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爺達の旅
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ジョナスは瓶に直接口をつけ、キツい蒸留酒を飲み干すと、はぁっと大きな酒臭い溜め息を吐いた。
つい先月、六十になり、勤めていた魔法省を定年退職した。仕事ばかりをしていたせいで、女房は二十年前にジョナスを捨てて出ていった。ずっと仕事だけをしてきた。仕事だけが生き甲斐だった。
その生き甲斐が無くなってしまった。個人で魔法の研究をすればいいのだろうが、ジョナスは研究職ではなく、騎士団と連携して魔物を討伐する仕事をしていた。危険も伴う仕事だ。何度生命の危険を感じたか分からない。よくもまあ六十になるまで続けられたな、と自分に感心してしまう。
攻撃魔法には自信があったし、経験もあった。しかし、ジョナスは他人にものを教えるということが大の苦手だった。どんな魔法でも、自分は一度ですんなりと覚えられたので、他人が何故それをできないのかが分からず、後進の指導には向いていない。結局、今は無職となり、酒浸りの日々を送っている。
春も半ばを過ぎ、初夏の風が吹き始めたある日。ジョナスが暮らす古い集合住宅に、一人の客人がやって来た。
客人は、一つ後輩のオリエという男で、ジョナスとは違い、研究職についていた。オリエが開発・改良した魔法の実験に付き合ったことが何度かあったので、知らぬ仲ではない。
ジョナスは訪ねてきたオリエを散らかり放題の家の中へ招き入れた。
「突然来て悪いね。ジョナス」
「別に。どうせ毎日暇だ」
「定年退職した後は何もしてないんだって?」
「おぅ。まぁ、見ての通り、飲んだくれてるよ」
「そうかい。じゃあ、僕にはちょうどいいかな」
「あ?」
「一緒に旅をしてくれる人を探しているんだ」
「旅ぃ?何処に行くんだよ」
「青の泉。ターラント地方にある泉でね。すごく美しいんだって。子供の頃から、一度でいいから行ってみたい憧れの場所なんだ」
「ふーん」
「ジョナスも知っての通り、僕はずっと独り身だったからね。旅の道連れが欲しいのさ」
「お前、定年は来年だろ?何で今、俺に声をかけてきたんだよ」
「いやぁ。実は余命を宣告されちゃって」
「…………は?」
「僕ね、あと一年で死ぬんだって。心臓の病気でね。本当は入院とかして治療しなきゃいけないらしいんだけど、死ぬ前に好きなことがしたいんだ」
「……いいんじゃねぇの?好きに生きて、好きに死ねよ。多分、それが一番幸せなんじゃねぇの」
「うん。僕もそう思う。でも、一人旅は寂しいだろ?だから、君に付き合ってもらおうと思って。一年、君の時間を僕にはおくれよ。君は護衛になるし、知らない間柄じゃないし」
「……まぁ。いいか」
「本当に?」
「あぁ。どうせやることねぇし。お前の護衛をすりゃいいんだろ」
「護衛をしつつ、一緒に旅を楽しんでもらいたいかな」
「んー。そういや、旅ってしたことねぇな。仕事の遠征はいくらでもあっけど」
「のんびり観光したり、美味しいものを食べたりしながら、旅を楽しもうよ」
「あぁ。出立はいつにする?」
「早い方がいい。時間が限られているからね」
「じゃあ……そうだな。来週頭はどうだ」
「うん。じゃあ、来週頭の朝に、また此処に来るよ。旅の支度をしておいてくれ」
「おぅ。オリエ」
「ん?」
「笑って死ねるクッソ楽しい旅をしようぜ」
「ははっ!そうだね」
オリエが顔を皺くちゃにして、本当に嬉しそうに笑った。
ジョナスはオリエが帰るとすぐに、部屋に転がっている酒瓶を片付け始めた。一年は不在になるのだ。ある程度部屋を片付けておかねばなるまい。旅に必要なものも用意をしなければ。急にやることができてしまった。
ジョナスは小さく口角を上げた。
ーーーーーー
今まで暮らしていた王都からターラント地方まで、乗合馬車を乗り継いで、ざっと三ヶ月はかかる。
