110 / 247
マディア公爵邸にて
110話 え、やっぱこれかなって
しおりを挟む
「いやになっちゃうわよねえ! 右向いても左向いてもむさくるしい男ばっかり!」
こんにちは。園子です。今クロヴィスが連れて帰ってきたお医者さんのひとり、ジョズエ・レヴィさんとお庭でお茶してるの。どうしてこうなった。
グレⅡ前作主人公であり、現在アウスリゼ王国国王のラファエルから送り込まれてきた三人をマディア領の医師団に加え、全員で十人になりました。すごいですね。活発な議論ができそうです。ちょっとだけ『船頭多くして……』とか思っちゃったのはないしょです。
レヴィ先生は精神科の研究をされているそうです。緩く波打った金髪をハーフアップにされている、茶色い瞳の男性です。女性言葉をつかわれるのはそういう主義だからだそうです。はい。メラニーのメンタルケアの件で駆り出されたわけですね。「精神科領域と心療内科領域は違うのに……いっしょくたにしやがったわ、あのおっさん」とぼやいていらっしゃいました。ちなみにおっさんとは国王のことです。聞かなかったことにしました。「まあ僕は天才だから? まるで問題ないんだけど?」と自己解決されていました。はい。
「あなたがいてくれてよかったわ、ソノコちゃん! じゃなかったら僕はいまごろ潤いを失った真皮層みたいになっていたところよ!」
ちなみに美容皮膚科分野の研究がご趣味だそうです。研究の仕事しながら趣味で他分野研究するってあれですか、マンガ家が趣味で油絵を描く感じですか。そしてむさくるしい男の人は軍関係の施設に行かないとあんまり見かけないと思うんですが。メラニーが療養しているこちらの居住棟には警備の方しかいないと思うんですが。なんかつっこんでもしかたがない空気感からスルーしています。はい。
先生方がいらして二日目です。わたしにはメラニーの状況が伝わってくるわけではありませんが、それでもマディア邸内が、少し明るくなったような気がします。希望を持っても、いいんでしょうか。
ところで、わたし付きのメイドさん、サボっていたことがバレてお役御免になったみたいです。ほかの方が来るようになりました。今はめっちゃお客様扱いされています。それはそれでなんか居心地悪い。「てきとうにしてくださってけっこうですよー」と伝えても、にっこりと「承知いたしました」とおっしゃってずっと控えてるの。カムバックおサボりメイドさん。
レヴィ先生とは、二日目にしていっしょにお茶するのは三回目です。高頻度すぎませんか。話のネタがないと思うんですけど、レヴィ先生の聞き方がめっちゃ上手くてわりと話題が尽きないんですよね。さっきはファピー冬季リーグでティミー・ロージェル選手のほかにリュシアン・ポミエ選手を応援していることをなぜか話していました。わたしの肌に合いそうな美容液の話からなぜそこに到達したのか謎です。まことに謎です。
「そういえば、食事の内容に注文つけたの、あなただって聞いてるわ」
また話が飛びました。でもなぜか不自然に感じないのがすごい。てゆーかその件黒歴史だからほじくらないでほしい。
「あー……ちょっとわたしには重い献立だったもので……軽めのお願いしました」
「メラニー夫人のこともよ。いい仕事するわねあなた! ラクロワ先生が感心してたわよー」
「いえ、すみません……素人が出過ぎたまねを……」
「素人なりにすごいわねってことよ、自信持って!」
伺ったところによると、やっぱりメラニーの主治医の先生が鶏の肝臓を定期的に食べさせていたのは、食事をしないメラニーの最後の砦みたいな感じで、必要分をそれでまかなっていたからみたいです。今は少しずつでも自分で食べようとしているので、いろいろなものを試しているようですね。よかった。
あと、クロヴィスが養鶏施設を閉鎖しようとしていると聞いて、あわててお手紙を書きました。鶏をお世話しているおじさんたちのお仕事の危機。あれはあれでとても美味しいので、マディア産の希少な珍味として売り出してはどうか、と提案しました。ひとこと「承知した」と返ってきました。
「それにしても……ソノコちゃんとこうしてお茶できるのもあと少しなのねえ。さみしいわあ」
「また来るように言われているので……これが最後じゃないですよ、きっと」
「ぜったいよ? じゃないと僕、干からびてしまう!」
わたしは、おうちへ帰ることになりました。
医師の派遣へ対する、クロヴィスからの非公式の感謝の形です。その前に、もう一度メラニーと話してやってほしい、とクロヴィスからお願いされました。もちろんです。
マディア邸に滞在したのは半月くらいです。いろいろなことがあって、思い出深い場所となりました。レアさん廊下はまだ礼拝できていません。
で、四日後。
メラニーの体調と精神的なキャパを考えて、すべてのお医者さんとは会っていないみたいです。診察もこれまでの主治医の先生に、だれかがひとり付き添って、という形に落ち着いたようで。なので、レテソル市内の病院にお勤めの先生は、そちらに常勤しながらときどきマディア邸で会議に出席する、というような形態に変わりました。現役のお医者さんですのでね! ほかの先生の病院は大丈夫なんでしょうか。ちょっと心配です。
わたしはオリーブグリーンのワンピースを着ています。お嬢様ごっこです。見張りさんアベルがついてきます。メラニーのお部屋前廊下に到着し、わたしはおすまし顔をしています。そして。
「ああっめまいがっ」
そのまま倒れこんで五体投地! ……できませんでした。ちくしょうアベル! どちくしょう! グレⅡ信仰の迫害だ! 断固抗議する‼
メラニーは少しだけ前より顔色が良くなったように見えました。なによりも声が聞こえました! びっくり! 小さいけれど、「ソナコ」と呼んでくれました! 感動!
