推しの隣に俺がいるのは解釈違いですっ!

丸井まー(旧:まー)

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13:ないわー。

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 アルッティは出勤していくイーヴォを玄関先で見送ると、家の中に入り、膝から崩れ落ちた。
 奇声を発しながらゴロゴロ床を転げまわる。
 イーヴォに! ほっぺたに! キスされた!!

 ノンケなのだが、推しからの『いってきます』ちゅーが嬉しすぎてもう駄目だ。
 心臓がバクバクして口からえれっと出ちゃいそうな気がする。
 ひたすらゴロゴロ床を転げ回り、軽く目が回って漸く少しだけ落ち着いた。

 イーヴォの過激なスキンシップ……スキンシップ? が心臓に悪い。嬉しいのだが、心臓と情緒が本当にヤバい。ヤバいという言葉しか出てこないレベルでヤバい。
 アルッティは床の上で何度も深呼吸をしてから立ち上がった。
 今日は家政婦のリリーは来ないので、洗濯と掃除をせねば。明日からアルッティも普通に仕事なので、市場に行って食材の買い溜めもしておきたい。

 アルッティはなんとなくふわふわした頭のまま、洗濯を仕掛けに魔導洗濯機を置いている脱衣場へ向かった。

 洗濯物を干して掃除を終わらせ、買い物をしに市場へ行くと、マルーシェと遭遇した。
 小さな女の子を肩車しているので、娘のアリーチェだろう。赤ちゃんの時に祝いに行って会ったことはあるのだが、随分と大きくなっている。
 こちらに気づいたマルーシェが『よっ』と片手を上げた。


「よぉ。アルッティ。買い物か?」

「よっ。明日からの分の買い溜めしに来た。アリーチェちゃん、ほんとにおっきくなったなぁ」

「ぱぱー。だぁれぇ?」

「んー? パパのお友達。アルッティだよ」

「こんにちは。アリーチェちゃん。サリーナさんは?」

「あっちで野菜見てる。俺は荷物持ちだ」

「ままー。ままーー!」

「はいはーい。って、あら! アルッティさん! ご無沙汰してますー」

「あ、どうも。お久しぶりです。アリーチェちゃん、大きくなりましたねー」

「そうなの。毎日元気いっぱいで振り回されてるわー」


 マルーシェの妻サリーナがころころと笑った。
 サリーナは中々の美人で、笑うと愛嬌があって可愛らしい。よく笑う人で、マルーシェはサリーナのことも娘のアリーチェのことも溺愛しまくっている。
 市場の今日のオススメ野菜の話をちょっとだけしてから、マルーシェ一家とは別れた。
 せっかくの家族水入らずのお出かけを邪魔してはいけない。あんな風に自分だけの家族が欲しいなぁと思うが、現実問題として結婚して子育てできるだけの貯金がない。現実が心底辛い。

 気分転換に今夜はちょっと手のこんだ豪華なものを作ろうかと魚を眺めていると、背中をぽんぽんと叩かれた。
 振り返れば、妹のマリアナが甥っ子を抱っこして立っていた。
 マリアナが嬉しそうにパァッと笑った。


「やっぱりお兄ちゃんだ! 久しぶりー。官舎が火事になったって聞いたから心配してたのよー。今はどうしてるの?」

「久しぶり。マリアナ。ドレイクも元気そうだな。今は先輩の家に居候させてもらってる」

「あら! うちに帰ってくれば? まぁ、空き部屋ないから居間で寝ることになるけど」

「そうなるだろうと思って帰らなかったんだよ。それに、深夜遅くに帰ったり、めちゃくちゃ朝が早かったり、そもそも何日も帰れなかったりするからさ。やっぱ気を使うだろ。主に飯の支度の関係とかで」

「あー。それは確かにー。ねぇねぇ。買い物終わったら、ちょこっとだけ喫茶店にでも行かない? 今日はドレイクがご機嫌だから、多分ぐずらないと思うし」

「おー。いいぞー。後輩から聞いたオススメの喫茶店があるからそこに行くか? ちっちゃい子連れでも入りやすい店なんだとさ」

「あら! 素敵! 是非とも行きたいわ!」

「ドレイクって今何歳になったんだっけ?」

「まだ八か月よ。上の子達も元気があり余ってて毎日大変なのよー」

「ははっ! 男の子三人だもんなぁ。元気に育ってくれてるのが一番いいけどな」

「そうね。じゃあ、私もサクッと買い物してくるから!」

「魚を買うから一度先輩の家に戻るわ。実家に迎えに行く。上の子達も一緒に喫茶店に行くか?」

「んー。子ども達三人だとお喋りどころじゃなくなるのよね……ドレイクもお母さんに頼んじゃうわ。いつもは私がメインでずっと世話してるけど、たまにはね」

「母さんにもちょこっと会うか。父さんは今日は仕事?」

「そうよ。世間一般は普通に仕事の日」

「あー。そういやそうか。俺の仕事って基本的に不規則だから完全に感覚がズレてるわ」

「それじゃあ、後でね!」

「あぁ」


 アルッティの実家は、主に硝子細工や陶器を扱う商家をしている。妹とは一歳違いで、義弟は元々実家の店の従業員だった。
 マリアナが未成年の頃から恋仲になり、十八歳の成人と同時に結婚して、義弟は入り婿になった。
 アルッティは小さな頃からずっと警邏隊に憧れていたので、義弟のお陰で警邏隊に心置きなく入隊できた。

