穏やかな貴方の愛で癒やされる

丸井まー(旧:まー)

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穏やかな貴方の愛で癒やされる

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 ユージーンは、はっと目覚めると、ガバッと起き上がり、周囲を見回した。ここは見慣れた自室だ。地獄のような戦場ではない。
 ユージーンは、はっ、はっ、と浅く早い息を吐きなから、失った右足の幻肢痛に呻いた。

 ユージーンは2年前まで、騎士として働いていた。3年前に隣国との戦争が始まり、ユージーンは多くのものを失った。右足も、一番大切だった親友も、多くの仲間達も、騎士であることも。

 戦争は昨年の春に自国の勝利という形で終戦を迎えたが、ユージーンに残されたものは、多少の金くらいだった。
 右足を失った以上、義足を使ってもまともに働くことなんかできない。ユージーンの家は没落寸前の男爵家で、ユージーンは三男だから継ぐなどない。右足のない働けもしないユージーンを婿として迎える利点などないし、ユージーンは完全に家のお荷物になった。

 唯一の使用人が部屋に入ってきて、水盆を差し出した。水盆の水で脂汗が流れる顔を洗い、水面を見れば、死んだ魚よりも濁った目をした窶れた男が映っていた。

 まだ戦争が始まる前は、ユージーンは快活な色男だと言われていた。鮮やかな赤毛、翡翠のような瞳、凛々しく整った色気のある顔立ち。身体は騎士らしく鍛えられていて、性格も自分で言うのもなんだが、明るくて気持ちのいい性格をしていたと思う。

 それが今では、義足があってもベッドから殆ど出ず、引きこもり生活をしている。家族や使用人に八つ当たりをしないだけマシだと思いたいが、いっそ戦場で死んでいた方がよかったと思う時の方が多い。

 今日も戦場の悪夢を見たせいで、朝食を食べられそうにない。ユージーンは使用人に朝食はいらないことを告げると、ベッドのヘッドボードに寄りかかり、ぼんやりと自分の手を見た。
 硬い剣胼胝があった手だ。腕は筋肉質で太かったのに、今は筋肉が落ちて細くなっている。ユージーンを庇って死んだ親友に申し訳ないくらい、今のユージーンは情けない。
 ユージーンは、ぽたっと手に落ちた涙を布団に擦りつけ、もぞもぞと布団の中に潜り込んだ。




ーーーーーー
 秋が深まり、冬の足音が近づいてきた頃。
 ユージーンは、両親に言われて、久しぶりにまともな服を着た。以前はピッタリだった服はだぼだぼになってしまっていて、みっともないことこの上ない。かといって、新たに仕立て直す時間はないらしい。使用人が修正できるところは修正してくれたが、それでも身体に合っていないことが嫌でも分かる。

 ユージーンが杖を片手にゆっくりと歩いて応接間に向かうと、応接間には若い男がいた。26歳のユージーンよりも少し年上な気がする。腰まである長い黒髪を一つの三つ編みにしており、こちらを向いた顔は、柔和に整っていた。新緑のような優しい色合いの瞳が印象的な、優しそうな風貌の痩身の男である。

 両親がユージーンを手招きしたので、ユージーンは男と向かい合うようにソファーに腰を下ろした。
 父がニコニコ笑いながら、弾んだ声でユージーンに声をかけてきた。


「ユージーン。この方はリヒャルト・ビートナー殿だ。お前を伴侶にしてくれるそうだぞ!」

「……私のような者を伴侶に、ですか」

「ビートナー殿は魔導技師でな! お前の義足も改良してくれるそうだ! よき縁だと思うぞ!」

「はぁ……」


 ユージーンはぼんやりと考えた。魔導技師ならば、もしかしたら伴侶という名目で新開発する義足の実験体が欲しいのかもしれない。貴族や金持ちの平民だと、家と家との縁を結ぶ為に、男同士で婚姻させることがある。当然、子供はできないが、子供ができたらよろしくない事情がある時は、男同士の方が逆にいい。

