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25:旅の準備
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結婚記念日も収穫祭も終わり、いよいよ冬が近づいてきた。今日は、近くの街から商人が訪れる日である。
ロルフが、ガルバーンと一緒に売るものを荷車にのせ、村の中心部に行くと、何故だか今日は、いつもよりも馬の数が多かった。いつもは、商人が荷馬車を牽かせる馬しかいないのに、明らかに馬の数が多い。
ロルフが不思議に思っていると、ガルバーンが売り物を荷車から下ろしながら、ロルフに声をかけてきた。
「ロルフ」
「はい」
「今日は馬を買う」
「馬? なんでです?」
「来年、里帰りをするだろう。金も予定通り貯まってきている。俺の故郷まで、此処からだと遠い。馬がいないと、下手したら片道で1年かかる」
「そんなに遠いんですか?」
「この村から、王都まで馬で片道3ヶ月、そこから更に4ヶ月程かかる。俺の故郷は山の中だから、王都から先は山越えが多い。足が丈夫で体力のある若い馬を、前に商人が来た時に頼んでおいた。お前が馬に乗れるよう、冬の間に練習する」
「あ、なるほどー。えへへ。ガル。ありがとうございます。なんだかワクワクしちゃいますね」
「そうか」
売り物を抱えたガルバーンが、小さく口角を上げた。上機嫌な空気を発しているガルバーンと共に、まずは、毛皮や果物の加工品等を売り、早速、馬を見に行った。
ガルバーンが、何頭もいる馬を、一頭ずつ、よくよく見て、黒毛の馬と栗毛の馬を選んだ。どちらも、どーんっと大きくて、丈夫そうである。ロルフは少しだけビビって、ガルバーンの背中に隠れながら、大きな馬を見た。馬をこんなに間近で見るのは初めてだ。隣村に野菜等を売りに行く時は、いつも牛に荷車を牽かせている。よくよく見れば、特に栗毛の方が、目が優しくて、なんだか可愛かった。
ガルバーンが、馬を連れてきた商人に金を払い、馬に乗るのに必要な鞍等も見始めた。栗毛の馬は、ロルフの馬になるそうだ。雌の馬で、気性が大人しく、初心者向けらしい。その場で、鞍をつけ、ロルフは、ガルバーンの手を借りて、一度、栗毛の馬に乗ってみた。思っていたよりも、ずっと高いが、安定していて、そんなに怖くはない。ガルバーンがすぐ側にいるから大丈夫だという安心感もある。鞍や手綱等、細かい調整を、その場で商人の男がしてくれた。ガルバーンも、黒毛の馬に乗り、調整をしてもらっていた。
ガルバーンが、馬に乗り、少しだけ黒毛の馬を歩かせて、ひらりと軽やかに馬から降りた。
「いい馬だ。頑丈だし、素直な気性をしている」
「そうでしょうとも。とにかく頑丈で体力があるやつを選んできましたからね」
「ん。鞍とかの代金だ」
「こりゃどうも。……少し多いようですが?」
「いい馬を連れてきてくれた礼だ」
「おや。そういうことなら、ありがたく頂戴しますね」
「あぁ。ロルフ」
「はい」
「名前をつけてやれ」
「名前……ミーナはどうでしょう? 女の子だし」
「いいんじゃないか」
「ガルはなんて名前をつけるんですか?」
「……オルフ。昔、相棒だった馬の名前だが、構わんだろ。あいつも、こんな感じの黒毛だった」
「いい名前ですね」
「あぁ」
ガルバーンが、オルフと名付けた馬の手綱を引き、ロルフにミーナの手綱を握らせた。
一緒に馬の手綱を引いて、荷車の所に移動する。荷車に手綱を括りつけると、今度は必要なものの買い出しである。
塩や砂糖等を買い、ワインや蒸留酒も少し買った。その後で、ガルバーンが、服を扱う商人の所へ向かった。
「春先に着る旅装を次回持ってきてくれ」
「いいですよ。2人分ですかい」
「あぁ」
「ガル。服も買うんですか?」
