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2:用心棒の昌吉

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 娼館の用心棒をしている昌吉の一日は、昼過ぎに起きるところから始まる。近所に住んでいる、昔、用心棒をしていた師匠の河童に指導してもらいながら鍛錬をして、湯屋に寄ってから、職場である娼館に向かう。父親や権左は、昌吉のことを『放蕩息子』と呼ぶが、ちゃんと用心棒として働いているのだから、全然放蕩息子なんかじゃない。

 昌吉の子供の頃からの夢は、権左のお嫁さんになる事だ。権左は、ぶっきらぼうだが、とても優しくて、昔は会う度に、いつも頭を撫でて、飴をくれていた。
 権左は、焦げ茶色の髪と瞳をした、厳つい強面の顔立ちのおっさんだ。ここ数年で、小皺や白髪が増えたが、昌吉的には、益々魅力的になっていると思う。権左の低い濁声も、聞き慣れていると安心するし、藍色の着流しがよく似合う恰幅がいい体格も魅力的だ。年の差はあるが、昌吉は気にしない。狐の妖は、神格が高ければ別だが、単なる妖ならば、寿命は多分、権左よりも短いくらいだ。権左と夫婦になっても、きっと一緒に老いて、死ぬことができる。

 昌吉は化けるのが苦手で、一人の人型にしかなれない。これが絶世の美女にでも化けられたら、権左もくらりときてくれるのだろうが、糸目の神経質そうな顔立ちの男にしか化けられない。とても悔しくて、化け方を何度も練習したが、てんで駄目だった。最近では諦めて、男のまま嫁にいこうと思っている。子はできないが、昌吉は、権左さえ側にいてくれたらいいので、特に問題は無い。

 昌吉は職場の娼館に着くと、同僚達と打ち合わせをしてから、仕事を始めた。
 昌吉は若いが、腕っ節はそれなりだ。喧嘩では、殆ど負けたことが無い。男のまま嫁にいくなら、強い男の方が、権左が頼ってくれるだろう。そう思って、昌吉は身体を鍛え、得物の棍棒の腕を磨いている。我ながら、一途なものだと思う。家事も一通りはできるよう、子供の頃に修行したし、いつでも権左の嫁になれる。それなのに、権左は中々相手にしてくれない。

 昌吉は、暇な時間に、用心棒の先輩である鬼助きすけに声をかけた。


「鬼助兄ぃ。あたしって、魅力無いんかねぇ」

「あー? まぁ、見た目は普通だな。おめぇ、狐だろぉ? もっと美形に化けろよ」

「化けるの苦手なんでさぁ。この姿にしかなれねぇの」

「残念狐め」

「おっちゃんのお嫁さんになりてぇのに、全然相手にしてくれねぇの。どうやったら、相手にしてくれると思いやす?」

「寝込みを襲えよ。既成事実をつくっちまえば、こっちのもんよ」

「なるほど! その手がありやしたね!」

「ケツの仕込みはしてんのか?」

「いや、全く」

「してねぇのかよ。嫁になりてぇなら、ケツの仕込みくれぇしとけよ」

「だって……ケツ弄るの、なんか怖いし。それに、どうせなら、おっちゃんに一から開発してもらいてぇじゃあねぇですかい」

「へーへー。権左の旦那のどこがいいんだい。単なる厳ついおっさんじゃねぇか」

「あ、語る? 語っていい?」

「いやいい。語るな。聞くのも面倒くせぇ。おら。そろそろ仕事に戻るぞ。二階がちと騒がしい。客が暴れてるっぽいな」

「あいな。暴れた分の詫び金もたんまり搾り取らねぇと」

「おうよ。行くぞ」

「あーい」


 昌吉は、鬼助と共に、娼館の二階に上がり、お座敷で酒に酔って暴れていた客をしばき倒した。

 朝になり、娼館が閉まる時間になると、昌吉の仕事も終わりである。欠伸をしながら、たらたらと歩いて、家がある長屋に帰る。本当は、権左の家に帰りたいが、大きな仕事の後だから、権左も疲れてるだろう。権左をゆっくり休ませてやりたいので、構って欲しいのを我慢して、自分の家に帰る。

 自分の家で、布団を敷いて寝転がり、うつらうつらしながら、昌吉は権左の顔を思い浮かべた。権左は、厳つい強面の顔立ちをしているが、笑うとちょっと愛嬌がある。昌吉は、幼い頃から、権左の笑顔が大好きだ。権左と一緒に暮らして、権左を毎日笑顔にしたい。その為には、権左の嫁になるしか無い。
 昌吉は、うつらうつらしながら、どうやったら権左の嫁になれるのか、ぼんやり考えた。