 ユージーンは、穏やかな顔をしているリヒャルトとやらをぼんやり眺めた。ユージーンが嫌だと言っても、これはもう決まっていることなのだろう。家のお荷物がなくなるから、両親は喜んでいるのだろう。右足を失くしたユージーンの治療費や義足のメンテナンスの費用など、それなりに金がかかっている。家の財状から考えると、かなりの負担をかけていた。
 ユージーンは、大人しくリヒャルトとの結婚を受け入れた。何もできなくなったユージーンが唯一できる親孝行だと思って、男との結婚をすると決めた。

 それから三ヶ月後。ユージーンはリヒャルトと結婚式を挙げた。ユージーンがリヒャルトの元へ嫁ぐ形になる。リヒャルトは、子爵家の四男で優れた魔導技師らしい。
 最初の顔合わせの時以来、リヒャルトとは会わなかった。手紙はたまに届いたが、無難に当たり障りのないことを書いていた。

 結婚式が終わると、ユージーンはリヒャルトの屋敷へと移動した。リヒャルトの屋敷は、小さめの二階建てで、庭も狭かった。自分で建てた屋敷らしい。一階の物置部屋にしていた部屋をユージーン用に空けてくれたそうだ。階段を上るのは少しキツいだろうと。
 廊下やトイレなど、あちこちに手すりがあった。一階は段差が殆ど無くて、義足でも比較的歩きやすい。どうやら、ユージーンが暮らしやすいように少し改築をしてくれたみたいだ。リヒャルトは、見た目通り、優しい男なのだろう。
 ユージーンは自室となった部屋のベッドに腰掛けると、ありがたいと思いつつも、ここでもきっと自分はお荷物になるのだろうと項垂れた。

 ユージーンは、いつも通り悪夢を見て魘されながら目覚めた。はっ、はっ、と浅く早い息を吐ながら、周りを見回せば、見慣れない部屋だった。ここはどこだ……と不思議に思って、ふと、そういえば昨日結婚したことを思い出した。昨夜は初夜だったが、リヒャルトは来なかった。朝方近くまで待っていたが、誰もユージーンの部屋には入ってこなかった。

 ユージーンは嫌な汗が滲む顔を両手で覆い、大きな溜め息を吐いた。ユージーンはどうやら性処理人形にすらなれないらしい。それはそうだろう。みっともなく痩せてしまって、鏡をいつ見ても顔色が悪く、目が死んでいる。魅力の欠片もない。

 ユージーンがのろのろと起き上がり、ぼんやりと自分の細くなった手を眺めていると、部屋のドアがノックされた。入室を促せば、入ってきたのはリヒャルトだった。
 リヒャルトは何故かお盆を持っていた。リヒャルトが穏やかに笑って、お盆をベッドのすぐ側の小さなテーブルの上に置いた。

 お盆の上には、二人分の朝食らしいものがある。香ばしい香りのするパン、ふわふわしてそうなオムレツ、野菜が沢山入ったスープに、ほんのり湯気が立つミルク。
 ユージーンは困惑して、リヒャルトを見た。リヒャルトがにこっと笑って、口を開いた。


「朝食を一緒に食べようと思いまして。僕が作ったんです」

「リヒャルト様が?」

「リヒャルトでいいですよ。伴侶になりましたし。この家には使用人がいないんです。研究するのに、他人がいると集中できないものですから」

「……では、何故、私と結婚をしたのですか」

「家の意向と、あとは貴方に興味をあったからですね」

「私が義足だからですか」

「そうですね。今、新しい義足を開発しているんです。もう少しで完成するので、是非貴方に試していただきたいのです」

「……分かりました」

「さっ。冷めないうちに食べましょう。苦手なものはありますか?」

「いえ、特には」

「一階や庭は好きに歩いてくださいね。二階で研究をしているので、二階には上がらないでもらえると助かります」

「分かりました」


 やはり、ユージーンは新開発の義足の実験要員らしい。自分になんの価値もないわけではないことに安堵するが、それ以上のことは求められていないのだろう。
 ユージーンは吐き気を堪えて、温かいミルクを飲んだ。ほんのりと甘くて、蜂蜜の香りがふわっと鼻に抜ける。朝に水以外を口にするのは随分と久しぶりだ。温かいミルクで胃がじんわり温まると、他のものも食べられそうな気がしてくる。