「あぁ。旅をするのに適した丈夫な服の方がいい」
「なるほど」
「それから、丈夫な大きめの鞄を二つと、肩掛け鞄も二つ。天幕は取り扱っているか? 馬だけの旅になる。小さめのものがいいんだが」
「鞄も天幕も仕入れておきますよ。ご旅行ですかい?」
「あぁ。2人で里帰りだ」
「そいつはいいですねぇ。しっかりとしたものをご用意しておきますよ」
「頼んだ」
ガルバーンが、機嫌よさそうに、小さく口角を上げた。冬を越したら、ガルバーンの故郷に里帰りである。
ロルフは、ワクワクしながら、家畜の世話だけをご近所さんや親戚に頼まなければと思い、早速、明日にでも頼みに行くことにした。
広い畑は、村長に頼んで、村の者達に使ってもらおう。下手すれば、2年近く、村に帰らないので、作物が採れないと困るし、折角の畑が荒れるのもよくない。これも、明日、村長の家に行って、相談しなければ。それに、冬の間に、ミーナに1人で乗れるようにならなくてはいけない。やる事がいっぱいできた。
ロルフは、ワクワクしながら、馬の手綱を引いているガルバーンの隣を、荷車を押して歩いて、家に帰った。
翌日。ガルバーンが、ダラーの家から余っていた木の端切れを貰ってきて、飼葉入れや水飲み用の容器を作ってくれた。二頭の馬は、ギリギリ家畜小屋に入った。新たに増えた仲間に、山羊達や牛達が興味津々っぽい感じだったのが、なんだか少しおかしかった。
旅の準備が始まった。隣村以外に行ったことがないロルフにとっては、初めての長旅になる。ワクワクして、ちょっとドキドキする。本当に旅なんかできるのか、少しだけ不安だが、ガルバーンが一緒だから、きっと大丈夫だ。
ロルフは、その日の夜は、ワクワクし過ぎて中々眠れなかった。ガルバーンと遅くまでお喋りをして、最終的に、ガルバーンに抱きしめられて、背中をトントンされて、寝かしつけられた。ガルバーンの腕の中は、いつだって温かくて、とても安心する。
ロルフは、明日からの諸々に、胸を高鳴らせながら、眠りに落ちた。
ーーーーーー
ミーナとオルフが家にやってきて、一週間が経った。毎日、少しずつ、ミーナに乗る練習をしている。ロルフは、ガルバーンが手綱を握った状態でなら、ミーナに乗ることに慣れてきた。ミーナは大人しくて優しい気性のようで、ロルフが1人で鞍に乗るのに手間取っても、嫌がったりしないで、大人しくしてくれる。
一応、鞍に1人で乗れるようになったし、ミーナに乗るのにも慣れてきた。今日は、オルフに乗ったガルバーンと一緒に、馬に乗った状態で散歩をする。
ミーナに声をかけて、鐙でちょっと合図をしてやると、ミーナが歩き始めた。手綱を強く握りしめ過ぎないように意識をしながら、オルフに乗ったガルバーンと並んで、馬に乗って歩き出す。
なんだか、いつもとは視界の高さが違って、じわじわと楽しくなってくる。
ロルフは、隣を行くガルバーンに話しかけた。
「ガル。なんか楽しいです」
「そうか。次は右に曲がるぞ」
「はい。ミーナ。右だよ。みーぎ」
手綱を少し右に引くと、ミーナがのんびりとした歩みで、右に曲がってくれた。次は左に曲がったり、また右に曲がったりしながら、のんびり、ぽっくりぽっくりとミーナを歩かせる。
まだ馬に乗るのに完全には慣れていないので、連日の練習で内腿が擦れて、地味に痛い。あと、尻も地味に痛い。だが、慣れたら、それも無くなるだろう。旅に出るまでに慣れておきたいので、今が頑張り時である。
ロルフは、ガルバーンと家に帰ると、ガルバーンに習いながら、ミーナの世話をした。ミーナの鼻先を優しく撫でてやると、ミーナが、ぶるるるっと鳴いた。新鮮な野菜を食べさせると、もりもりと嬉しそうに食べてくれる。ロルフの手からミーナが食べてくれるのが、なんとも嬉しい。
今年の冬は、やることがいっぱいだ。馬に乗る練習に、旅に出る準備がいっぱいある。
