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28:ジャンの思い出と家族会議

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ジャン・デニーロは幼い頃、天使に会ったことがある。
6歳の時だった。寝る時間の前に父に遊んでばかりいないで勉強しろとキツく怒られた。ジャンは別に遊んでいるわけではない。いつも屋敷の近くの森にある猟師小屋に行き、狩人達に狩りの仕方の話を聞いて、弓の練習をしているのだ。ジャンは狩人になりたかった。風の宗主国で有力な上級貴族である家は、少し年の離れた兄が継ぐ。なら自分が狩人になってもいいはずだ。
いつも昼間のつまらない貴族の勉強の時間に屋敷を抜け出て、狩人になるための勉強をしていた。
それを父に遊んでいると言われたことが1番腹が立つ。ジャンはムカムカして眠れなかったから、部屋の窓のすぐ近くに椅子を引っ張って置いて、窓を開けて明るい月明かりが照らす外を眺めていた。夏の終わりの頃で、少しずつ夜は肌寒くなっていく季節である。ジャンは小さくくしゃみをした。少し出た鼻水を服の袖で拭いていると、月明かりに照らされた上空に影が見えた。何かと思って、じっと見つめていると、長い豊かな髪を靡かせて、人が飛んでいた。人間は風の魔力を持っていても空を自由に飛ぶことはできない。ジャンは確信して、思わず叫んだ。


「天使だっ!!」


ジャンはそのまま天使を見つめながら、椅子に立ち上がり窓から外に飛び出した。ジャンの部屋は3階にある。当然、地面へと向けて小さな身体が落ちていく。あ、と思った時には遅かった。身体が落ちていく感覚に、ジャンは思わずぎゅっと目を閉じた。その次の瞬間、ふわりと誰かに抱き締められた。落ちていく感覚がなくなり、何やら宙に浮いてるような感じがした。


「おいおい。窓から飛び降りるなんて危ないぞ」


優しい声にジャンは目を開けた。深い緑色の瞳と目が合う。癖のある波打つ赤茶色の髪がふわふわと広がっていた。


「天使だっ!」

「ん!?」

「天使でしょ?空飛べるもん!天使だ!」

「いやいやいやいや。天使なんかじゃないぞ」

「天使じゃないの?」

「神子だよ。風の神子」

「神子様?」

「そう」


ジャンを抱き締めたまま、天使もとい風の神子様がふわふわと緩やかに上昇し、ジャンの部屋の窓の前まで浮き上がった。そのまま、そっと部屋の中の椅子の上に下ろされた。


「もう窓から飛び降りたりするんじゃないぞ」


ジャンは離れていく身体にがっと抱きついた。


「お、おい?」

「帰っちゃうの?」

「そうだけど……」

「また会える?」

「さぁな。あんまりヤンチャするんじゃないぞ。おやすみ」


神子様がそう言ってジャンの額にキスをした。
ジャンが思わずポカンとしているうちに、神子様は窓から離れて遠くへ飛んでいってしまった。
両手で自分の額に触れる。神子様の柔らかい唇の感触を思い出して、カァっと顔が赤くなった。
幼いジャン少年が初めて恋に落ちた瞬間であった。







ーーーーーー
ジャン将軍を口説き落とすという無謀な挑戦を始めて、早くも2年が経とうとしている。風の宗主国に来る度にジャン将軍に会いに行き、少し話をしているが、なんの進展もない。土産の酒選びのアドバイスを貰いにいったり、土の宗主国の酒を土産だと言ってプレゼントしたりしているのだが、そろそろ話しかける口実や話題が苦しくなってきた。