「うたって? おねがい」
クロヴィスがいなくても会話が可能でした。たぶんその自信がついたから、同席してもらわなかったんでしょう。お医者さんがひとり控えています。言葉は少なくても、ゆっくりでも、ちゃんと発話できるまでになった様子に泣くのをこらえました。たぶん、気力の部分も大きいのだと思います。今、メラニーからは前向きな気持ちを感じます。
リクエスト通り前に歌った曲を歌いました。ほかにもと言われたので、ばあちゃんの十八番だった曲を歌いました。音は鳴らないけれど、自分ひとりで拍手をしてくれたメラニーの姿を見て、希望を持ってもいいのだ、とわたしは思えました。
最近調子はどうなのか、と尋ねてみました。思うようにいかないけれど、それでも前よりずっと気分がいいとのことです。体力をつけるのが当面の目標とのことでした。そうですよね。ずっと寝たきりですもの。
「ソナコ、しらない?」
「なにをです?」
「たいりょく、つける」
体力をつける方法……メラニーみたいな病気をお持ちの方でも無理なく……わたしは椅子に座ったまま、息を吸い込みました。
「ラジオ体操だいいちー!」
こんにちは。園子です。今クロヴィスが連れて帰ってきたお医者さんのひとり、ジョズエ・レヴィさんとお庭でお茶してるの。どうしてこうなった。
グレⅡ前作主人公であり、現在アウスリゼ王国国王のラファエルから送り込まれてきた三人をマディア領の医師団に加え、全員で十人になりました。すごいですね。活発な議論ができそうです。ちょっとだけ『船頭多くして……』とか思っちゃったのはないしょです。
レヴィ先生は精神科の研究をされているそうです。緩く波打った金髪をハーフアップにされている、茶色い瞳の男性です。女性言葉をつかわれるのはそういう主義だからだそうです。はい。メラニーのメンタルケアの件で駆り出されたわけですね。「精神科領域と心療内科領域は違うのに……いっしょくたにしやがったわ、あのおっさん」とぼやいていらっしゃいました。ちなみにおっさんとは国王のことです。聞かなかったことにしました。「まあ僕は天才だから? まるで問題ないんだけど?」と自己解決されていました。はい。
「あなたがいてくれてよかったわ、ソノコちゃん! じゃなかったら僕はいまごろ潤いを失った真皮層みたいになっていたところよ!」
ちなみに美容皮膚科分野の研究がご趣味だそうです。研究の仕事しながら趣味で他分野研究するってあれですか、マンガ家が趣味で油絵を描く感じですか。そしてむさくるしい男の人は軍関係の施設に行かないとあんまり見かけないと思うんですが。メラニーが療養しているこちらの居住棟には警備の方しかいないと思うんですが。なんかつっこんでもしかたがない空気感からスルーしています。はい。
先生方がいらして二日目です。わたしにはメラニーの状況が伝わってくるわけではありませんが、それでもマディア邸内が、少し明るくなったような気がします。希望を持っても、いいんでしょうか。
ところで、わたし付きのメイドさん、サボっていたことがバレてお役御免になったみたいです。ほかの方が来るようになりました。今はめっちゃお客様扱いされています。それはそれでなんか居心地悪い。「てきとうにしてくださってけっこうですよー」と伝えても、にっこりと「承知いたしました」とおっしゃってずっと控えてるの。カムバックおサボりメイドさん。
レヴィ先生とは、二日目にしていっしょにお茶するのは三回目です。高頻度すぎませんか。話のネタがないと思うんですけど、レヴィ先生の聞き方がめっちゃ上手くてわりと話題が尽きないんですよね。さっきはファピー冬季リーグでティミー・ロージェル選手のほかにリュシアン・ポミエ選手を応援していることをなぜか話していました。わたしの肌に合いそうな美容液の話からなぜそこに到達したのか謎です。まことに謎です。
「そういえば、食事の内容に注文つけたの、あなただって聞いてるわ」
また話が飛びました。でもなぜか不自然に感じないのがすごい。てゆーかその件黒歴史だからほじくらないでほしい。