ジョナスはオリエと共に、乗合馬車に乗って、王都を旅立った。研究職だったオリエは、王都生まれの王都育ちで、今まで一度も王都の外に出たことがなかったらしく、幌付きの乗合馬車に揺られながら楽しそうに流れる景色を眺めていた。ジョナスは騎士団の馬車とは違い、のんびりと進む乗合馬車の揺れに眠気を感じながら、興奮しているオリエに話しかけた。
「何処か寄りてぇ所はあるのか」
「いっぱいあるよ。次の街は織物が有名だろう?機織りを見てみたい」
「ん。じゃあ見るか」
「うん。その次の小さな町は養蜂が盛んなんだって」
「あぁ。そこ行ったことがあるわ。実際に行ってねぇけど、パンケーキに蜂蜜がかけ放題の店があるらしいぜ」
「よし。そこに行こう。僕は酒より甘いものの方が好きだ」
「俺はどっちもいけるな」
「ところで、ジョナス」
「あ?」
「お尻痛い」
「マジか」
「あと、じわじわ腰も痛い」
「あー。馬車慣れしてねぇとそうなるわな。うん。堪えろ」
「マジで?」
「おぅ。そのうち慣れる」
「えぇ……うん。まぁ、がんばる……」
オリエの情けない顔に、ジョナスはクックッと低く笑った。ジョナスも若い頃は、騎士団の馬車の揺れに辟易したものだ。尻も腰も痛くなって、最終的に、目的地まで馬車の中で仁王立ちして過ごした。その話をオリエに聞かせると、オリエが楽しそうに笑った。
いくつもの大きな街や小さな町に寄り、観光をしたり、その土地の美味しいものを食べたりしながら、乗合馬車を乗り継いで、ターラント地方を目指していく。
旅を始めて一月もすると、たまにオリエの体調が悪くなる日が出てきた。そんな時は、予定よりも長めに宿に滞在して、のんびりとオリエの回復を待つ。時間に制限がある旅だが、急がば回れである。オリエがベッドから起き上がれない日には、ジョナスはオリエに今まで遠征で行ったことがある場所の話を話して聞かせた。現役時代は、攻撃主体の魔法使いとして、国のあちこちに行っていた。もう三十年以上も前になるが、隣国との戦争にも参加していた。
オリエは、ジョナスの話をとても楽しそうに聞いてくれた。二人は同年代で、同じ魔法使いだが、生き方が全然違っていた。
時が過ぎていくにつれ、オリエも自分のことを話すようになった。オリエが独り身だったのは、男しか愛せないからだったらしい。同性しか愛せない人間がいることは知っていたが、こんなに身近にいると思っていなかったジョナスは、少しだけ驚いた。
「僕が気持ち悪いかい?」
「別に。いいんじゃねぇの」
「どうして?」
「自分の心ってよ。自分でもどうにもできねぇだろ。男が好きなら好きで、別にいいじゃねぇか。俺は女房を愛してたぜ。でもよ、女房よりも仕事の方を愛してたんだわ。女房を大事にしねぇとって思ってたけどよ、それでも仕事を優先してた。自分でもどうすることもできなかったんだわ」
「……そう」
「女房には悪いことしちまったと思ってるよ。でもよ。俺は俺の心のままに生きたかった。仕事が生き甲斐で、すげぇ楽しかった。それで俺は満足してたんだよな」
「君は眩しい程真っ直ぐだね」
「あ?んなことねぇだろ」
「今更だけど、なんで、僕の旅に付き合ってくれてるんだい?」
「あー。あれだ。お前が、自分自身が生きてぇように生きようとしてっからだな。やることねぇし。それに付き合うのもいいかと思って」
「ははっ!君は本当にいい男だねぇ。うっかり惚れちゃったらごめんね」
「俺に惚れると後悔するぞ。俺は基本的に自分がやりてぇことしかやらねぇし」
「ふふっ。そうかい」
「そろそろ晩飯を買ってくるか。この町は海老を揚げたやつが名物らしいぜ。町を流れる川で捕れるんだと。食えそうか?」
「食べるよ。勿論」
「じゃあ買ってくる」
「デザートもよろしく」
「おうよ。食堂のおばちゃんにオススメ聞いて買ってくるわ」
「うん」
ジョナスは財布だけをズボンのポケットに突っ込み、泊まっている宿の部屋を出た。
ーーーーーー
時折、オリエの身体を休めながら、少しずつ、目的地であるターラント地方が近づいてきた。
ターラント地方に入る頃には、元々痩せていたオリエは更に痩せ、寝込む頻度も増えていた。
