大きな薬師

丸井まー(旧:まー)

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異変が起きたのは、マーサ達が火の国へと旅立った二日後の正午前であった。

転移陣を使って王都へ戻り、普段通り出勤していたミーシャは、突然王からの使いに呼び出された。

案内されながら慌てて、王の執務室に行くと、いつもは朗らかな顔をしている叔父が厳しく険しい表情をしていた。


「急に呼び立ててすいませんね、ミーシャ」

「いえ、どうしたんですか?」

「緊急事態です。火の国王都近郊の街道に瘴穴が開きました」

「瘴穴が!?」


瘴穴とは文字通り瘴気が吹き出る穴のことだ。

瘴気は負の塊、呪いのようなもので、濃度が濃ければ、普通の人間は数キロ先に近づいただけで、狂って死ぬと聞いている。
旧土の国にはマーサが神子となるまで、先代土の神子が放った瘴気に冒されていた。そのため、マーサが瘴気を一ヶ所に集め、封じるまでは、誰も生きて旧土の国に立ち入ることができなかった。

そして、瘴穴は過去にも2度開いたことがあるそうだ。
一度目は遥か5000年以上前に、二度目は30年程前に。
二度とも神子達が死力を尽くして、本来ふわふわとした霞のようなものが具現化するほど濃い瘴気と戦い、瘴穴を塞ぎ、浄化したと聞く。先代の火の神子はその時亡くなったそうだから、きっと凄まじい戦いだったのだろう。

その瘴穴が開いた。


「マーシャル達にも使いをやっています。君達は私達と一緒に緊急四大国会議に出欠してください。詳しい話は恐らくそこでされます。会議は火の神殿で行われます。土の聖地神殿経由で火の神殿に行きます。マーシャル達には先に大神殿に行くよう使いをやりました。我々も急ぎましょう」


そういうや否や、陛下は立ち上がり、着いてくるよう促した。
ミーシャはそれに素直に従った。
途中、魔術師長と宰相も加わり、城に隣接する大神殿に馬車で向かった。
皆無言で馬車に揺られていると、すぐに大神殿に着いた。

馬車から降りていると、ちょうど弟達が乗っている馬車がきた。


「あぁ、きましたね。細かい説明は後にします。緊急事態とだけ言っておきましょう。今は兎に角急がねば」


何事か聞きたそうな弟達を急かして、大神殿奥の転移陣を足早に目指す。

転移陣の起動の際に起きる強い光が落ち着くと、副神官長のガイルが常にない厳しい表情でミーシャ達を迎えた。


「火の神殿への転移まで、もう少々かかります。このままお待ち下さい」

「わかりました。では、その間にマーシャル達に手短に説明をしましょうか」

「「何が起きたの?」」


常にない周囲の大人達の険しい表情に不安そうに双子が呟いた。


「火の国王都近郊の街道に瘴穴が開きました」

「「「えっ!?」」」

「あなた方も緊急四大国会議に参加させるよう、神子殿より言付かっています。詳しいことは私もまだ分かりません。会議の場で詳しい話がされると思います」

「瘴穴が……」

「チー達は無事だろうか……」

「御子様方は皆無事です。既に此方に戻っておいでです」


重苦しい息と共に呟いたマーシャルに、ガイルが彼等の無事を伝えた。ミーシャもそれが特に気になっていたため、少しだけ安堵した。
周囲をみると、皆ガイル副神官長の言葉に、ほっとした顔をしている。


「転移陣、稼働準備できました」

「頼みます」


転移陣が強い光を放って起動した。





ーーーーーー

火の神官に案内された部屋には、四大神子と他の宗主国の首脳陣達が全員揃っていた。

フィリップ将軍は陛下を敬礼して出迎え、座るマーサの横の椅子を引いて陛下を座らせた。座っているマーサの後ろには既に父リチャードがいた。
ミーシャ達は母マーサの後ろに並んで立った。

ミーシャは、母の腰まであった長い髪が背の中ほどまで短くなってきることに気がついた。

土の王が着席したのを確認すると、風の神子フェリが口を開いた。


「全員揃ったな。ではこれより緊急四大国会議を始める」


その場にピリピリとした緊張感が走った。


「聞いているだろうが、火の国王都近郊の街道に瘴穴が開いた。今は土の神子が張った結界、神子四人で張った結界と水の神子と土の神子の二人で髪を媒体にして張った結界の、三重の結界で抑えている。だが、今ある結界では恐らく長くはもたない。早急に瘴穴を塞ぐ必要がある」