 ふわふわのオムレツはほんのり甘くて素直に美味しい。野菜スープも優しい味付けだし、パンには胡桃が入っていて、これも美味しい。
 ユージーンは無言で朝食を食べながら、チラッとリヒャルトを見た。キレイな所作で美味しそうに食べている。何か言った方がいいのかと思い、ユージーンはおずおずと口を開いた。


「その……美味しい、です」

「ん。お口に合ってよかったです。食べきれない分は僕が食べますから、気にせず食べたいだけ食べてくださいね」

「……ありがとうございます」


 ユージーンは、全ての料理を半分だけ食べた。それ以上は胃が受けつけなかった。リヒャルトは、ユージーンの食べかけの朝食もパクパクと食べると、穏やかに微笑んで口を開いた。


「昼食はシチューの予定です。夜はシチューにチーズをかけて焼こうかなぁと。食べられそうですか?」

「……量は食べられませんが、問題ないかと思います」

「それはよかったです。もしよかったら、庭に出てみてください。ベンチがありますから。今日はいいお天気だから陽の光を浴びると気持ちがいいですよ」

「……はい」


 リヒャルトがにこっと笑って、お盆を持って出ていった。ユージーンはのろのろと動き、なんとか服を着て、杖を片手に庭へと移動した。狭い庭には小さなベンチがあった。洗濯物が干してある。ユージーンはベンチに座ると、ぼんやりと空を見上げた。

 確かに、今日はとてもいい天気だ。そんなに寒くもない。柔らかい陽射しが心地いい。陽の光をまともに浴びるのはいつぶりだろうか。思い出せないくらい前だ。
 ユージーンはぽかぽかの陽射しが心地よくて、リヒャルトに起こされるまで、ベンチでうたた寝をした。




ーーーーーー
 リヒャルトの元に嫁いできて、二ヶ月が経った。季節は本格的な冬になり、それなりに冷える日が続いている。
 ユージーンは、三食リヒャルトが作った料理をリヒャルトと一緒に食べ、晴れた日の昼間は庭のベンチで日向ぼっこする日々を送っている。リヒャルトが作ってくれるので流石に食べない訳にはいかず、毎食食べるようになったからか、少しだけ痩けていた頬がマシになった。毎日、庭に出るだけとはいえ、一日中ベッドに寝ていた頃より運動しているからか、最近はなんとなく体調がいい気がする。

 リヒャルトは、相変わらず夜にはユージーンの元へ来ないが、きっと男は無理なのだろうと諦めている。ユージーンは、抱かれたことはないが、男を抱いたことはある。騎士学校は男所帯だったから、男同士で恋人になったり、性欲処理で気軽にセックスする者が割といた。なので、ユージーンは男同士のセックスに抵抗がないのだが、世間一般的には、男同士でセックスをするのは普通ではないのだろう。

 一際寒い日の朝。ユージーンが目覚めると、お盆を持ったリヒャルトが部屋に入ってきた。いつも穏やかに笑っている男だが、なんだかいつもよりも機嫌がいい。にっこにこ笑いながら、リヒャルトが興奮気味に話しかけてきた。


「おはようございます! ユージーン。朝食を食べたら、新しい義足を試してみませんか? 擬似神経を内蔵していて、貴方の神経に接続するのに結構な痛みが伴うことは予想されますが、今の義足よりも格段によくなります。自分の足のように動かせるんです! 歩くだけじゃなくて、練習すれば走れますよ! できる限り軽量化しましたし、一度着けてしまえば、負担は今よりもぐっと少なくなります。如何でしょう?」