それでも、オリエの目はいつだって子供のようにキラキラと輝いていた。オリエにとって、初めて見るもの、初めて食べるもの、初めて触れるもの、初めて感じるもの、沢山の『初めて』がいっぱいで、オリエは痩せて更に皺くちゃになった顔でいつも笑っていた。
ジョナスはオリエの護衛と補助をしながら、生き生きと輝いているオリエが望むことができるように手助けをしていた。
ついに青の泉に一番近い町に到着した。のんびり旅をしてきたので、王都を出立して、もう半年近くが経っている。青の泉は、町から歩いて半時程の所にあるそうだ。
ジョナスはオリエの手を引いて、ゆっくりと青の泉へと歩いて行った
青の泉とは、確かにその名の通り、とても澄んだまるで宝石のような色合いの美しい泉だった。周囲に生えた緑鮮やかな木々も、宝石のように青い水面も、泉の縁を彩る可憐な白い花々も、本当に美しかった。
オリエは、ほぅっと小さな溜め息を吐き、ジョナスを見て、とても幸せそうな顔で笑った。
「ジョナス。ありがとう。こんなに美しい光景を見ることができたのは、君のお陰だ」
「俺は何にもしてねぇよ。お前についてきただけだ。お前が、自分が望むことをしただけだろ」
「……うん。ジョナス。お願いをしてもいいかな」
「聞くだけなら、まぁ聞いてやる。実際にやるかは俺の気分次第だ」
「僕が死んだら、僕の身体を君の魔法で燃やしてよ。僕の灰を、この泉がいつでも見える場所にこっそり埋めて欲しいんだ」
「それ、バレたら、死体遺棄?かなんかで俺が捕まるんだが」
「まぁ、その時はその時ってことで」
「マジかよ」
「ジョナス。僕は君が好きだよ。ふふっ。死ぬ前に恋までできちゃった。僕の人生って最高過ぎじゃないかな」
「そうかい。そいつは何よりだな」
「ジョナス。君に心から感謝を。そして、心から愛を。僕が生きた証なんてない。これは僕の我儘なんだけど、僕のことを忘れないでくれよ」
「忘れようにも忘れられねぇわ。オリエ。お前との旅、俺もすげぇ楽しかったわ。自分には仕事しかねぇと思ってた。でもよ、他にももっと色んな楽しいことってあったんだな」
「ふふっ。世の中には楽しいことが溢れているんだよ」
「そうだな。少し冷えてきた。明日も一緒に見に来るだろ?」
「勿論。毎日此処に来るよ」
「まぁ、付き合うわ。明日は町で昼飯を調達してから来ようぜ。ピクニックってやつだ」
「最高。君は天才か」
「まぁな。褒め称えろ」
「ははっ!」
本当に本当に、楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに、オリエが笑った。
ーーーーーー
オリエが息を引き取ったのは、本格的な冬が来る少し前のことだった。余命一年と言われていたが、一年も持たなかった。
ジョナスはオリエを見送ると、こっそりとオリエの遺体を魔法で灰になるまで燃やし、目星をつけていた場所にオリエだった灰を埋めた。
青の泉は、オリエが死んでも、変わらず美しいままだ。ジョナスはオリエだった灰を埋めたすぐ横に腰を下ろし、青の泉を眺めながら、瓶に直接口をつけてキツい蒸留酒を一気に飲み干した。
「オリエ。俺もよ。多分、お前のことが好きだったぜ。すげぇ楽しかった。当たり前だったものが新鮮に見えた。お前のこと忘れねぇよ。……また、会いに来るわ。俺はこれから旅に出る。今度は一人でな。お前に旅の楽しさを教えてもらった。どっかでくたばるまで、旅をして、たまにお前に話しに此処に来る。お前が見れなかったもんを見てくるよ。世界は、俺達が思っていたよりも広くて、ずっと面白い」
ジョナスはほんの少しだけ涙を溢し、大きく深呼吸をしてから、その場に立ち上がった。
ジョナスは身体が動かなくなるまで、一人であちこちを旅して回った。時折、青の泉を訪れ、オリエに話を聞かせた。
十年が過ぎ、これが最後だろうなと思ったジョナスは、青の泉の近くの町に家を借りた。
ジョナスは不自由になった身体で、毎日青の泉に通い、オリエに沢山話を聞かせた。
「オリエ。俺もそろそろそっちに行く。悪くねぇ人生だったよ。お前のお陰でな」