「瘴穴を塞ぐに当たって、30年前と同様、具現化した瘴気と戦闘を行う。戦闘に使用する武器は神が鍛えたものを使う。神によると、武器が揃うまで3日かかるようだ。土の神子。それまで結界は持ちそうか?」

「恐らくだが、三日では3つとも結界が破れることはないと思われる。ただ、どれだけの規模の瘴穴になるのか予測がつかない以上、確約はできない。なんにせよ、穴ができるだけ小さいうちに塞がねばなるまい」

「そうだな。三日後、武器が手元にき次第、即時戦闘に入る。火の国は近辺の住民を三日以内に出来る限り避難させろ。近辺以外も万が一に備えて、避難できるよう準備しておけ。それから他三国は最悪の事態を想定して、もし俺達がしくじって瘴気が広がった時、火の国の避難民を受け入れられるよう準備をしておいてくれ。それから土の国は、最悪の場合、土竜の森の結界を張る必要がある。その準備をしてくれ」

「土竜の森を要にした結界はいつでも張れるようにしてある。土の神子本人がいなくても人間だけで張れるように仕組んだ。マニュアルも叩き込んでいるから、いざとなった時も問題あるまい。我々がしくじった場合、土竜の森の結界は、人類の最初にして最後の砦になる。我々の後を継ぐ神子が顕れるまでのな。今できる限り最上の状態にしてある。まぁ、そちらはなんとかなるだろう。問題は最悪の場合、避難をする時間をどう稼ぐか、ということなわけだが」


マーサが一度俯いて、暫し沈黙した。そして顔を上げた。


「時間稼ぎはうちの旦那と子供達にさせる。魔導遠視装置により、戦闘に赴いた神子全員の死亡が確認された場合、自身を要に四方結界を張り、火の国の民が避難する時間を稼げ。結界術は今この場にいる者には叩き込んでいる。恐らく、多少の時間稼ぎはできるはずだ。その間に飛竜も船も使って、陸海空全ての移動手段を用いて火の民を土竜の森の結界の内側に連れていけ」

「そんな……」


リーが愕然とした顔をした。


「リチャード。ミーシャ。マーシャル。イーシャ。エーシャ。もしもの場合はその肉体と魂を持って瘴気を食い止めろ」

「「「「「御意」」」」」

「戦闘は火の神子を除く三人で行う……」

「待った」

「……なんだ、火の神子」

「俺も戦う」

「駄目だ。お前はまだ神子として未熟すぎる。お前まで死なすわけにはいかない」

「俺は元々空手もやってたし、剣も習ってる。足りない分は三日で鍛えればいい。先代達の不始末を俺は拭わなければならない。闘争を司る火の神子として俺が戦わなかったら、今度こそ火の神子の名は地に落ちる。俺は戦わなければならない。それが俺の使命だ」


リーがそう強く言い切った。


「マーサさんだって、神子になってすぐに瘴気の封印と浄化なんて大仕事やってのけたんだ。俺ができない道理はないよ」

「しかし……」


フェリもマルクも顔をしかめている。


「風の神子」

「マーサ」

「連れていこう。リーの顔を見ろ。駄目と言っても無駄だ。それにリーの言うことは正論だ。リーも私と同じく先代達の尻拭いをせにゃならん立場にある。三日で鍛えあげて、連れていこう。いよいよヤバくなったらリーだけ先に離脱させれば良かろう」

「マーサ……」

「リー」

「はい」

「三日でお前を鍛える。使い物にならないどころか、足手まといにしかならないと判断した場合は置いていく。そして、泣けば視界が曇る。心が折れれば剣も折れる。訓練中に一度でも泣いたり弱音を吐いたりしたら問答無用で縛り上げて土の聖域の最奥に放り込むから、そのつもりでいろ」

「分かった。絶対に泣かないし、折れない」


リーが決意を込めた強い瞳で言い切った。


「……はぁ。仕方がないな」


頭をかきながらフェリが諦めたようにため息をついた。


「なに、死ぬ気はさらさらねぇ。生きて勝って帰りゃいいだけの話だ」

「そうだな」

「各々方。皆で生き延びられるよう最善を尽くせ!」

「御意」


その場にいた人間全員の声が揃った。




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