「……着けて、もらえますか?」

「はいっ! その前に朝食です。冷めないうちに食べましょう。今朝は自信作なんです」


 リヒャルトが嬉しそうに微笑んだ。今日も美味しい朝食を食べると、ユージーンはベッドの上でリヒャルトが来るのを待った。ベッドの上で新開発した義足を着けるらしい。
 漸く自分の役目がきたと思って、ユージーンは少しだけ嬉しくなった。痛みを伴うそうだが、これでも嘗ては騎士だったのだ。どんな痛みでも耐えてやろうではないか。練習すれば走れるようにもなるのなら、もしかしたら、また剣を握れるかもしれない。ユージーンは、剣を振るうのが大好きだった。
 ユージーンは随分と久しぶりに前向きな気分になった。

 新開発のものだという義足の取り付けは、いっそ気絶した方がマシだと思ったくらい痛かった。それでも、口に咥えた布を噛みしめ、ユージーンは痛みに耐えた。
 新しい義足を着けた後、立ち上がって歩いてみれば、まるで自分の足のように義足が動く。驚く程スムーズに歩けて、杖もいらないくらいだ。ユージーンは驚いて、思わず小さく歓声を上げた。
 歩いても痛くないし、本当に走れる気がする程、しっくりきている。本当に自分の足が戻ってきたような気がして、ユージーンは嬉しくて、涙が滲む目でリヒャルトを見た。
 リヒャルトは、なんだか嬉しそうに微笑んでいた。


「どうですか?」

「……まるで自分の足が戻ってきたかのようです」

「よかった! 重くはないですか? 歩きにくさはあります?」

「いえ。軽くて、とても歩きやすいです」

「上手くいって本当によかった! 2年の努力が報われました!」

「2年も開発に時間がかかったのですか? そんな貴重なものを着けていただいてもよかったのですか?」

「貴方の為に開発したものですから」

「え?」


 リヒャルトが何故か頬を赤らめ、早口で話し始めた。


「その、暴漢に襲われていたところを貴方に助けていただいたことがあって。その時に、その、貴方が本当に格好よくて、あー、えっと、一目惚れした……みたいな感じです」


 ユージーンはきょとんと、顔が真っ赤になっているリヒャルトを見つめた。リヒャルトは挙動不審に目を泳がせている。


「では、何故、夜に来られないのですか?」

「そっ、それは、あの、恥ずかしいのですが……僕は童貞ですし、貴方と触れ合うのは義足が完成してからと決めていたので……貴方が元気を取り戻すきっかけをつくれたらなと思って……」


 ユージーンは驚いて、パチパチと瞬きをした。真っ赤な顔であわあわしているリヒャルトに、どうやら自分は大切に思われているらしい。実際、既にとても大切にされている。過ごしやすい家、温かくて美味しい食事、リヒャルトの穏やかな笑顔を見ると、悪夢を見た日でも食事がとれる。
 ユージーンは胸の奥が温かくなって、自然と笑みを浮かべていた。


「リヒャルト」

「は、はい」

「今夜、私の部屋に来てください」

「えっ!?」

「私に触れてください」

「は、はい……」


 リヒャルトは二つ年上だというのに、真っ赤になって、まるで初な少年のような反応をした。
 リヒャルトがおずおずと近づいてきて、ユージーンの手を握り、唇に触れるだけのキスをした。


「貴方の笑顔が見れただけで、頑張ったご褒美をいただいた気分です」

「……私はいつも貴方の笑顔を見ると安心します」

「ははっ。それは嬉しいな」

「リヒャルト。私に家事を教えてくれませんか? まずは料理から。この感じだと、それなりに長い時間立っていても痛まない気がします」

「それでは、早速今日の夕食を一緒に作りましょうか。昼食は僕が作ります。すごく痛かったでしょう? 夕食の支度の時間までは休んでいてください」

「分かりました。ご指導よろしくお願いいたします」

「一緒に少しずつ覚えていきましょうね」

「はい」


 ユージーンは、随分と久しぶりに穏やかな気持ちで笑った。嬉しそうに笑っているリヒャルトを見ていると、自然と笑みが浮かべていた。握られた手から、じんわりとリヒャルトの温もりが伝わってきて、胸の奥が擽ったくなる。

