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6:小さな子供と遭遇

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月日はあっという間に過ぎ去り、ジーナがサンガレアに来てから30余年経っていた。
30年も経てば、女であることに完全に慣れた。月のものが来ることも当たり前の日常になり、脱毛の為に定期的にエステに通うのも普通になった。
その間にマーサ様やリー様達、神子様方に子供ができたり、最年少だったマークがジーナの歳を追い越して料理長になったりと色んなことがあった。ジーナは周囲に少し渋い顔をされながらも、職業訓練学校の夜間の部に通い、調理師の免許をとった。昼間は仕事があるので学校には行けない。なので夜間学校に通うと言ったら、主に職場の人達から夜出歩くのは危ないと反対された。しかしその反対を押しきり、夜間学校の人達からも心配されながらも、なんとか無事調理師の免許を取得したのだった。
調理師の免許を取ってからは、ジーナの後から入ってきた新人もいることだし、野菜洗いや刻み方を手が足りない時以外はやめ、調理をするようになった。はじめは炒め物や和え物から。徐々に煮込み料理や揚げ物を任されるようになっていった。
とにかくお世話になっているマーサ様や何かと気にかけてくれているリー様に恩返しがしたいと、まずは自分ができること、仕事を必死でやっていたら、気づいたら結構な年数が経っていた。






ーーーーーー
サンガレアにじわじわ夏が近づいてきた。
ジーナは仕事を終え、着替えて領軍本部の建物の裏口から外に出た。ロッカー室の前で最近入ってきた新人にキャラメルをいくつか貰ったので、スカートのポケットから1つ取り出し、包み紙をとってから口に放り込んだ。じわっと口の中に広がる甘さが疲れた身体に染み渡る。ふぅ、と1つ息を吐いて、帰ろうかと歩きだしたら、裏口近くの植木の辺りから子供が泣くような声が耳に入った。
こんな所に何故子供がいるのだろうか。不思議に思って、ジーナは静かに啜り泣くような声がする植木に近づいた。
短く刈り込まれた植木の上から乗り上げて下を見下ろすと、明るい金髪の小さな子供が踞っていた。
金髪だから風の民の子供だ。少し珍しい。

この世の人間は誰しもが魔力を有している。魔力には属性があり、その属性は髪や目の色に特徴として表れる為、一目で分かる。
風の魔力を有している者は風の民と呼ばれて金髪緑眼、水の魔力を有している者は水の民と呼ばれて青髪青眼、土の魔力を有している者は土の民と呼ばれて茶髪茶眼、火の魔力を有している者は火の民と呼ばれて赤髪赤眼である。
ジーナは火の民だ。髪は少しくすんだ赤毛である。男であった時は短く刈り込んでいたが、女になってからは伸ばして背中の中程までの長さになっている。広がりやすい癖っ毛で邪魔くさいので、普段は1つの三つ編みにしている。
サンガレアは土の宗主国の領地なので、土の民が多い。火の民や水の民はそこそこいるが、風の宗主国は遠く離れているため、風の民は珍しい。様々な国を飛び回る飛竜乗りくらいしか見かけたことがない。


「坊主。どうした?」


ジーナが子供を驚かせないように小さな声で話しかけると、子供がパッと顔を上げた。
顔立ちだけでは男か女か判別できない程可愛らしい顔をした子供である。大きな鮮やかな緑色の瞳は涙で潤んでいた。


「パパにおこられたぁぁぁ!あぁーーーーん」


子供が火がついたように大声で泣き始めた。ジーナは慌てて植木を跨いで子供の側に行き、あわあわとポケットを探ってキャラメルを1つ取り出した。手早く包み紙を取ると、泣き叫ぶ子供の口に放り込んだ。
と、ピタリと子供の泣き声が止まった。


「きゃらめる?」

「あぁ」

「おいしい」

「うん」


涙は止まっていないが、子供はモゴモゴと口を動かしてキャラメルを味わっている。ジーナはほっとしてポケットからハンカチを取り出して子供の涙と鼻水だらけの顔を拭いてやった。
5歳くらいだろうか。髪は短いし、ズボンを履いているので多分男の子だ。