ジョナスは低く笑いながら、青の泉を眺めた。
(おしまい)
つい先月、六十になり、勤めていた魔法省を定年退職した。仕事ばかりをしていたせいで、女房は二十年前にジョナスを捨てて出ていった。ずっと仕事だけをしてきた。仕事だけが生き甲斐だった。
その生き甲斐が無くなってしまった。個人で魔法の研究をすればいいのだろうが、ジョナスは研究職ではなく、騎士団と連携して魔物を討伐する仕事をしていた。危険も伴う仕事だ。何度生命の危険を感じたか分からない。よくもまあ六十になるまで続けられたな、と自分に感心してしまう。
攻撃魔法には自信があったし、経験もあった。しかし、ジョナスは他人にものを教えるということが大の苦手だった。どんな魔法でも、自分は一度ですんなりと覚えられたので、他人が何故それをできないのかが分からず、後進の指導には向いていない。結局、今は無職となり、酒浸りの日々を送っている。
春も半ばを過ぎ、初夏の風が吹き始めたある日。ジョナスが暮らす古い集合住宅に、一人の客人がやって来た。
客人は、一つ後輩のオリエという男で、ジョナスとは違い、研究職についていた。オリエが開発・改良した魔法の実験に付き合ったことが何度かあったので、知らぬ仲ではない。
ジョナスは訪ねてきたオリエを散らかり放題の家の中へ招き入れた。
「突然来て悪いね。ジョナス」
「別に。どうせ毎日暇だ」
「定年退職した後は何もしてないんだって?」
「おぅ。まぁ、見ての通り、飲んだくれてるよ」
「そうかい。じゃあ、僕にはちょうどいいかな」
「あ?」
「一緒に旅をしてくれる人を探しているんだ」
「旅ぃ?何処に行くんだよ」
「青の泉。ターラント地方にある泉でね。すごく美しいんだって。子供の頃から、一度でいいから行ってみたい憧れの場所なんだ」
「ふーん」
「ジョナスも知っての通り、僕はずっと独り身だったからね。旅の道連れが欲しいのさ」
「お前、定年は来年だろ?何で今、俺に声をかけてきたんだよ」
「いやぁ。実は余命を宣告されちゃって」
「…………は?」
「僕ね、あと一年で死ぬんだって。心臓の病気でね。本当は入院とかして治療しなきゃいけないらしいんだけど、死ぬ前に好きなことがしたいんだ」
「……いいんじゃねぇの?好きに生きて、好きに死ねよ。多分、それが一番幸せなんじゃねぇの」
「うん。僕もそう思う。でも、一人旅は寂しいだろ?だから、君に付き合ってもらおうと思って。一年、君の時間を僕にはおくれよ。君は護衛になるし、知らない間柄じゃないし」
「……まぁ。いいか」
「本当に?」
「あぁ。どうせやることねぇし。お前の護衛をすりゃいいんだろ」
「護衛をしつつ、一緒に旅を楽しんでもらいたいかな」
「んー。そういや、旅ってしたことねぇな。仕事の遠征はいくらでもあっけど」
「のんびり観光したり、美味しいものを食べたりしながら、旅を楽しもうよ」
「あぁ。出立はいつにする?」
「早い方がいい。時間が限られているからね」
「じゃあ……そうだな。来週頭はどうだ」
「うん。じゃあ、来週頭の朝に、また此処に来るよ。旅の支度をしておいてくれ」
「おぅ。オリエ」
「ん?」
「笑って死ねるクッソ楽しい旅をしようぜ」
「ははっ!そうだね」
オリエが顔を皺くちゃにして、本当に嬉しそうに笑った。
ジョナスはオリエが帰るとすぐに、部屋に転がっている酒瓶を片付け始めた。一年は不在になるのだ。ある程度部屋を片付けておかねばなるまい。旅に必要なものも用意をしなければ。急にやることができてしまった。
ジョナスは小さく口角を上げた。
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今まで暮らしていた王都からターラント地方まで、乗合馬車を乗り継いで、ざっと三ヶ月はかかる。
ジョナスはオリエと共に、乗合馬車に乗って、王都を旅立った。研究職だったオリエは、王都生まれの王都育ちで、今まで一度も王都の外に出たことがなかったらしく、幌付きの乗合馬車に揺られながら楽しそうに流れる景色を眺めていた。ジョナスは騎士団の馬車とは違い、のんびりと進む乗合馬車の揺れに眠気を感じながら、興奮しているオリエに話しかけた。
