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29:ジャンとの逢瀬の始まり

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フェリは風の宗主国の城を目指して風竜に乗って飛んでいた。ジャン将軍攻略は未だにまるで進歩がない。城に着いたらまた何かしらのことをしなければならないかと思うと、少し憂鬱である。しかし、クラウディオもマーサも子供達もジャン将軍がフェリの伴侶になることを望んでいる。そろそろ諦めてくれてもいい気がするが、その気配はない。フェリはジャン将軍のことをそんなによく知らない。知っているのは、飛竜と酒と狩りが好きってことくらいだ。好きになれるかもよく分からない。もういっそのこと押し倒してしまおうか……と思うくらいには、フェリは知らず知らずのうちに追い詰められていた。まぁ、押し倒せるような人気のない場所に連れ出すのが1番の難関なのだが。
溜め息を何度も吐きながら飛んでいると、前方に飛竜が見えた。よくよく見れば多分ジャン将軍の飛竜だ。フェリは風竜の速度を上げて、飛竜の隣に並んだ。騎乗している者を見れば、ゴーグルで少し分かりにくいがジャン将軍である。これはチャンスかもしれない。向こうもこちらに気づいている。
フェリは飛竜乗りが使うハンドサインで、着いてこいと指示をした。了承のハンドサインをジャン将軍がするのを見て、城から少し進路を変えた。結構深い森に囲まれた湖の畔に降り立つ。ここはあまり人が来ないので、フェリのお気に入りスポットだ。風竜に続いて、ジャン将軍の飛竜も降り立った。
ジャン将軍が飛竜から降りてきたので、フェリも風竜から飛び降りた。


「やぁ、ジャン将軍」

「お久しゅうございます。フェリ様」


ジャン将軍がゴーグルをとって敬礼した。相変わらず優しげな顔立ちの男前である。絶対モテるだろ……と内心思いながら、ジャン将軍に近づいた。


「1人みたいだけど仕事中?」

「いえ。今日は休みです。休みの日にはいつもモルガに乗って飛んでいるんです」

「ジャン将軍の飛竜の名前?」

「はい」

「可愛い子だな」

「ありがとうございます」


ジャン将軍が嬉しそうに笑った。フェリもヘラリと笑い返して、モルガに近づいた。
モルガはフェリが近づくと、クルクルと小さく可愛らしい鳴き声をあげた。モルガの頬を撫でてやると、嬉しそうにフェリにすり寄ってくる。空を飛ぶものは全て風の神子であるフェリの眷属のようなものだ。鳥も飛竜もフェリを素直に好いてくれる。正直面倒くさい人間よりも余程可愛いと思う。
モルガが長い大きな舌を伸ばして、そっとフェリの頬を舐めた。お返しに綺麗な鱗にキスしてやると、モルガがまた嬉しそうに鳴いた。


「ジャン将軍はモルガを随分可愛がってるんだな。身体もキレイだし、素直ないい子だ」

「はい。将軍職についてからは中々以前ほどモルガと過ごせる時間がとれないのですが、休みの日はこうして一緒に飛んでおります。それに実は毎晩一緒に寝ています」

「ん?もしかして竜舎で寝てるのか?」

「はい」

「真冬も?」

「はい。モルガが温めてくれるので、吹雪の日でも結構平気です」

「マジか。すごいな」


飛竜が好きとは聞いていたが、まさかここまでとは。風の宗主国は冬場はかなり雪が降る。竜舎は飛竜が自由に出入りできるように、三方に壁は一応あるが、前面には何もない。飛竜の寝床には藁が敷いてあるが、それだけだ。普通は竜舎で真冬に寝るなんてことできない。飛竜好きもここまでくると正直呆れる。どんだけだ。


「今時間あるか?」

「はい。特に用事もなく飛んでいただけですので」

「それなら良ければ少し話さないか?マーサから貰った干した果物もあるんだ」

「私でよろしければ」

「うん」


フェリは風竜にくくりつけていた荷物を取って、湖の近くの柔らかい草の上に腰を下ろした。人1人分間を開けて、ジャン将軍も座る。フェリは荷物をごそごそ探って、マーサに貰った干した桃の入った袋を取り出した。干した桃はフェリも好きなのだが、フェルナンドが特に好きなのでいつも多めに貰っている。
大きめのものを1つジャン将軍に手渡した。


「土竜の森になってる桃をマーサが干したんだ。旨いぞ」

「そのような貴重なものをいただいてもよろしいのですか?」

「ん?いいよいいよ。いっぱいあるし」

「ありがとうございます」


ジャン将軍が穏やかに微笑むのを見ながら、フェリは自分の口に干した桃を放り込んだ。ねっとりした食感と濃い桃の風味が口の中に広がり旨い。ジャン将軍も小さく干した桃を噛った。少し驚いたように目をパチパチさせている。