 ユージーンはリヒャルトに言われてベッドに横になると、すぐに眠りに落ちた。いつも見ている戦場の悪夢は不思議と見なかった。

 夕食の支度をリヒャルトと一緒にやった。まずは簡単なシチューからということで、ユージーンは慣れない手つきで野菜や肉を切った。味付けはリヒャルトがやってくれたから、ちゃんと美味しいものが出来上がった。野戦料理以外は作ったことがなかったのだが、リヒャルトと他愛のないお喋りをしながら作った料理は、温かくて本当に美味しかった。

 夕食の後片付けもリヒャルトと一緒にやった後。
 ユージーンは風呂で念入りに身体を洗うと、寝間着を着て、自室のベッドの上でリヒャルトが訪れるのを待った。本当にリヒャルトは来てくれるのだろうかと、少し不安になってきたタイミングで、控えめな感じで部屋のドアをノックされた。

 部屋に入ってきたリヒャルトは、明らかに緊張したような顔をしていた。ここはある程度慣れているユージーンがリードすべきなのだろうか。だが、リヒャルトにも年上や男のプライドがあると思うので、ユージーンは今回は大人しくされるがままになろうと思った。

 ぎこちない動きでリヒャルトがベッドの側に来て、ベッドに腰掛けた。ベッドのヘッドボードに寄りかかっているユージーンの手を握り、リヒャルトが真っ赤な顔で口を開いた。


「あのっ! その、上手くできなかったら、すいません!」

「大丈夫です。貴方に触れてもらえると、私は嬉しいです」

「そ、そうですか。……では、貴方に触れます。……その、貴方のことを愛しています」

「はい」


 リヒャルトの真っ直ぐな言葉がなんだか嬉しくて、ユージーンは自然と微笑んでいた。手を握ったまま、リヒャルトの顔が近づいてきて、触れるだけのキスをされる。くちゅっと優しく上唇を吸われた。ちょっと擽ったいくらいの優しさで、ユージーンはじんわり胸の奥が温かくなり、機嫌よく目を細めた。

 優しいキスをしながら、リヒャルトの手で寝間着を脱がされる。貧相に痩せてしまった身体を見られるのが恥ずかしいが、リヒャルトの普段は穏やかな色を浮かべている新緑のような色合いの瞳が、今は確かに熱を孕んでいる。そのことに、不思議と勇気づけられる。

 リヒャルトがぎこちなくユージーンの口内に舌を入れ、もどかしいくらい優しく口内を舐め回される。ユージーンが自分からリヒャルトの熱い舌に舌を絡めると、間近に見えるリヒャルトの目が嬉しそうに細くなった。

 ぬるりぬるりと舌を絡め合わせながら、リヒャルトがユージーンの身体を撫で回し始めた。リヒャルトの優しい手の感触に、じわじわと下腹部が熱くなってくる。
 リヒャルトが唇を離して、ユージーンの首筋を舐め回し始めた。背筋がゾクゾクする微かな快感に、堪らず熱い溜め息が出てしまう。

 リヒャルトの熱い舌が鎖骨を這い、薄くなった胸板にあるちょこんとした乳首へと移動していった。技巧も何もなく、ペロペロと舐められているだけだが、不思議と気持ちがいいし、興奮する。
 ユージーンは、おずおずと乳首を舐めているリヒャルトの頭をやんわりと撫でた。今は結っていない黒髪が肌を撫でる感覚すら不思議と気持ちがいい。

 リヒャルトが目だけでユージーンを見つめながら、乳首をちゅーちゅー吸い始めた。ちょっと擽ったいけれど、じんわり気持ちがいい。ユージーンは、はぁっと熱い息を吐き、腰をくねらせて、覆いかぶさっているリヒャルトの身体に勃起したペニスを擦りつけた。