現在、風の宗主国のロヴィーノの部屋で家族による作戦会議が行われていた。


「なぁ。やっぱり無理じゃないか?もうちょい難易度低そうなのにしようぜ」

「母上。諦めるのはまだ少し早いですよ」

「いっそのこと遠乗りにでも連れていって、人気のないところで押し倒してみては?」

「なんてこと言うんだよ、ロヴィーノ」

「それで1発妊娠できたら即結婚だなー」

「……アルジャーノ。お前が言うとなんかちょっとあれなんだけど」

「まぁ、それは最終手段ということで」

「やらないぞ?やらないからな?」

「マーサ様にアドバイスもらったら?愛とエロスの伝道師なんでしょ?」

「あ、無駄だぞ。それ」

「そうだな」

「ん?なんで?おばあ様。父上」

「もう既に聞いてるんだよ。『セックスしようぜ!って言えばいいじゃん』って言われた」

「ド直球過ぎる!」

「ロヴィ兄上。マーサっていつもそんな感じなの?」

「まぁ基本。雰囲気で流す時がないでもないが、だいたいは『セックスしよー』って普通に言ってくる」

「アイツひでぇな!?」

「それはもう、愛とエロスの伝道師とは呼べないのでは?」

「セックスはめちゃくちゃ巧いぞ。知識も経験も豊富だし」

「エロに対する好奇心は10代の男以上だしな」

「……それはそれでどうかと」

「お祖父様の時はどうしたの?」

「んー。マーサの紹介というか、勧めというか、まぁそんな感じ?」

「口説いたり、口説かれたりじゃないんですか?」

「うん」

「……俺さ、ちょっと思ったんだけど」

「なんだ?アルジャーノ」

「この面子さ、まともな恋愛経験値低すぎない?」

「うぐっ……」

「いや、だってさー。俺は一服盛られてからの1発妊娠で結婚だったし、フリオ兄上とフェルナンドは童貞だし、ロヴィ兄上くらいじゃん。まともな恋してんの」

「恋はしたことないけど、童貞じゃないよ。俺」

「ん!?そうなのか?」

「お祖父様に花街連れていってもらったし」

「マジか」

「……童貞でも別に死なないし」

「フリオ。お前、今度父上に花街に連れていってもらえよ」

「花街楽しかったよ?フリオ叔父上」

「……話がずれてますよ。俺のことではなく母上ですよ」

「ロヴィーノもマーサ相手じゃあんまり、まともな恋って感じじゃないしなぁ。相手がなんかあれ過ぎて」

「……まぁ、たまにド直球過ぎたり、アホなのは否定しませんけど」

「聞いたことないけどさ。マーサのどこがいいの?ロヴィ兄上」

「面白いし可愛いだろ」

「面白いは認めるけど、可愛いか?」

「笑うと愛嬌あるじゃないか」

「あーまぁ、言われてみれば」

「アルジャーノ叔父上は友達歴長いんでしょ?」

「ん?うん」

「なんかそういう雰囲気になったこととかないの?」

「ないね」

「即答かー」

「ていうか、そもそもアイツぽっちゃり体型が好きだろ?」

「えっ!?」

「そうなの?」

「あー……まぁ、昔は髭の似合うぽちゃぽちゃしてるのが好きとは言ってたけどな。あ、安心しろ、ロヴィーノ。今は年くって守備範囲がかなり広がってるから」

「そ、そうですか……髭……好きなんですか?」

「ん?あぁ。サンガレアってさ、髭生やしてる男多いだろ?」

「はい」

「あれな、マーサが髭が好きって言ったからなんだわ」

「えー……」

「へー」

「髭伸ばそうかな……」

「多分似合いませんよ、兄上」

「そうそう。髭なくても大事にしてくれてるんだろ?」

「……まぁ」

「じゃあ、いいんじゃないの?父上」

「……むう。いやでも、飛竜に乗るから身軽じゃなきゃいけないし、太るわけにもいかないから、せめて髭だけでも……」

「大丈夫だって、ロヴィーノ。マーサは別に髭なくても気にしないから」

「……本当に?」

「うん。マーサは別に来るもの拒まずってわけじゃないからな」

「……ならいいですけど」

「ところで、また話が逸れてますが」

「ん?フリオ兄上の童貞卒業の話だっけ?」

「全然違う。母上の話だ。俺の童貞卒業はどうでもいい」

「んー。おばあ様。押し倒すかどうかは別にして、やっぱ遠乗り誘ってみたら?城じゃ人目があって、当たり障りのない話しかできないでしょ」

「うー。まぁなー」

「それが1番手っ取り早そうですね」

「じゃあ、とりあえず遠乗りに誘うってことで」

「決まりだな」

「頑張って!おばあ様!」

「マージーかー」


思いきって遠乗りデートに誘うことになってしまった。うまく誘えるか、不安しかない。
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