部下に秘密を知られたから口止めとしてセフレになったのに思ってたのとなんか違う!

丸井まー(旧:まー)

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17:気のせいにしたい

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 美味しい朝食兼昼食を食べ終えると、ダミアンが風呂の準備をしてくれたので、アルノーは風呂に入りに行った。その間にダミアンが汚れたシーツなどを洗濯してくれている。
 今日の入浴剤はいつものとは違い、爽やかな甘い匂いがする。花の名前には詳しくないのでこれがなんの匂いなのかは分からないが、夏場にはちょうどいい涼やかさが心地いい。これも多分ダミアンのお土産の一つだろう。
 硝子のポットとカップその他、一体どれくらいお土産を買ってきたのだろうか。

 アルノーはゆったりと疲れが残る身体を温めると、浴槽から出て脱衣場で身体を拭き始めた。髪を拭いているタイミングでダミアンがやって来て、アルノーの髪を乾かし始めた。香油を使って手入れまでしてくれる。用意されていた服を着ると、ダミアンがアルノーの手を握って、手の甲にキスをした。


「洗濯物を干し終えたら、最新の魔術書を一緒に読みましょうか。お供は蜂蜜入りの温かい紅茶と冷たい紅茶、どっちがいいです?」

「うーん。温かいので。あんまり冷たいものを飲むとお腹にくるんだよねぇ」

「おや。じゃあ、温かい方がいいですね。焼き菓子を買ってありますから、一緒に食べましょうよ。中に入ってる林檎のジャムが絶品なんですよ」

「それは楽しみだね」

「洗濯が終わるまで、ベッドでゆっくりしててください」

「うん。ありがとう」


 ダミアンがアルノーの髪をそっと撫で、アルノーの頬にキスをしてから、脱衣場から出ていった。なんだか、いつもよりダミアンの行動が甘いような気がする。まるで恋人にするような行動だった。それが嫌ではない自分がいる。
 アルノーは、よくないなぁと思いながらも、なんだかちょっと嬉しくて、軽やかな足取りで寝室へと向かった。

 アルノーがベッドの上でゴロゴロしていると、ダミアンがお盆を持って寝室に入ってきた。アルノーは起き上がり、ベッドから下りた。


「魔術書を持ってくるよ。買ったはいいけど、僕もまだ読んでないんだ」

「はい。お願いします。蜂蜜漬けの檸檬があったので、紅茶にはそれを入れました」

「それは素敵だ。喉に優しいねぇ」


 アルノーはいそいそと寝室を出て、隣の書斎に置いてある魔術書を手に取り、寝室へ戻った。
 先に紅茶とお土産の焼き菓子を楽しむ。喘ぎまくって疲れた喉に、蜂蜜漬けの檸檬入りの紅茶がじんわりと優しく染みる。林檎のジャムが入った焼き菓子も優しい甘さですごく美味しい。紅茶にもよく合う。


「美味しいなぁ。あの街は林檎も特産品なんだよね。確か」

「そうですよ。林檎の酒も買ってきてますから、夜に一緒に飲みましょうよ」

「君はどれだけお土産を買ってきたの?」

「ははっ。気づいたら増えてました。あ、同じくらい母にも買ってますよ」

「そっかー。ありがたくいただくよ」

「アル。口の端にジャムがついてます」

「え。やだなぁ。恥ずかしい。とれた?」

「そっちじゃなくてこっち」


 ダミアンが笑いながらアルノーの左の口元を指先で優しく拭い、その指をペロリと舐めた。いっそ舌で舐め取ってくれたらいいのに。アルノーは一瞬そう思って、ハッとしてその思考を頭の片隅に放り投げた。
 そんな甘々イチャイチャな恋人がするような真似をするべきではないし、させてはいけない。アルノーとダミアンはあくまでセフレである。セフレとは思えない程甘やかされているが、ダミアンが甘やかしたがりなだけである。断じて、ダミアンがアルノーのことを好きだからではない。

 アルノーはじんわり熱い頬には気づかないフリをして、少しぬるくなった紅茶を飲んだ。

 紅茶と焼き菓子を楽しんだ後、2人でベッドに寝転がり、最新の魔術書を読み始めた。中々に面白い魔術書で、時折ダミアンと意見を交わし合いながら読み進めていく。
 半分近く読み終えた頃には、夕方になっていた。ダミアンがアルノーの頬にキスをしてから口を開いた。