 右足を失くしてから、自慰なんてしていない。右足と共に性欲も消え去ったと思っていたのだが、そうでもなかったみたいだ。今はリヒャルトに触れられて、酷く興奮して、今すぐにでも自分のペニスを扱いて射精したいくらいだ。

 両方の乳首を舐めて吸ったリヒャルトが、くちゅっ、くちゅっ、と擽ったいくらい優しく肌に吸いつきながら、ユージーンの下腹部へと移動していった。
 ユージーンの勃起したペニスに頬擦りをしたリヒャルトが、べろーっとユージーンのペニスの裏筋を舐め上げた。一気に射精感が高まってしまって、ユージーンは我慢できずに、ぴゅっと少量の精液を吐き出した。ユージーンの精液を舐めとるようにペロペロと敏感な亀頭を舐め回される。気持ちよくて、興奮して、本当に堪らない。

 ぱくんと亀頭を咥えられたら、もうダメだった。自分でも信じられないくらい早いが、ユージーンは低く唸って、リヒャルトの口内に精液を吐き出した。久しぶりに感じる精液が尿道を勢いよく飛び出していく感覚が気持ちよくて堪らない。射精しているペニスをじゅるじゅると吸われて、ユージーンは掠れた喘ぎ声をもらした。

 はぁー、はぁー、と大きく荒い息を吐きながら、リヒャルトを見れば、リヒャルトのくっきり浮き出た喉仏が嚥下に合わせて動くのが見えた。ぶわっと顔が熱くなる。精液を飲まれるのは初めてのことじゃないのに、相手がリヒャルトだと何故か酷く興奮する。

 ユージーンは、リヒャルトに言われて、のろのろと俯せになった。俯せに寝転がったユージーンの筋肉が落ちて柔らかくなった尻をリヒャルトが舐め回し、アナルの中に何かを入れられた。間違いなく、浄化剤だろう。浄化剤はアナルの中に入れると、中をキレイにしてくれる。

 浄化剤を入れて少し経つと、むにぃっと尻肉を広げられて、アナルに熱くてぬるついたものが触れた。リヒャルトにアナルを舐められている。ペロペロと舐められているだけだが、腰のあたりがぞわぞわする程気持ちがいい。技巧のなさが、逆にぐっとくる。


「はっ、あぁ……リヒャルト、きもちいい……」

「ん。はぁ……ユージーン。貴方はすごくキレイだ。ここも可愛い」

「あぁっ……ふぅっ……んっ、んっ……あぅっ……」


 興奮した様子のリヒャルトに、めちゃくちゃにアナルを舐めまくられる。これはこれで気持ちいいのだが、早くリヒャルトと一つになりたい。
 ユージーンは、リヒャルトに声をかけた。


「早くっ、貴方が欲しいっ……」

「ユージーンッ! ちゃっ、ちゃんと解してからで!!」

「早くっ」

「は、はいっ!」


 リヒャルトが期待でひくつくアナルから口を離し、ぬるついた指でアナルの表面に触れた。ぬちぬちとアナルの表面に潤滑油を馴染ませるように優しく撫で回されたかと思えば、アナルの中にほっそりとしたリヒャルトの指が入ってくる。もどかしいくらい優しく腹の中を指の腹で擦られて、背筋がゾクゾクする程興奮する。

 ユージーンの中を探るように動いていたリヒャルトの指がある一点に触れた瞬間、ユージーンはビクッと身体を震わせ、裏返った声を上げた。触れられるのは初めてだが、前立腺で間違いないだろう。
 優しくそこをすりすりされると、脳みそが痺れるような強烈な刺激に襲われる。