 焼いたら美味しそうなデカめの魚を買い、他にも色々買ってからイーヴォの家に帰った。

 かなり久しぶりに実家に帰ると、母とマリアナと三人のちびっ子に出迎えられた。
 母からは『いつだって心配してるんだから、もう少し家に顔を出しなさい』と小言を言われた。
 心配してくれているのはとてもありがたいので、アルッティは素直に頷いておいた。

 母から『たまには二人で気分転換してらっしゃい』と見送られて、マリアナと二人で後輩から聞いた評判のいい喫茶店に向かった。
 喫茶店の店内に入ると、小さな子供連れの客がそこそこいた。とても賑やかだが、店の雰囲気が明るくて中々にいい感じだ。
 二人がけのテーブル席に座り、好きものを注文してから、マリアナが嬉しそうにニコニコ笑った。
 ちなみに、アルッティとマリアナはよく似ている。特に鋭い三白眼が。小さな頃から『お母さんに似たかった』と二人でよく話していた。


「このお店いいわね! 大きなテーブル席もあるし、今度は家族皆で来ようかしら。小さな子ども用のメニューもいっぱいだし」

「店内もなんか可愛くていいな。あ、オムツ替えられるスペースがあるらしいぞ。壁に張り紙がしてある」

「あら! ほんとだわ! 嬉しいー。中々そういうお店ないもの。助かるわぁ」


 甥っ子達の話をしていると、注文したメニューが運ばれてきた。
 アルッティはミルクレープと珈琲、マリアナは林檎のタルトと紅茶である。


「お兄ちゃん。一口ちょうだい」

「いいぞー。お前のも一口くれ」

「いいわよ。あら。おーいしーい! 生クリームが甘すぎないでいいわね!」

「タルトうんまぁ。バターの香りが最高。シナモン多めなのも嬉しいな、これ」

「どれどれ。ん! タルトも美味しい! お母さんが気に入りそうね」

「だなぁ」

「そういえば、居候させてもらってる先輩ってどんな人なの? 独身?」

「よし。ちょっと語らせてくれ」

「え? まぁいいけど。五分でまとめてよ。お兄ちゃん、語りだしたらなっがいから」

「ちょっと待ってくれ。五分で先輩の素晴らしさを語るべく脳内でまとめるから」

「あ、これはガチのやつだわ」


 アルッティはミルクレープを食べていた手を止め、なんとか五分でイーヴォの素晴らしさをまとめ、拳を握って熱く語った。
 きっかり五分で語り終えたアルッティを見て、マリアナが笑顔で口を開いた。


「お兄ちゃん。キモいわ」

「なんで!?」

「いや、なんかキモい」

「ひでぇ!? いやほんとにイーヴォ先輩って格好いいんだよ! 男の中の男! 俺の憧れ! 俺の最推し!」

「ないわー。お兄ちゃんさぁ、その人のこと好きなんじゃないの? 恋愛的な意味で」

「俺はノンケだ」

「尚更ないわー。お兄ちゃんの場合、単純に心酔してるって感じじゃないし。お兄ちゃん。自覚がないかもしれないけど、お兄ちゃんはその先輩に恋してます!」

「えー。それこそないわー。仮にそうだとしても、恋人になるとかありえねぇし。解釈違いも甚だしい」

「その発想がキモいわ」

「ひでぇな!?」

「一緒に住んでるんなら、一度真面目に自分の気持ちと向き合ってみたら? 熱烈ファン気取りできゃーきゃー言うだけじゃなくて」

「熱烈ファン気取りじゃなくて、ガチの熱烈ファンだ」

「はいはい。今はそういうことにしておいてあげる」

「ほんとにちょー強火な熱烈ファンなだけだし」

「まぁ、お兄ちゃんって鈍いしねぇ。恋に悩むようになったら話聞くわよ」

「恋ではないぞ?」

「恋はしようと思ってするものじゃないの。ある日突然落ちるものなの」

「それ言ってて恥ずかしくないか?」

「うっさい」


 美味しい珈琲を飲みながら、アルッティは自分がイーヴォに恋をしているのか自問自答してみた。
 結果、ねーな! で終わった。
 だって、仮にイーヴォに恋をしていたとしても、イーヴォと恋人になるだなんて畏れ多いにも程があるし、なにより解釈違いがヤバすぎる。
 アルッティは美味しいケーキとお喋りを楽しむと、マリアナを実家まで送ってからイーヴォの家に帰った。

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