医の先生がこれまでされてきたことを軽視しすぎた、と今反省しています。先生がこれまでメラニーさんを支えてきたことは事実ですし、もしなにか過不足があったとしても、それは先生が劣っているとか、努力してこなかったとかではないと思うんです。なので、どうか軽んじたりはしないでいただきたいです」

 そう伝えると、クロヴィスも少し考えながら「承知した、考慮しよう」と言いました。

「そして……あなたに尋ねたいことがあるのだが」

 折り入ってといった感じでクロヴィスが切り出してきました。「はい、なんでしょう?」とお尋ねすると、「今朝、メラニーに、むりに鶏を食べさせていたことを詫びてきた」とのこと。本当に行動早いですねこの人。

「そのうえで、今食べてみたいものはなにかないか聞いてみた。……子どものときに食べた、菓子が食べたいと言うのだが。なにかご存じないだろうか」

 厨房に聞いたらわからなかったそうで。なんでも小さいときに仲良くなった領民の子が、一度だけおうちからこっそり持ってきてくれたお菓子をもう一度食べてみたいと。甘くて、小さくて、茶色で、かじるとカリッとしていて。その子のお母さんが、ときどき作ってくれる特別なお菓子なんだ、とその子は自慢げに話していて。それまで食べたどんなお菓子よりも、メラニーにはおいしく感じたと。食べ物をメラニーに渡したことがバレて、その子とはもう遊べなくなってしまったそうだけれども。メラニーにとっては思い出の食べ物なんでしょうね。
 ……情報少なっ。
 んー。メラニーのおうちの領民さんの暮らしぶりとか、一般的な生活水準とか、確認してみないとわかんないですね。ご家庭で作れて、特別なお菓子。「ちょっと考えてみていいですか?」と言うと、「もちろんだ。期待している」と言われました。重。
 ちなみにお昼ごはんは鶏むね肉の香草焼きでした。おいしかったです。でもそろそろ魚が食べたい。

 で、マディア邸内図書館へ来ました。前橋市立図書館がまるっと入ってしまいそうな広さでした。だれが使うんでしょうか。市民開放した方がいいんじゃないでしょうか。司書さんにお願いして、メラニーのおうち、デュリュフレ伯爵領の資料があるところに案内していただきました。見張りさんの全身よろいが歩くたびにカシャカシャいうのが響きます。
 小難しそうな本ばっかりでした。違うんだよ、こういうのじゃなくて。「なんかこう、なんかこう、家庭料理の本、みたいのありませんかね」と言ってみると、ぜんぜん違うコーナーから三冊くらい持ってきてくれました。レシピ本です。こーゆーのでいいんだよこーゆーので。
 大きなテーブルに着いてぱらぱらとめくります。わたし、こちらの料理基準がどうしてもレアさんなので、たぶんこの感覚だと一般の方とは違うと思うんですよね。たとえば、どんな調味料を普段使いするのか、メインの調理方法はどんなものか、とか。デュリュフレ地方の郷土料理を扱った本をじっくりながめました。やっぱりレアさんの水準高いな……。
 わたしが考えるような調理用油って、アウスリゼではこれまでなかったんですよね。だいたいバターか牛脂です。植物性油が一般的じゃない感じですね。探せばあるんでしょうけど。ちなみに牛脂で揚げたお肉はまじでおいしいです。なんかこう、じゅわっと。じゅわっとした感じです。
 見張りさんに聞いてみました。「ご出身は?」「え。ナムコヴィレです」「おお! ちょっと北側ですね!」「はい。それがなにか?」「ご実家では調理って、どうされていましたか。かまどです?」「まあ、そうですね。薪のです。今どきのやつとかなかったんで」「それって火加減たいへんですよねー」「そうっすね。石窯なら、まだ一定温度保てるけど」と。なるほどなるほど。

「白パン……あの薄切りにして食べるやつ。よく食べました?」
「めったになかったっすね。黒パンのが多かった」

 なるほどー。
 アウスリゼ国内ですし。たぶんそんなに事情は変わらないんじゃないかな、と思います。
 本をお返ししてお礼を言って、部屋に戻りました。で、レアさんにお手紙書きます。ちょっと試しに作ってみてほしいものの、だいたいのレシピを書いて。マディア邸のキッチンで作ってもらうより、たぶんそれに近いもの錬成できそうだし。やっぱりメイドさんがいないので、見張りさんにお渡しして、出していただけるようにお願いしました。どうせ検閲されるだろーなーと思って封はしていません。どこかに行かれてすぐ戻ってこられました。お返事を待ちましょう。
 夕方にはお返事がきました。こちらも封はしてありませんでした。

『ちょっと、懐かしいもの作ってとか言うじゃない。小さいころよくママンが作ってくれたわ。自分で作るのは初めてよ。問題なく作れたけど、これがどうしたの。ちなみにテオくんが初めて食べるって言ってたわ。完食してくれたわよ。ミュラさんも小さいころに食べたって。』

 うん、まあ。レアさんとミュラさんはちょっといいとこのお生まれだけど、これってことにしちゃおう! ほかに思い浮かばないし! わたしもばあちゃんがよく作ってくれたよ!
 ということで、さっきレアさんに送ったレシピをちゃんと書き直しました。で、見張りさんに頼んで家令さんに渡していただきました。たぶんこれです、って。

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 1.白パンの、白い中身を切りぬいて、外側だけにします。
 2.だいたい一口くらいの大きさに切ります。
 3.牛脂、もしくはバターで、高温でさっと揚げます。または少し多めの油で手早く炒めます。
 4.熱いうちに砂糖を全体にまぶして混ぜ合わせます。
 5.粗熱がとれたらお召し上がりください。

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 はい。パン耳ラスクです。はい。
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