「何処か寄りてぇ所はあるのか」
「いっぱいあるよ。次の街は織物が有名だろう?機織りを見てみたい」
「ん。じゃあ見るか」
「うん。その次の小さな町は養蜂が盛んなんだって」
「あぁ。そこ行ったことがあるわ。実際に行ってねぇけど、パンケーキに蜂蜜がかけ放題の店があるらしいぜ」
「よし。そこに行こう。僕は酒より甘いものの方が好きだ」
「俺はどっちもいけるな」
「ところで、ジョナス」
「あ?」
「お尻痛い」
「マジか」
「あと、じわじわ腰も痛い」
「あー。馬車慣れしてねぇとそうなるわな。うん。堪えろ」
「マジで?」
「おぅ。そのうち慣れる」
「えぇ……うん。まぁ、がんばる……」
オリエの情けない顔に、ジョナスはクックッと低く笑った。ジョナスも若い頃は、騎士団の馬車の揺れに辟易したものだ。尻も腰も痛くなって、最終的に、目的地まで馬車の中で仁王立ちして過ごした。その話をオリエに聞かせると、オリエが楽しそうに笑った。
いくつもの大きな街や小さな町に寄り、観光をしたり、その土地の美味しいものを食べたりしながら、乗合馬車を乗り継いで、ターラント地方を目指していく。
旅を始めて一月もすると、たまにオリエの体調が悪くなる日が出てきた。そんな時は、予定よりも長めに宿に滞在して、のんびりとオリエの回復を待つ。時間に制限がある旅だが、急がば回れである。オリエがベッドから起き上がれない日には、ジョナスはオリエに今まで遠征で行ったことがある場所の話を話して聞かせた。現役時代は、攻撃主体の魔法使いとして、国のあちこちに行っていた。もう三十年以上も前になるが、隣国との戦争にも参加していた。
オリエは、ジョナスの話をとても楽しそうに聞いてくれた。二人は同年代で、同じ魔法使いだが、生き方が全然違っていた。
時が過ぎていくにつれ、オリエも自分のことを話すようになった。オリエが独り身だったのは、男しか愛せないからだったらしい。同性しか愛せない人間がいることは知っていたが、こんなに身近にいると思っていなかったジョナスは、少しだけ驚いた。
「僕が気持ち悪いかい?」
「別に。いいんじゃねぇの」
「どうして?」
「自分の心ってよ。自分でもどうにもできねぇだろ。男が好きなら好きで、別にいいじゃねぇか。俺は女房を愛してたぜ。でもよ、女房よりも仕事の方を愛してたんだわ。女房を大事にしねぇとって思ってたけどよ、それでも仕事を優先してた。自分でもどうすることもできなかったんだわ」
「……そう」
「女房には悪いことしちまったと思ってるよ。でもよ。俺は俺の心のままに生きたかった。仕事が生き甲斐で、すげぇ楽しかった。それで俺は満足してたんだよな」
「君は眩しい程真っ直ぐだね」
「あ?んなことねぇだろ」
「今更だけど、なんで、僕の旅に付き合ってくれてるんだい?」
「あー。あれだ。お前が、自分自身が生きてぇように生きようとしてっからだな。やることねぇし。それに付き合うのもいいかと思って」
「ははっ!君は本当にいい男だねぇ。うっかり惚れちゃったらごめんね」
「俺に惚れると後悔するぞ。俺は基本的に自分がやりてぇことしかやらねぇし」
「ふふっ。そうかい」
「そろそろ晩飯を買ってくるか。この町は海老を揚げたやつが名物らしいぜ。町を流れる川で捕れるんだと。食えそうか?」
「食べるよ。勿論」
「じゃあ買ってくる」
「デザートもよろしく」
「おうよ。食堂のおばちゃんにオススメ聞いて買ってくるわ」
「うん」
ジョナスは財布だけをズボンのポケットに突っ込み、泊まっている宿の部屋を出た。
ーーーーーー
時折、オリエの身体を休めながら、少しずつ、目的地であるターラント地方が近づいてきた。
ターラント地方に入る頃には、元々痩せていたオリエは更に痩せ、寝込む頻度も増えていた。
それでも、オリエの目はいつだって子供のようにキラキラと輝いていた。オリエにとって、初めて見るもの、初めて食べるもの、初めて触れるもの、初めて感じるもの、沢山の『初めて』がいっぱいで、オリエは痩せて更に皺くちゃになった顔でいつも笑っていた。