「旨いだろ」

「はい。昔、水の宗主国で干した桃を食べたことがありますが、こんなに美味しいものではありませんでした」

「土竜の森は土の聖域だからな。土の神の恩恵が色濃くて、土の魔力に満ちている。実り豊かな場所なんだよ。だからだろうけど、他所のものに比べて土竜の森で採れるものは味がすごくいいんだ」

「なるほど。とても美味しいです」

「ジャン将軍は色んな所に行っているんだろ?」

「はい。任務で土の宗主国くらいまでなら飛んでいます」

「火の宗主国は飛んだことがない?」

「はい。残念ながら。1度飛んでみたいのですが、飛ぶ前に将軍になってしまったものですから。中々自由がきかなくて」

「あー。まぁ、将軍がフラフラ飛び回るわけにもいかないな」

「はい。火の宗主国には砂漠というものがあると聞いております。まるで砂の海のようだとか」

「うん。そんな感じ。めちゃくちゃ暑いぞ」

「火の宗主国には四大国巡りの旅の折りに護衛で同行させていただいたので、一応行ってはいるのですが、砂漠を歩いたり上空を飛んだりはできませんでしたから。1度飛んでみたいものです」

「あー。まぁ、あの時は王都近郊しか行ってないからな」

「はい。それでも十分楽しかったです。異国を訪れるのは、いつも驚きの連続ですから」

「まぁな」


それから少し日の位置が変わるまで、2人で穏やかに話をした。四大国巡りの時の話や飛竜の話、子供達の話など、意外なことに話題が途切れることはなかった。城ではこんなに話したことはない。人目も気になるし、どんな話題を振っていいのか分からなかったからだ。それが城を離れて2人きりだと存外話せる。フェリは気づけばジャン将軍との会話を普通に楽しんでいた。
そろそろ飛ばなければ城に帰る前に日が暮れてしまう。フェリは話を切り上げて立ち上がった。


「……なぁ、ジャン将軍」

「はい」

「またこうやって話してくれるか?」

「はい。私でよろしければ喜んで」


ジャン将軍が優しく笑って頷いてくれた。フェリは思いきって、ふわりと少し浮き上がり、ジャン将軍の口の端に触れるだけのキスをした。ピシッと音を立てるようにジャン将軍が固まった。


「……またな」


フェリはジャン将軍の返事を待たずに風竜へ飛び乗り、すぐに上昇して空へと飛び立った。上空からチラリと下を見下ろせば、ジャン将軍は同じ場所に立ったままだ。……不快だっただろうか。少し不安に思いながら、フェリは城へと向かった。






ーーーーーー
「聞いて驚け、お前たち」


その夜。定例と化したロヴィーノの部屋での家族会議でフェリはドヤ顔で今日の話をした。今日はアルジャーノは水の宗主国にいるので不在である。フェリの話を聞いたロヴィーノとフリオ、フェルナンドは喜んで手を叩いた。


「やりましたね、母上」

「次は唇にキスしましょう」

「ねぇ、父上。いっそおばあ様が来た時はジャン将軍を休みにしたら?」

「そうだな。母上がいらっしゃる間まるっとは少し難しいが、2、3日なら問題ない。多分」

「いや、そこまでしなくてよくないか?」

「何を仰います。城では口説くどころか、ろくに話もできないではありませんか。休みを与えたら、飛竜馬鹿のジャンのことですから、これ幸いとフラフラ飛び回るに決まっています。そこを狙っていきましょう」

「あー、うん」

「けどいいなー。ジャン将軍。俺もおばあ様と一緒に飛びたい」

「母上がジャン将軍を落としたら、いくらでも一緒に飛ぶといい」

「おばあ様、早くジャン将軍を落としてね!」

「いや、別にジャン将軍を落とさなくても普通に飛びに行くぞ?なんなら明日一緒に飛ぶか?」

「いい?父上」

「んー、まぁいいか」

「なら俺も同行します。仕事も研究も今落ち着いていますから」

「おー。昼飯用意してもらって、ちょっと遠乗りするか」

「俺1人城で仕事は寂しいので俺も行きます」

「仕事は大丈夫か?」

「宰相がいますから、なんとかなります……多分」

「じゃあ明日は皆で遠乗りだね!」


嬉しそうなフェルナンドの声にフェリも嬉しくなる。明日は皆で飛竜に乗って遠乗りだ。
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