ロルフは、ガルバーンと一緒に頑張ろうと、家畜小屋から家に向かいながら、隣を歩くガルバーンの手を握って、やんわりと振った。
ロルフが、ガルバーンと一緒に売るものを荷車にのせ、村の中心部に行くと、何故だか今日は、いつもよりも馬の数が多かった。いつもは、商人が荷馬車を牽かせる馬しかいないのに、明らかに馬の数が多い。
ロルフが不思議に思っていると、ガルバーンが売り物を荷車から下ろしながら、ロルフに声をかけてきた。
「ロルフ」
「はい」
「今日は馬を買う」
「馬? なんでです?」
「来年、里帰りをするだろう。金も予定通り貯まってきている。俺の故郷まで、此処からだと遠い。馬がいないと、下手したら片道で1年かかる」
「そんなに遠いんですか?」
「この村から、王都まで馬で片道3ヶ月、そこから更に4ヶ月程かかる。俺の故郷は山の中だから、王都から先は山越えが多い。足が丈夫で体力のある若い馬を、前に商人が来た時に頼んでおいた。お前が馬に乗れるよう、冬の間に練習する」
「あ、なるほどー。えへへ。ガル。ありがとうございます。なんだかワクワクしちゃいますね」
「そうか」
売り物を抱えたガルバーンが、小さく口角を上げた。上機嫌な空気を発しているガルバーンと共に、まずは、毛皮や果物の加工品等を売り、早速、馬を見に行った。
ガルバーンが、何頭もいる馬を、一頭ずつ、よくよく見て、黒毛の馬と栗毛の馬を選んだ。どちらも、どーんっと大きくて、丈夫そうである。ロルフは少しだけビビって、ガルバーンの背中に隠れながら、大きな馬を見た。馬をこんなに間近で見るのは初めてだ。隣村に野菜等を売りに行く時は、いつも牛に荷車を牽かせている。よくよく見れば、特に栗毛の方が、目が優しくて、なんだか可愛かった。
ガルバーンが、馬を連れてきた商人に金を払い、馬に乗るのに必要な鞍等も見始めた。栗毛の馬は、ロルフの馬になるそうだ。雌の馬で、気性が大人しく、初心者向けらしい。その場で、鞍をつけ、ロルフは、ガルバーンの手を借りて、一度、栗毛の馬に乗ってみた。思っていたよりも、ずっと高いが、安定していて、そんなに怖くはない。ガルバーンがすぐ側にいるから大丈夫だという安心感もある。鞍や手綱等、細かい調整を、その場で商人の男がしてくれた。ガルバーンも、黒毛の馬に乗り、調整をしてもらっていた。
ガルバーンが、馬に乗り、少しだけ黒毛の馬を歩かせて、ひらりと軽やかに馬から降りた。
「いい馬だ。頑丈だし、素直な気性をしている」
「そうでしょうとも。とにかく頑丈で体力があるやつを選んできましたからね」
「ん。鞍とかの代金だ」
「こりゃどうも。……少し多いようですが?」
「いい馬を連れてきてくれた礼だ」
「おや。そういうことなら、ありがたく頂戴しますね」
「あぁ。ロルフ」
「はい」
「名前をつけてやれ」
「名前……ミーナはどうでしょう? 女の子だし」
「いいんじゃないか」
「ガルはなんて名前をつけるんですか?」
「……オルフ。昔、相棒だった馬の名前だが、構わんだろ。あいつも、こんな感じの黒毛だった」
「いい名前ですね」
「あぁ」
ガルバーンが、オルフと名付けた馬の手綱を引き、ロルフにミーナの手綱を握らせた。
一緒に馬の手綱を引いて、荷車の所に移動する。荷車に手綱を括りつけると、今度は必要なものの買い出しである。
塩や砂糖等を買い、ワインや蒸留酒も少し買った。その後で、ガルバーンが、服を扱う商人の所へ向かった。
「春先に着る旅装を次回持ってきてくれ」
「いいですよ。2人分ですかい」
「あぁ」
「ガル。服も買うんですか?」
「あぁ。旅をするのに適した丈夫な服の方がいい」
「なるほど」
「それから、丈夫な大きめの鞄を二つと、肩掛け鞄も二つ。天幕は取り扱っているか? 馬だけの旅になる。小さめのものがいいんだが」
「鞄も天幕も仕入れておきますよ。ご旅行ですかい?」
