推しの隣に俺がいるのは解釈違いですっ!

丸井まー(旧:まー)

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1:推しの先輩と不運

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 街の警邏隊で働いているアルッティは、苦手な書類仕事を放り出して窓から外を眺めていた。
 窓からは訓練場が見えている。そこには、アルッティにとって『推し』と言っても過言ではないほど敬愛しまくっているイーヴォがいる。

 イーヴォは男の中の男、むしろ漢と言ってもいいほど格好いい。
 背が高く、逞しく鍛え上げられた肉体、濃い赤毛は短く整えられており、いつでもキラキラと輝いている深い緑色の瞳はまるで宝石のようだ。顔立ちは精悍に整っており、警邏隊の内外にファンが多い男前である。

 アルッティもイーヴォの熱烈ファンだ。男が恋愛対象なわけではないので、純粋に男として憧れている。
 イーヴォはいつでも明るく笑っていて、仕事は常に真面目に取り組み、腕っ節も警邏隊の上位に入るほど強い。気さくな上に気遣い屋さんで、厳しい面もあるが基本的には優しい。
 イーヴォはアルッティにとってこうなりたいという理想の男と言ってもいい。

 アルッティが訓練中のイーヴォを眺めていると、後ろからパシッと頭を叩かれた。振り返れば、同期兼友達兼相棒のマルーシェが呆れた顔をして立っていた。


「またイーヴォ先輩を見てたのかよ。仕事しろ」

「ちょっと休憩してただけだ」

「はいはい。さっさと報告書を書き上げろよ。今日中に提出しないと怒られるぞ」

「へーい」


 アルッティは渋々窓の外から目を離し、自分の机に向かった。
 昨日、空き巣を捕まえたのはいいが、取り調べの報告書を書くのが心底面倒くさい。身体を動かす方が性に合っていて、書類仕事は苦手だし嫌いだ。
 なんとか報告書を書き上げて上司に提出してから、マルーシェと一緒に巡回に出る。

 アルッティが住むこの街は『宝石の街』と呼ばれている。近くに上質な宝石が採れる採掘場があり、この街で加工して売っている。宝石を求めて多くの商人が出入りしているし、高価な宝石を狙ってやってくる犯罪者も多い。
 この街を治める領主が領軍も配備してくれているが、それだけでは足りないので警邏隊もある。
 警邏隊の主な仕事は、すりや空き巣、強盗、殺人事件などの捜査、催しごとの時の警備などだ。

 人通りが多い街中を油断なく歩いていると、ひったくりに遭遇した。アルッティは老婆の鞄をひったくった男を全速力で追いかけ始めた。
 何も言わなくても、アルッティよりも足が速いマルーシェがひったくり犯を挟み撃ちにする形で動いてくれる。
 マルーシェの存在に気づいたひったくり犯が動揺して足をゆるめた瞬間、アルッティは思いっきり地面を蹴って、ひったくり犯の腰に飛びついた。
 ひったくり犯ごと倒れたアルッティは、素早くひったくり犯の腰に座り、ひったくり犯の両腕の肘を掴んで、思いっきり引っ張った。


「いたいいたいいたいいたい!」

「マルーシェ。鞄は無事か?」

「んー。大丈夫っぽい」

「さっきの婆さんの顔は覚えてるだろ? 先に婆さんに鞄を返してきてくれよ」

「分かった。こいつはどうする?」

「とりあえず気絶させてから運ぶ」

「おっ、俺に何をする気だ!!」

「あー? おらよっと」

「かはっ!?」


 アルッティは肘を掴んでいた右手を離し、すぱんっとひったくり犯の首の後ろに手刀を入れた。うまく気絶させられたようで、ひったくり犯がぐったりと脱力した。
 念のため、腰に着けている縄で手足を縛ってから、荷物のようにひったくり犯を担ぎ上げる。
 警邏隊の詰め所に向かって歩き始めると、すぐにマルーシェが小走りでやって来た。