「あぁっ! あぅっ! あっあっ! んーーっ!!」

「ユージーン、気持ちいいですか?」

「き、きもちいいっ! あぁっ! もっと!」

「はぁ……ユージーン、すごく可愛いです」


 アナルに指を抜き差ししながら前立腺を優しく擦られ、尻を舐め回される。堪らなく気持ちがいいが、早くリヒャルトが欲しい。ユージーンがねだると、リヒャルトの指が抜け出て、今度は揃えた二本の指がアナルの中に入ってきた。前立腺を指で挟むようにくりくりされると、気持ちよ過ぎて、訳が分からなくなりそうだ。
 ユージーンは、リヒャルトの指が三本入り、スムーズに動かせるようになるまで、ひたすら前立腺を弄られて、喘ぎまくった。

 ユージーンは、リヒャルトに促されて、のろのろと仰向けになった。リヒャルトがユージーンの膝裏を掴んで、腰を少し浮かせると、弄られまくってひくひくしているアナルに、熱くて硬いものが触れた。メリメリと解して尚狭いアナルの中に、リヒャルトのペニスが入ってくる。痛みはある。でも、それすら興奮材料にしかならない。


「あ、あ、あーーーーっ」

「はぁっ……ユージーンッ、すごい、気持ちいいっ」



 自分のペニスを見れば、とろとろと精液を漏らしていた。まさか挿れられただけでイクとは予想外である。ユージーンは、すぐに勢いよく腹の中で暴れ出したリヒャルトのペニスがもたらす快感に、身を捩って大きく喘いだ。


「あっあっあっあっ! リヒャルトッ! いいっ! あぁっ!! あ、あ、んぅぅぅぅ!!」

「ユージーン! 僕もっ、気持ちいいっ!」

「い、いきたいっ! りひゃるとぉ!」

「僕もっ、出ちゃうっ! はっ、はっ、う、あぁっ……」



 激しく腰を振っているリヒャルトが、めちゃくちゃにユージーンのペニスを扱き始めると、ユージーンは我慢できずに、すぐに勢いよく精液を飛ばした。熱い精液が胸元にまで飛んでくる。一際強く腹の中を突き上げられて、リヒャルトが低く喘いだ。腹の中で、微かにリヒャルトのペニスがぴくぴく震えている。中に射精されたことに、奇妙な興奮を覚える。

 ユージーンは、リヒャルトに噛みつくような勢いでキスをされながら、リヒャルトの首に両腕を絡めて、唇を触れ合わせたまま、更なる快感をねだった。




ーーーーーー
 春を思わせる陽気の中。ユージーンはリヒャルトと手を繋いで、近所を散歩していた。新しい義足になってから、毎日、少しの時間だけど、2人で手を繋いで散歩をするようになった。
 リヒャルトが穏やかな笑みを浮べて、ユージーンに話しかけてきた。


「ユージーン。今夜は何を作りましょうか」

「鶏肉の香草焼きがいいです。リヒャルトが作る香草焼きは絶品ですから」

「ありがとうございます。ちょっと照れくさいですね。燻製肉と野菜のスープも作りましょうか。パンには干し葡萄を入れましょう」

「最高ですね。夕食が楽しみです」

「あー……ユージーン」

「はい」

「その、ですね。……貴方と過ごす時間が、僕にとっては本当に愛おしいです。この先もずっと一緒にいてくれませんか?」

「はい。私も貴方と過ごすのがとても好きです。返品は受け付けておりませんから、一生お側においてください」

「ははっ。すごく嬉しいです。ユージーン。一緒に歳をとっていきましょうね」 

「はい。……私が貴方が作る美味しい料理で太っちょになっても、捨てないでくださいね」

「あはは。太っても貴方は可愛いままですよ」

「私を可愛いと言うのは、貴方だけですよ」

「僕にとっては、可愛くて愛おしい存在なので」

「ふふっ。ちょっと照れくさいです」


 ユージーンは繋いだ手の指をリヒャルトの指に絡めた。リヒャルトの温かい体温がじんわりと伝わってきて、胸の奥まで温かくなる。

 ユージーンは、リヒャルトの穏やかな愛に満たされている。毎日、代わり映えがないけれど、小さな嬉しいことやじんわりと胸が温かくなるような幸せが沢山ある。
 ユージーンは、もう悪夢は見ない。


(おしまい)
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