ジョナスはオリエの護衛と補助をしながら、生き生きと輝いているオリエが望むことができるように手助けをしていた。
ついに青の泉に一番近い町に到着した。のんびり旅をしてきたので、王都を出立して、もう半年近くが経っている。青の泉は、町から歩いて半時程の所にあるそうだ。
ジョナスはオリエの手を引いて、ゆっくりと青の泉へと歩いて行った
青の泉とは、確かにその名の通り、とても澄んだまるで宝石のような色合いの美しい泉だった。周囲に生えた緑鮮やかな木々も、宝石のように青い水面も、泉の縁を彩る可憐な白い花々も、本当に美しかった。
オリエは、ほぅっと小さな溜め息を吐き、ジョナスを見て、とても幸せそうな顔で笑った。
「ジョナス。ありがとう。こんなに美しい光景を見ることができたのは、君のお陰だ」
「俺は何にもしてねぇよ。お前についてきただけだ。お前が、自分が望むことをしただけだろ」
「……うん。ジョナス。お願いをしてもいいかな」
「聞くだけなら、まぁ聞いてやる。実際にやるかは俺の気分次第だ」
「僕が死んだら、僕の身体を君の魔法で燃やしてよ。僕の灰を、この泉がいつでも見える場所にこっそり埋めて欲しいんだ」
「それ、バレたら、死体遺棄?かなんかで俺が捕まるんだが」
「まぁ、その時はその時ってことで」
「マジかよ」
「ジョナス。僕は君が好きだよ。ふふっ。死ぬ前に恋までできちゃった。僕の人生って最高過ぎじゃないかな」
「そうかい。そいつは何よりだな」
「ジョナス。君に心から感謝を。そして、心から愛を。僕が生きた証なんてない。これは僕の我儘なんだけど、僕のことを忘れないでくれよ」
「忘れようにも忘れられねぇわ。オリエ。お前との旅、俺もすげぇ楽しかったわ。自分には仕事しかねぇと思ってた。でもよ、他にももっと色んな楽しいことってあったんだな」
「ふふっ。世の中には楽しいことが溢れているんだよ」
「そうだな。少し冷えてきた。明日も一緒に見に来るだろ?」
「勿論。毎日此処に来るよ」
「まぁ、付き合うわ。明日は町で昼飯を調達してから来ようぜ。ピクニックってやつだ」
「最高。君は天才か」
「まぁな。褒め称えろ」
「ははっ!」
本当に本当に、楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに、オリエが笑った。
ーーーーーー
オリエが息を引き取ったのは、本格的な冬が来る少し前のことだった。余命一年と言われていたが、一年も持たなかった。
ジョナスはオリエを見送ると、こっそりとオリエの遺体を魔法で灰になるまで燃やし、目星をつけていた場所にオリエだった灰を埋めた。
青の泉は、オリエが死んでも、変わらず美しいままだ。ジョナスはオリエだった灰を埋めたすぐ横に腰を下ろし、青の泉を眺めながら、瓶に直接口をつけてキツい蒸留酒を一気に飲み干した。
「オリエ。俺もよ。多分、お前のことが好きだったぜ。すげぇ楽しかった。当たり前だったものが新鮮に見えた。お前のこと忘れねぇよ。……また、会いに来るわ。俺はこれから旅に出る。今度は一人でな。お前に旅の楽しさを教えてもらった。どっかでくたばるまで、旅をして、たまにお前に話しに此処に来る。お前が見れなかったもんを見てくるよ。世界は、俺達が思っていたよりも広くて、ずっと面白い」
ジョナスはほんの少しだけ涙を溢し、大きく深呼吸をしてから、その場に立ち上がった。
ジョナスは身体が動かなくなるまで、一人であちこちを旅して回った。時折、青の泉を訪れ、オリエに話を聞かせた。
十年が過ぎ、これが最後だろうなと思ったジョナスは、青の泉の近くの町に家を借りた。
ジョナスは不自由になった身体で、毎日青の泉に通い、オリエに沢山話を聞かせた。
「オリエ。俺もそろそろそっちに行く。悪くねぇ人生だったよ。お前のお陰でな」
ジョナスは低く笑いながら、青の泉を眺めた。
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