「二人で持つか?」

「いや。俺一人でいい」

「相変わらず筋力馬鹿だな」

「それ褒めてる?」

「褒めてる褒めてる。これで書類仕事が得意なら、もっと出世しそうなのにな」

「俺、書類仕事嫌いなんだよね」

「お前の憧れイーヴォ先輩は書類仕事も完璧らしいぞ」

「ほんとすごいよな!? 憧れるわぁ。流石、俺の推し!」

「アルッティってイーヴォ先輩が恋愛的な意味でも好きなのか?」

「敬愛しまくってるけど、俺はノンケだ。恋愛対象じゃねぇよ。ていうか! 俺みたいな不細工がイーヴォ先輩の隣にいるとか完全に解釈違いだし!!」

「別に不細工ではないだろ。目つきは悪いけど。ていうか、解釈違いってなんだよ」

「あ、語る? イーヴォ先輩の素晴らしさからだから三日くらいかかっちゃうけど語る? 語っていい? ていうか語らせろ」

「やめろ。俺は戻ったらさっさと報告書を書いて嫁ちゃんと娘ちゃんが待つ家に帰るんだ」

「娘ちゃん、大きくなったんじゃねぇの?」

「もう二歳だからな。イヤイヤ期真っ最中だ。それはそれで可愛いんだが、嫁ちゃんが疲れ気味だから早めに帰ってやりたいんだよ」

「いい旦那兼パパしてんじゃん」

「二人とも俺の天使だからな。当然のことだ」

「はぁー。俺も早く結婚してぇわー。見合いでもしてみるかね」

「街で婚活パーティーがあるだろ。それに参加してみれば?」

「あー。定期的にやってるやつね。次にいつあるか調べとくかな」


 喋りながら歩いていたら、警邏隊の詰め所に着いた。ひったくり犯を取り調べ室に放り込み、気づけ薬を嗅がせて起こすと、余罪も含めてサクサクと吐かせた。

 取り調べが終わり、部屋から出ると、同じ班の先輩がバタバタと走ってやってきた。


「おい! アルッティ! やべぇぞ!」

「何がです?」

「お前が住んでるボロ官舎が火事だ!」

「……はぁぁぁぁ!? うっそでしょ!?」

「残念ながらマジ。まだ火が消し止められてない」

「先輩も同じ官舎でしたよね?」

「ははは……さようなら。全財産……」

「遠い目しないで! 諦めないで! とりあえず官舎に行きましょう! マルーシェ! 報告書頼む!」

「了解。気をつけろよ」

「おう!」


 アルッティは同じ官舎に住んでいる先輩と一緒に駆け出して、警邏隊の詰め所から出て官舎へと向かった。
 官舎がある方からもうもうと煙が立ち昇っているのが嫌でも見えた。
 官舎の近くに着いて様子を見れば、二階の部屋が一番燃えている様子なので、おそらく出火したのは二階の部屋だろう。
 アルッティの部屋は三階の角部屋だ。火の勢いが強くて、消火活動している消防団の者達も中々火を消せないようだ。三階のアルッティの部屋も燃え出したようである。さらば。全財産。生命があるだけマシと思えばいいのだろうが、ちまちま箪笥に貯めていた結婚資金がなくなるのはかなり心にくる。
 それに、今は冬の真っ只中だ。金もない。服も今着ている制服しかない。寝床もない。マルーシェをはじめとする仲がいい友達は皆既婚者だから転がり込むのは抵抗がある。詰んでる感が半端ない。

 完全に鎮火したのは深夜遅くになった頃だった。アルッティの部屋もがっつり燃えてしまっている。半壊しているから、仮に無事だったとしても、部屋のものを取ったりはできなかっただろう。
 同じ官舎に住む先輩が乾いた笑みを浮かべた。


「これ、なんか補償とかあんのかな」

「俺は知らないです。官舎に入る時に説明があったような気がするけど、覚えてねぇです」

「あーー。くそっ。とりあえず今夜は詰め所で寝るか。一旦寝て、明日今後のことを考えるしかねぇ」

「そうですね。ははは……結婚資金、結構貯め込んでたのに……」

「俺もだよ。ちくしょー。あーー。お気に入りのエロ本がー。実家から届いた手紙もー。やべぇ。冷静になるとかなりつれぇ」

「あっ! 妹から貰ったお守り! 燃えてるよなぁ……うぅっ……常に身に着けておけばよかった……」

「アルッティ。とりあえず詰め所に戻ろうぜ。考えだしたら本気泣きしそうだ」

「はい。もう既に泣きそうですよ。俺」


 家と大事なものが全部燃えてしまったアルッティは、意気消沈している先輩と一緒にとぼとぼと詰め所に戻り、まだ帰っていなかった上司に報告をして、新しい住処が見つかるまで詰め所に住んでいいと許可を貰った。
 制服は追加で支給されることになり、金は給料を前払いしてくれることになった。

 医務室のベッドに寝転がって、アルッティはあまりの不運にこっそり泣いた。

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