「あぁ。2人で里帰りだ」
「そいつはいいですねぇ。しっかりとしたものをご用意しておきますよ」
「頼んだ」
ガルバーンが、機嫌よさそうに、小さく口角を上げた。冬を越したら、ガルバーンの故郷に里帰りである。
ロルフは、ワクワクしながら、家畜の世話だけをご近所さんや親戚に頼まなければと思い、早速、明日にでも頼みに行くことにした。
広い畑は、村長に頼んで、村の者達に使ってもらおう。下手すれば、2年近く、村に帰らないので、作物が採れないと困るし、折角の畑が荒れるのもよくない。これも、明日、村長の家に行って、相談しなければ。それに、冬の間に、ミーナに1人で乗れるようにならなくてはいけない。やる事がいっぱいできた。
ロルフは、ワクワクしながら、馬の手綱を引いているガルバーンの隣を、荷車を押して歩いて、家に帰った。
翌日。ガルバーンが、ダラーの家から余っていた木の端切れを貰ってきて、飼葉入れや水飲み用の容器を作ってくれた。二頭の馬は、ギリギリ家畜小屋に入った。新たに増えた仲間に、山羊達や牛達が興味津々っぽい感じだったのが、なんだか少しおかしかった。
旅の準備が始まった。隣村以外に行ったことがないロルフにとっては、初めての長旅になる。ワクワクして、ちょっとドキドキする。本当に旅なんかできるのか、少しだけ不安だが、ガルバーンが一緒だから、きっと大丈夫だ。
ロルフは、その日の夜は、ワクワクし過ぎて中々眠れなかった。ガルバーンと遅くまでお喋りをして、最終的に、ガルバーンに抱きしめられて、背中をトントンされて、寝かしつけられた。ガルバーンの腕の中は、いつだって温かくて、とても安心する。
ロルフは、明日からの諸々に、胸を高鳴らせながら、眠りに落ちた。
ーーーーーー
ミーナとオルフが家にやってきて、一週間が経った。毎日、少しずつ、ミーナに乗る練習をしている。ロルフは、ガルバーンが手綱を握った状態でなら、ミーナに乗ることに慣れてきた。ミーナは大人しくて優しい気性のようで、ロルフが1人で鞍に乗るのに手間取っても、嫌がったりしないで、大人しくしてくれる。
一応、鞍に1人で乗れるようになったし、ミーナに乗るのにも慣れてきた。今日は、オルフに乗ったガルバーンと一緒に、馬に乗った状態で散歩をする。
ミーナに声をかけて、鐙でちょっと合図をしてやると、ミーナが歩き始めた。手綱を強く握りしめ過ぎないように意識をしながら、オルフに乗ったガルバーンと並んで、馬に乗って歩き出す。
なんだか、いつもとは視界の高さが違って、じわじわと楽しくなってくる。
ロルフは、隣を行くガルバーンに話しかけた。
「ガル。なんか楽しいです」
「そうか。次は右に曲がるぞ」
「はい。ミーナ。右だよ。みーぎ」
手綱を少し右に引くと、ミーナがのんびりとした歩みで、右に曲がってくれた。次は左に曲がったり、また右に曲がったりしながら、のんびり、ぽっくりぽっくりとミーナを歩かせる。
まだ馬に乗るのに完全には慣れていないので、連日の練習で内腿が擦れて、地味に痛い。あと、尻も地味に痛い。だが、慣れたら、それも無くなるだろう。旅に出るまでに慣れておきたいので、今が頑張り時である。
ロルフは、ガルバーンと家に帰ると、ガルバーンに習いながら、ミーナの世話をした。ミーナの鼻先を優しく撫でてやると、ミーナが、ぶるるるっと鳴いた。新鮮な野菜を食べさせると、もりもりと嬉しそうに食べてくれる。ロルフの手からミーナが食べてくれるのが、なんとも嬉しい。
今年の冬は、やることがいっぱいだ。馬に乗る練習に、旅に出る準備がいっぱいある。
ロルフは、ガルバーンと一緒に頑張ろうと、家畜小屋から家に向かいながら、隣を歩くガルバーンの手を握って、やんわりと振った。
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