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 帰路に着く

150話 その後がこわかったです

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 次の日はルミエラへ帰る準備でばたばたと忙しく過ぎて行きました。わたしとレアさんの荷物は、レアさんといっしょに貨物として運ばれます。持ち歩くものはなるべく少なくして、必要になる細々としたものは現地調達し、あとはすべて運んでもらうことにしました。
 公使館中の忘れ物チェックをしました。それと同時に公使館でお勤めされている皆さんへのあいさつ。結局、リッカー=ポルカにいた一カ月を除いた四カ月くらい、レテソルのここのお家に住みました。それって、アウスリゼに来てから、一番長い時をここで過ごしたってことです。ちょっとだけ離れがたくて、ものすごく思い入れがあって、泣きそうな気持ちがどこかにありました。
 そしてリビングへ来たとき。チェストの上でしれっとしている某置物家族の姿が目に入りました。双子ちゃんたち、親御さんの半分くらいの大きさになっていまして。成長早くね? ちょっと距離をおいてじーっと観察していると、なんとなくそれぞれ表情が違う気がしました。……ママさん、泣いてる?
 気になって近づいてみました。泣いてます。号泣。パパさんは深刻そうな表情。双子ちゃんたちはそれぞれ、ママさんパパさんと同じ顔をしていました。

 ――置いていこうとしてたのバレたか。

 なんか勝手に荷物に紛れ込みそうなので、リビングから持って帰る小さい木製コンテナに一家を入れました。わかったから泣くな。ごめんて。
 アシモフたんとイネスちゃんをいっぱいもふもふして、お庭でいっぱい遊びました。ミュラさんのこちらでのお仕事を後任の方へ引き継いで、それからルミエラへ戻られるまでにそれなりの時間がかかるでしょうから。しばらくの間会えません。ちなみにアシモフたんは、黒髪レアさんの顔を見たとき最初「だれ?」という反応をしていました。はい。
 夜は、三階の事務所とルーフバルコニーを使って『オリヴィエ様』の小さな送別会。実質わたしとレアさんの送別会でもあります。お勤めされている現地の方、そして何人か残る警備の方たちが別れを惜しんでくださいました。なんだかんだたのしかったねえ、みたいな感想がそこかしこでぽろぽろと出てきます。はい、そう思います。
 ああ、帰るんだなあ。しみじみと実感が伴いました。

 そして。さらに、次の日。
 駅舎は見送りのための人だかりができていました。警察の方たちがそれを誘導、規制し、公使館からの自動車が問題なく駅舎敷地内へ入れるようにしていました。わたしは、こっそり関係者出入り口から赤髪制服オリヴィエ様、そしてシックなスカーフの真知子巻きにサングラスの黒髪美女レアさんとホームの中へ入ります。他の制服さんも何人かいっしょです。わたしはですね。ウィッグというか、かつらをかぶっています。切っちゃったレアさんの髪の毛で作った。二日で作るとか職人さん寝てないだろ、だいじょうぶか。おかげさまでレアさんごっこができます、ありがとうございます。
 自動車の進入に合わせて、控えていた楽団が華やかな音楽を奏でました。拍手も聞こえます。ひときわ拍手が大きくなって歓声を伴ったところは、見送りに来ていたクロヴィスと『オリヴィエ様』が握手とかしたんだと思います。ホーム内は、今は駅員さんや幾人かの報道関係者さんの姿が見えるくらいです。皆さんちらちらと、ひとりでたたずむ謎の美女レアさんをご覧になっています。もうね、隠しきれない美女感がね。すごいの。見ちゃうよねわかる。
 クロヴィスと『オリヴィエ様』が拍手と音楽を背にホームへ来ました。二人はほほえみを交わしながらなにかを話しています。警備の方たちが停車していた蒸気機関車のひとつの出入り口前に整列し、『オリヴィエ様』を迎え入れました。クロヴィスと別れのハグを。ひとりのカメラマンさんがそれを激写されていました。わたしは赤髪制服オリヴィエ様と、壁際でその流れをじっと見ていました。
 そして、『オリヴィエ様』が乗り込まれます。それに続くように、レアさんが同じ車両の違う入り口から乗り込まれました。待ってました! と言わんばかりに何人かのカメラマンさんがその姿を箱カメラに収めます。さあ、来週のセンテンススプリングはどうなるでしょう。
 こうして、静かにわたしは『オリヴィエ様』を見送りました。どきどきしながらも冷静でいられたのは、アベル本来の姿に戻れば、よからぬことを企んでいる人がいたとしても狙われはしないだろう、という考えがあったからです。それはアベル本人も言っていました。だから心配いらない、とも。

 汽車は二日と半日かけてルミエラへ。そして、わたしとオリヴィエ様は、その後を追うようにこの足で領境へ。

 十時間ほどかけてリッカー=ポルカについたときには、夜がとっぷりと暮れていました。わたしは頭が蒸れていました。旅籠メゾン・デ・デュは、ベリテさんの息子さんご夫婦が戻って来られていて、迎えてくれたのはお嫁さんの若女将さんでした。制服から旅装に着替えた赤髪オリヴィエ様が、わたしの分も含めてサインしてくれます。偽名のアンナじゃなくてソノコって書いたら困るからね! お付きの人設定の警備さん二人は、ご自身でサインされていました。
 お部屋は、レアさんが以前滞在された一番いいところです。警備さん二人も予備ベッドでいっしょのお部屋だそうです。本当によかったです。領境を越えて、完全に安全だと確認できる地点へ移動するまで、いっしょのお部屋が妥当だろう、みたいなお話になったんです。用心に用心を重ねても、わるいことなんてありませんからね。
 女性の警備さんといっしょに大浴場へ行きました。ステキなシックスパックでした。こういうお仕事をしているとどうしてもなるんだそうです。かっこよかったのでちょっとわたしも警備のお仕事したくなりました。入れ替わりでオリヴィエ様と男性警備さんがお風呂へ。
 寝る前にベリテさんが、そっと部屋を訪ねてくれました。じつはベリテさん、領境でのリシャールの協力者なんだそうです。まじか。それで、今回の流れの一部をご存じでした。レアさんかつらのアンナが、わたしだということも。それでレアさんが「ベリテさんによろしく」っておっしゃったんですね。
 今回、懐かしい他のリッカー=ポルカの人たちとはコンタクトを取りません。わたしアンナですし。それでもちょっとの時間、ベリテさんとお話できて、またねって言えてよかったです。
 オリヴィエ様がベリテさんに「ソノコはここで目覚ましい活躍をしたと聞いている」と話を振りました。ベリテさんの目がキラン、と光った気がしました。

「あらあら、まあまあ、お聞きになる? お聞きになりたい? そうよね、聞きたいはずだわ。まあなにからお話ししようかしら。まずはハルハル大会からかしら。あらその前に領境警備隊の見学についてかしらね。あの時点でもうソナコはサルちゃんと仲良しだったのよね。もうきゅんきゅんしたわあ!」
「――ふん? 興味深いな。マダム、差し支えなければしっかりと事細かに思い出せるすべてを教えてくれないか」

 日付変わるくらいまで、はい。お話ししました。はい。
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