「坊主。名前は?」

「あんとにお」

「いくつだ?」

「ごさい」

「親は?」

「パパなんてしらへんし」


拗ねた顔をするアントニオにもう1つキャラメルを差し出すと、完全に泣き止んで目を輝かせた。


「パパの名前は言えるか?」

「……ひゅーご」


聞いたことがある名前だ。確かミーシャ様の次男のアレク様の伴侶がそんな感じの名前だった気がする。飛竜乗りで、噂では風の神子フェリ様の次男の息子なのだとか。
領館に送り届ければいいのだろうか。マーサ様にとっては曾孫にあたるので、マーサ様に連絡をとってもいい。


「マーサ様に来てもらうか?」

「ばーさま?」

「あぁ」

「えぇけど、ばーさまはおこらへん?」

「……さぁ?」

「じゃあ、いやや」


不思議な話し方をする子供だ。父親が風の民だから、風の宗主国の言葉なのだろうか。なんとなく理解はできるので問題はないが。
ジーナがどうしたものかと考えていると、大きな声でアントニオの名前を呼ぶ男の声がした。植木から顔を出すと、背の高い細身の風の民がキョロキョロしながら足早に歩いていた。ジーナが無言で手を振ると、こちらに気づいたのか、走ってすぐにジーナ達がいる植木の側に来た。


「アントン!アントニオ!何処まで行ってんねん」

「しらん!パパなんてきらいや!パパおこるやん!」

「お前が悪戯するからやろ!アカンことはアカンて言うわ!」

「しらんわ!」

「もう!帰るで!今日はおやつ抜きやからな!」

「いやや!かえらへん!でもおやつはたべる!」

「帰らへんかったら、おやつも食べられへんやんか」

「しらんしらん!」

「駄々こねんと帰るで!」


目の前で始まった親子喧嘩にどうしたものかとジーナは頭を掻いた。


「あのー……」

「あ、すんまへん。息子を見つけてくれてありがとうございますぅ」

「あ、いえ。えーと……ヒューゴ様でいらっしゃいますか?アレク様のご伴侶の」

「そうですぅ。そちらは……?」

「領軍本部の食堂で働いているジーナ・ナインツと申します」

「ジーナさん、息子がお世話になりましたぁ」

「あ、いえ」

「この子は連れて帰りますよって」

「いーやーーやーーー!!!」

「帰るで!」

「いやー!ジーナちゃんといるしっ!」


アントニオ様が素早く側に立っているジーナのスカートの中に潜り込んで、左足にがっつり抱きついた。


「こらぁ!!女ん人のスカートに潜るんじゃない!!」

「しらーーん!!」

「出てきなっ!」

「いやーやー!!」

「アントニオッ!!」

「パパなんてきらいやーーー!!!」


堂々巡りである。なんだか収拾がつかなくなってきた。ジーナがどうしたものかと思っていると、ヒューゴ様が来た方向からマーサ様が歩いてきた。ジーナがペコリとお辞儀すると、マーサ様はニコリと笑った。


「はぁい。ジーナちゃん」

「こんにちは。マーサ様」

「ごめんねー。うちの曾孫が」

「いえ」

「あ!ばぁ様!手伝ってくださいぃ!アントンがっ!」

「はいはーい。アントンくーん」

「……なにぃ?」

「女の子のスカートに潜るのは10年早いわよ!成人してからにしなっ!」

「……ばぁ様。そういうことじゃあないですぅ」

「あら?まぁ、いいや。とにかく出ておいでー。ジーナちゃんお仕事終わったばっかで疲れてるからさ。早く帰らせてあげないと」

「……そうなん?」


マーサ様とヒューゴ様が無言で頷くよう促してきた。


「……まぁ、それなりに疲れてはいます」

「…………むぅ」

「ほらほら。ジーナちゃんもお家に帰るからさー、アントン君も帰ろー」

「…………わかった」


全力でジーナの左足にしがみついていたアントニオ様の腕が離れた。もぞもぞとジーナのスカートから出てくる。酷くぶすくれた顔をしている。


「アントニオ。とりあえずジーナさんに『ごめんなさい』しな」

「……ごめんね」

「いいですよ」

「じゃ、帰りましょうか。ジーナちゃん、ごめんねー」

「ほんま、すいませんでした」

「いえ、お気になさらず」

「ジーナちゃん、またね!」


アントニオ様は両手をマーサ様とヒューゴ様に各々握られ、ちゃっかり拘束された感じで領館の方へと歩いていった。
何はともあれ一段落して良かった。ジーナはやれやれと小さく息を吐くと、ポケットに残っていた最後のキャラメルを口に入れて帰路についた。
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