「続きが気になりますけど、洗濯物を取り込んでから晩ご飯作ってきます。肉と魚、どっちがいいですか?」

「肉かな? 昨日言っていた鶏肉のピリ辛煮が食べてみたいかも」

「じゃあ、メインはそれにしますね。あとは野菜たっぷりのトマトスープとサラダにしますか。パンは胡桃入りと干し葡萄入り、どっちがいいです?」

「胡桃かな」

「じゃあ、胡桃で。洗濯物取り込んできますね」

「うん。僕は先に台所に行っておくよ」

「はい。林檎の酒も晩ご飯の時に飲みますか」

「いいねぇ。楽しみだなぁ」


 ダミアンがすぐ側で楽しそうに笑ってから、もう一度アルノーの頬にキスをして、ベッドから下りて寝室から出ていった。アルノーはなんとなくダミアンの背中を見送ると、ぽふんと枕に顔を突っ伏した。
 顔が熱いのは気のせいだ。なんか嬉しい気がするのも気のせいだ。
 アルノーは何度か深呼吸すると、起き上がってベッドから下りた。

 居間に行き、窓から外を見れば、ダミアンが洗濯物を取り込んでいる。テキパキと動いているダミアンを眺めながら、アルノーはぼんやりと、なんかいいなぁと思った。

 台所の小さな椅子に腰掛け、ぼんやりしていると、ダミアンが台所へ入ってきた。ご機嫌な様子のダミアンが魔導冷蔵庫から食材を取り出し、手際よく夕食を作り始めた。
 ダミアンの器用に動く手は、まるで物語に出てくる魔法みたいだ。ダミアンの手には、きっと美味しい料理を作る魔法がかかっている。
 アルノーは楽しそうに料理をしているダミアンを眺めながら、ふわふわと漂う美味しそうな匂いに、なんだかじわぁっと胸の奥が温かくなるのを感じた。

 夕食が完成すると、アルノーも手伝って食堂へ料理を運び、冷やしてあった林檎の酒を洒落たグラスに注いでから、乾杯をして食べ始める。
 鶏肉のピリ辛煮は、確かにちょっと辛いが、胡桃パンとの相性抜群ですごく美味しい。トマトスープはあっさりさっぱりしているし、サラダにかかっている手作りドレッシングも爽やかな酸味で美味しい。林檎の酒は微炭酸で、飲むとふわっと林檎の香りが鼻に抜け、口の中がさっぱりする。キツくない程度の炭酸が喉に心地いい。


「全部美味しいなぁ。なんか幸せ」

「ははっ。よかったです。魔導冷蔵庫に桃があったから、明日はデザートに桃のタルトでも作りますよ。おやつは他にも焼き菓子を買ってきてあるんで」

「最高じゃないか。君は絵本に出てくる魔法使いみたいだなぁ。美味しいものを量産する魔法使い」

「ははっ! そこまで大したものではないですよ。でも喜んでもらえて嬉しいです」


 ダミアンが照れたようにはにかんで笑った。ダミアンは男前なのだが、なんだかちょっと可愛い。


「後片付けが終わったら、一緒に風呂に入って、魔術書の続きを読みましょうよ。セックスは今夜はお休みで」

「いいよ。あの魔術書、大当たりだよね。すごく面白い」

「ですよね。俺もそろそろ個人研究をまとめなきゃなぁ」

「君の研究も面白いものばかりだから、是非とも魔術書を書いてほしいな」

「頑張ってみます」

「うん。読むのが今からすごく楽しみ」


 ダミアンと魔術談義をしながら夕食を楽しみ、食べ終わると、台所で後片付けをするダミアンをなんとなく眺めた。手早くキレイに掃除までしたダミアンがアルノーの側に来て、アルノーの頬にまたキスをした。


「風呂のお湯溜めてきます」

「あ、うん。お願い」


 ダミアンがにこっと笑って、風呂場へと向かっていった。アルノーはその場にしゃがみ、膝に額をつけて、小さくなった。
 顔が熱いのは気のせいだ。なんか嬉しいのも気のせいだ。気のせいということにしたい。

 アルノーは立ち上がり、自分の頬をごしごし擦ってから、風呂場へと向かった。

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