 昼過ぎに目覚めた昌吉は、いそいそと買い物に行き、家の台所で魚を煮付けた。米も炊いて、握り飯にする。汁物は持っていくのが難儀だから、材料だけ用意した。これから、権左の家に行く。権左は、酒だけしか飲まずに、飯を食わない事が割とあるので、たまの休みの日には、いつも必ず飯を作って、権左の家に行っている。
 今朝、水揚げされたばかりの大きめの魚は、いい感じに煮上がった。昌吉は、けへっと笑い、いそいそと権左の家に行く準備をした。
 権左が住む長屋は、歩いて小半時の所にある。昌吉は、煮魚が冷めないように、小走りで権左の家に向かった。

 権左の家の戸をトントンと軽く叩いて、戸を開ければ、権左は布団に包まって、高鼾で寝ていた。昌吉は、台所で手早く汁物を作ると、ぐっすり寝ている権左を起こした。


「おっちゃん。飯が出来てるよ。冷めないうちに食べておくれよ」

「んがっ。……あ? あー。おめぇ、また来たのかよ」

「魚を煮付けたんだ。おっちゃん好きだろい」

「まぁ。魚は食う」

「漬物と握り飯も持ってきたよ。どうせ、米も炊いてないんだろい?」

「まぁな。ありがたく馳走になるか」

「けへへ。自信作だからね。美味しいよ」

「そいつぁ、重畳」


 権左が無精髭だらけの顎をボリボリ掻きながら、のそりと起き上がった。昌吉は、膳に料理を盛った皿を並べ、権左に差し出した。熱い茶を淹れ始めると、権左が、ガツガツと飯を食い始めた。


「どうだい?」

「うめぇ。おめぇよぉ、なんでこんなにうめぇ飯が作れるのに、用心棒なんぞやってんだ。親父さんの跡を継いでやれよ」

「歳を食って用心棒ができなくなったら継ぐかなぁ?」

「親父さんも歳だろうが。早く継いで安心させてやれや」

「まだ用心棒をやりたいんだよぉ。強い男の方がいいだろい?」

「別に。……漬物うめぇ」

「あ、それね、あたしが漬けたやつ。今回は特に上手く出来たんだ」

「へぇ」

「ねぇねぇ。そろそろお嫁にしておくれよ」

「一昨日きやがれ。ガキンチョ」

「なんでだい。炊事洗濯掃除はできるし、腕っ節も強いよ。あたしゃ」

「家政婦が欲しい訳じゃねぇよ」

「だったら、あたしを愛してくれりゃあいいだけじゃあないか」

「無理。こちとら、おめぇがよちよち歩きの頃から知ってんだ。そういう目で見れるかよ」

「あたしは、もう大人だ」

「俺からしたら、まだまだガキンチョだ。汁物もうめぇな」

「そうだろい? いい煮干しを見つけてね。野菜もキレイな新しいのがあったんだ」


 昌吉は暫く、ガツガツと食べる権左を眺めていたが、ふと思い立って、権左の布団を干す事にした。権左の布団は、いつ干したのか分からない。湿気て重くなっている布団を抱えて、昌吉は外に出た。
 今日は、カラッと晴れているから、夕方までの数刻干すだけでも違うだろう。猫の額みたいな狭い庭にある物干し竿に布団を干すと、昌吉は、食後の茶を飲んでいる権左に声をかけた。


「どうせ洗濯もしてないんだろい? ちゃちゃっとやるから、洗濯物を出しなよ」

「んー。じゃあ、頼まぁ」

「あいな」


 権左が、手拭いや下帯を出してきた。権左が着ている薄汚れた着物も洗いたいところだが、今から洗うと時間がかかる。着物の洗濯は後日にすることにして、昌吉は汚れ物を抱えて、長屋の共同井戸に向かった。
 桶に水を溜めて洗い物をしていると、長屋に住む狢の女に声をかけられた。


「おや。昌吉。アンタも熱心だねぇ。それ、権左の旦那のもんだろう?」

「あいな。まぁ、あたしゃ、おっちゃんのお嫁になるからね。やって当然さね」

「アンタも一途だねぇ。子供の頃から、ずっとそう言ってるじゃあないか」

「けへへ。まぁね」


 昌吉は、狢の女と世間話をしながら、手早く洗濯を終わらせた。権左の家に戻り、干している布団を避けて、洗濯物を干す。
 洗濯物を干し終わったら、昌吉は、権左に声をかけた。


「おっちゃん。もう少ししたら、飯を食いに行こうぜい」

「稲荷屋に行くか」

「おっちゃん、たまには野菜や魚も食えよ」

「今日はもう食った」

「もう! 身体に悪いぜい。今日はあたしが奢るから、まともな飯屋に行くよ」

「へーへー」


 権左がやる気のない顔で、煙管を手に取った。権左がぺろりと指を舐め、葉煙草を摘んで丸めて、煙管に詰めている。権左が、のそりと立ち上がり、まだ火がついている台所の竈の炭を鉄箸で摘んで、煙草に火をつけた。権左の煙管を咥えて煙草を吹かす姿は、最高に格好いい。
 昌吉は、暫しの間、うっとりと眺めてから、面倒臭そうな権左の背を押して、飯屋に行くべく、権左の家を出た。

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