「あー……ちょっとわたしには重い献立だったもので……軽めのお願いしました」
「メラニー夫人のこともよ。いい仕事するわねあなた! ラクロワ先生が感心してたわよー」
「いえ、すみません……素人が出過ぎたまねを……」
「素人なりにすごいわねってことよ、自信持って!」
伺ったところによると、やっぱりメラニーの主治医の先生が鶏の肝臓を定期的に食べさせていたのは、食事をしないメラニーの最後の砦みたいな感じで、必要分をそれでまかなっていたからみたいです。今は少しずつでも自分で食べようとしているので、いろいろなものを試しているようですね。よかった。
あと、クロヴィスが養鶏施設を閉鎖しようとしていると聞いて、あわててお手紙を書きました。鶏をお世話しているおじさんたちのお仕事の危機。あれはあれでとても美味しいので、マディア産の希少な珍味として売り出してはどうか、と提案しました。ひとこと「承知した」と返ってきました。
「それにしても……ソノコちゃんとこうしてお茶できるのもあと少しなのねえ。さみしいわあ」
「また来るように言われているので……これが最後じゃないですよ、きっと」
「ぜったいよ? じゃないと僕、干からびてしまう!」
わたしは、おうちへ帰ることになりました。
医師の派遣へ対する、クロヴィスからの非公式の感謝の形です。その前に、もう一度メラニーと話してやってほしい、とクロヴィスからお願いされました。もちろんです。
マディア邸に滞在したのは半月くらいです。いろいろなことがあって、思い出深い場所となりました。レアさん廊下はまだ礼拝できていません。
で、四日後。
メラニーの体調と精神的なキャパを考えて、すべてのお医者さんとは会っていないみたいです。診察もこれまでの主治医の先生に、だれかがひとり付き添って、という形に落ち着いたようで。なので、レテソル市内の病院にお勤めの先生は、そちらに常勤しながらときどきマディア邸で会議に出席する、というような形態に変わりました。現役のお医者さんですのでね! ほかの先生の病院は大丈夫なんでしょうか。ちょっと心配です。
わたしはオリーブグリーンのワンピースを着ています。お嬢様ごっこです。見張りさんアベルがついてきます。メラニーのお部屋前廊下に到着し、わたしはおすまし顔をしています。そして。
「ああっめまいがっ」
そのまま倒れこんで五体投地! ……できませんでした。ちくしょうアベル! どちくしょう! グレⅡ信仰の迫害だ! 断固抗議する‼
メラニーは少しだけ前より顔色が良くなったように見えました。なによりも声が聞こえました! びっくり! 小さいけれど、「ソナコ」と呼んでくれました! 感動!
「うたって? おねがい」
クロヴィスがいなくても会話が可能でした。たぶんその自信がついたから、同席してもらわなかったんでしょう。お医者さんがひとり控えています。言葉は少なくても、ゆっくりでも、ちゃんと発話できるまでになった様子に泣くのをこらえました。たぶん、気力の部分も大きいのだと思います。今、メラニーからは前向きな気持ちを感じます。
リクエスト通り前に歌った曲を歌いました。ほかにもと言われたので、ばあちゃんの十八番だった曲を歌いました。音は鳴らないけれど、自分ひとりで拍手をしてくれたメラニーの姿を見て、希望を持ってもいいのだ、とわたしは思えました。
最近調子はどうなのか、と尋ねてみました。思うようにいかないけれど、それでも前よりずっと気分がいいとのことです。体力をつけるのが当面の目標とのことでした。そうですよね。ずっと寝たきりですもの。
「ソナコ、しらない?」
「なにをです?」
「たいりょく、つける」
体力をつける方法……メラニーみたいな病気をお持ちの方でも無理なく……わたしは椅子に座ったまま、息を吸い込みました。
「ラジオ体操だいいちー!」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
304
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる