推しの隣に俺がいるのは解釈違いですっ!

丸井まー(旧:まー)

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9:久々の推しとの時間

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 漸く修羅場の二か月が終わり、賑やかだった街はいつも通りになった。
 修羅場明けは交代で三連休がもらえる。一日でもいいからイーヴォと休みが重なるといいなぁと思いながら、アルッティは疲れが溜まった身体でうきうきとイーヴォの家に帰った。

 もう日が暮れている時間帯だ。
 市場に行くのは明日の朝にするしかない。家に何か食べ物があるといいなぁと思いながら玄関の鍵を開けて中に入ると、ふわふわーと美味しそうな匂いが漂っていた。
 リリーは帰っている時間なので、もしかしてイーヴォが作っているのだろうか。

 アルッティが不思議に思いながら台所を覗くと、全裸にエプロンだけを着けたイーヴォが鍋をかき混ぜていた。
 推しのエプロン姿にテンションが爆上がりする。欲を言えば普通に服を着て欲しいところだが、家の中ではイーヴォに楽な格好でいて欲しいので諦める。風邪を引かないかだけが心配ではあるのだが。
 イーヴォがこちらを見て、ニッと笑った。


「おかえり。もうすぐシチューが出来上がるぞ」

「ただいまです! ありがとうございますっ!!」

「お前ほど美味くは作れねぇけどなー」

「いえ! 完全にご褒美です!!」


 イーヴォの手料理を食べられるだなんて、ご褒美感がヤバすぎて、いっそ天に召されてもいい。
 アルッティは感涙しそうになるのをぐっと堪えて、全速力で部屋に行き、鞄を放り投げると、階下の洗面台で手を洗って台所へ向かった。

 イーヴォがシチューを深皿に注いでくれるので、焼きたてのパンを皿に盛る。


「リリーさんが林檎のパイを作ってくれてるぞ。魔導冷蔵庫の中に入ってる」

「やった! リリーさんの林檎のパイ大好きです!」

「俺も好きー。美味いよなぁ。クッキーもある。俺は今日から三連休なんだが、お前は?」

「俺は明日から三連休です」

「おっ。じゃあ、今夜は飲むか。毎年のことだが疲れたしなぁ」

「はいっ! 晩飯食い終わったら、魔導冷蔵庫にあるものでツマミを作りますね」

「よろしく! さぁ、食おう」

「はいっ!」


 いそいそと夕食を居間のテーブルに運び、食前の祈りと同時にイーヴォとイーヴォを生み出してくれた神に感謝を捧げ、アルッティはスプーンを手に取った。
 イーヴォが作ってくれたシチューはちょっと大味だけど、温かくて腹の中からじんわり温もっていく。パンには胡桃が入っていた。胡桃入りのパンが一番好きなのですごく嬉しい。
 アルッティは口の中のものを飲み込んでから、だらしなく笑った。


「んまいです!」

「そうか? お前が作ったやつの方が美味いぞ」

「いえ! 十分過ぎるほど美味いです!」

「そ、そうか。それならよかった」


 イーヴォが照れたように笑った。
 推しの照れ笑顔尊い。溜まりに溜まった疲れが吹っ飛ぶ。
 このシチューを永久保存したいと思いながらも、せっかくイーヴォが作ってくれたのだから、とことん味わって食べる。
 いつもよりゆっくりめに推し手作りのシチューを味わって食べていると、先に食べ終えたイーヴォが頬杖をついて笑って手を伸ばし、指先でアルッティの口元を拭った。


「ついてたぞ」

「あ、すいません」


 イーヴォがアルッティの口元を拭った自分の指先をぺろっと舐めた。
 その場で発狂して絶叫しなかったことを褒めて欲しい。
 推しが! アルッティの! 口元を拭った指を! ぺろっとした!
 アルッティは歓喜のあまり、ぷるぷる震えたくなるのを堪えるために、口内の頬の肉を血が滲むほど強く噛んだ。
 そうでもしないと発狂する! 奇声を発して転げまわっちゃう!!

 アルッティはうっかり情熱(鼻血)を吹き出すのもぐっと堪え、内心狂喜乱舞しながら夕食を食べ終えた。

 イーヴォが先に風呂に入っている間に後片付けをして、明日の朝のパンを仕込む。
 パンをこねこねしながら、アルッティは嬉しさが振り切れていっそ泣きそうになるのを頑張って堪えていた。
 久しぶりの推しのファンサービスが供給過多すぎて、いっそ辛いレベルである。幸せすぎて、今ならいい笑顔で天に召される自信がある。

 イーヴォが風呂から出てくるまでに魔導冷蔵庫内のもので簡単なツマミを何種類か作ると、風呂から出てきた濡れ髪がそこはかとなく色っぽいイーヴォに声をかけられて、部屋に行って着替えを取ってから風呂場へと向かった。

 修羅場中は詰め所のシャワー室でざっとシャワーを浴びるだけだったので、久しぶりにのんびり温かいお湯に浸かれるのが嬉しい。
 あーーっと間の抜けた声をあげ、お湯で顔を洗った瞬間、ふと気づいた。

 このお湯って推しが浸かったお湯じゃん。

 アルッティの中の悪魔が囁く。
『推しの出汁が出てるお湯を飲んじゃえよー』
 アルッティの中の天使が囁く。
『そんな変態まっしぐらなことをしちゃ駄目だ!』

 アルッティの中で悪魔と天使が戦い、ギリギリ天使が勝利した。
 一線を超えなくて済んで、ちょっと一安心である。

 イーヴォが浸かったお湯=聖水だと思うのだが、その聖水に浸かれる幸せを噛み締めて、アルッティはほこほこに温まってから浴槽から出た。

 アルッティは寝る時は冬でもパンツ一枚なので、寝間着は買っていない。余分な服は買っていないので運動できる服を着てから居間に向かう。

 居間ではイーヴォが本を読んでいた。
 アルッティに気づいたイーヴォが振り返り、ニッと笑った。


「今夜はとことん飲もうぜ」

「はいっ! ツマミと酒を持ってきますね」

「ありがとな」

「いえ!」


 アルッティはいそいそと台所へ行き、大きなお盆にツマミを盛った皿と果実酒数本、グラスをのせた。
 居間のテーブルに運び、棚に並んでいる蒸留酒を一本取って、椅子に座る。
 それぞれ好きな酒をグラスに注いで乾杯をしてから飲み始める。
 くっと一息で蒸留酒を飲み干せば、キツい酒精が喉を焼き、かっと胃の中が熱くなる。香りがよくてめちゃくちゃ美味しい。

 薄く切ったパンにスライスしたチーズと黒胡椒の塩漬けをのせたものを食べたイーヴォがキラキラと目を輝かせた。


「うっま! これ美味いな。普通の黒胡椒じゃないよな? これ」

「塩漬けにしてあるんです。そのまま食べても酒に合いますよ」

「へぇー。珍しいな」

「前にジャムを買った時に、ついでに買っておいたんです」

「あ、こっちも美味い。チーズと蜂蜜ってなんでこんなに合うんだろうな」

「美味いですよねぇ」

「この林檎酒も美味い。はぁー。なんか落ち着くわ」

「やっと修羅場が終わりましたもんねぇ」

「明日は一日寝倒すだろ?」

「んー。起きたら市場に行ってきます。思いっきり料理をしたいので」

「料理が好きなんだな」

「はい。ストレス発散にもなります。修羅場明けはいつも普段は買わないお高い肉とか買って、料理をしこたま作るんですよ。食いきれない分は官舎の先輩とかにあげてました」

「へぇー。明日の飯が楽しみだな。あ、そういえば。今年の春の体術大会には出るのか?」

「今のところ出る予定はないですねぇ。ていうか、予選落ちしそうですし」


 警邏隊では毎年春に体術大会が行われている。イーヴォは毎年出場していて、優勝した年もある。観客席でひたすらキャーキャー黄土色の歓声を上げながらイーヴォを応援するのが毎年恒例になっている。

 イーヴォがニッと笑って、びしっとアルッティを指差した。


「今年は出ろよ。なんなら鍛えてやっから」

「えっ!?」

「上位三位までは賞金が出るぞ。補償金が出たとはいえ、まだ暫く金が厳しいだろ」

「うっ……確かにそうなんですけど。上位三位……狙えますかね?」

「狙って鍛えまくるに決まってるだろ。今年は俺も本気出すし、一緒に表彰台に上がろうな!」

「はいっ!!」


 イーヴォと一緒に表彰台に上がれるなんて最高すぎる。アルッティは何がなんでも春の体術大会に出場して上位入賞を狙うと決めた。
 イーヴォに鍛えてもらえるだなんて、新人の頃以来だ。それもすっごく嬉しい。
 アルッティはえへえへだらしなく笑いながら、美味しい蒸留酒をくっと飲み干した。

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