身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第一章 辺境の地

20.出陣の朝

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 翌朝早く、私はアドルナートに起こされた。
 ご主人様がお呼びだと言う。

 私は手燭の明かりを頼りに、お仕着せの女中用のドレスを着た。
 昨日もらったドレスを、命じられてもいないのに着るのも気が引けたし、ドレスで私を懐柔したと思われるのもなんか嫌だった。

 手燭だけでは姿見は暗すぎて見られない。
 でもかと言って、部屋の燭台の油を使うのも気が引ける。
 窓を開けよう。

 渾身の力を込めてなんとか鎧戸をこじ開け、暁闇ぎょうあんの庭に大勢の人がいるのを見て、大急ぎで顔を洗って鏡を見ながら髪を整えて部屋を出た。
 
 ご主人様の部屋の前にはアドルナートが立っていた。
 「早く!」と急かして、ドアをコンコンとノックし「クラリッサが参りました」と声をかける。
 「入れ」
 短い返答があり、アドルナートはドアノブを握って開いた。

 扉の目の前にご主人様がいて、アドルナートは思わずといったように一歩、後ずさる。
 アドルナートの後ろについて入ろうとしていた私もたたらを踏んで立ち止まった。

 「クラリッサ、よく眠れたか?」
 アドルナートを無視して、ご主人様は私に話しかけてくる。
 もう出征するのだろうか、軍服のようなかっちりした上衣が、意外と逞しい身体にとてもよく似合っている。
 こういう格好をしていると、さすがに中性めいた優しい顔立ちも男性の表情が勝って凛々しく見える。

 「あ、はい、…眠れましたありがとうござい」
 「何故、そのような格好をしている?
 昨日のドレスはどうした?
 部屋に届けさせただろう」
 
 私の言葉に被せて質問を重ねる。
 何よもう、失礼だわ。
 「一宿一飯の恩義を、労働でお返ししようと存じまして」
 つんとして答えると、ご主人様はちょっと言葉に詰まり、それからくくっと笑い出した。

 「そうか、それは見上げた根性だ。
 だが、お前は下働きのような労働はしなくて良い。
 俺の身の回りの世話をしろと、昨日も言ったはずだ」
 「いえでも…」
 「それよりお前に話がある」

 そう言って私の手を引き、アドルナートに目配せした。
 アドルナートは慇懃に一礼した。
 「お話はお早めにお願いいたします。
 もう、隊員は皆、支度を終えております」
 声にチクリと嫌味を混ぜて、部屋を出て行った。

 「昨夜は晩餐会の給仕、ご苦労だった。
 余興もとても良かった。
 それで、ちょっと訊きたいんだが…」
 そこで言い淀み、拳を口元にあてた。
 
 「あの歌をどこで覚えた?」
 「え?」
 私は質問の意味が解らずに問い返す。

 ご主人様はイライラしたように「誰かから教わったのか?それとも」と途中で言葉を切った。
 「母から教わった…と思いますが」
 私は戸惑って答える。
 あの歌は、誰でも知ってるはずの歌で、誰から…なんてはっきりとは覚えていない。

 ご主人様は「ふうん…」と考えこみ、視線だけを動かして私を見た。
 「お前はここより南部の出身だな?」
 「あ…はい、そうです」
 私がうなずくと、「そうか…」と言って腕を組んだ。

 「お前についての謎が、深まっていくな」
 しばらくして、ほっと息をついて腕を解き顔を上げたご主人様は、かがんで私を覗き込む。
 「不思議な女だ。ひどく興味を惹かれる」
 そう言って微笑んだ。

 そして背筋を伸ばすと、背後にあったサーベルを手に取った。
 私を見下ろす眼光が鋭くなる。
 「山賊の討伐に行ってくる。
 お前の兄の行方も探してやるから。
 名は、何という?」

 「セノフォンテ、と申します」
 ご主人様の言葉が有難くて、私は両手を胸の前で組み、少し背伸びして懸命に伝える。
 「判った」
 ご主人様は私の頬を人差し指でつついた。

 「だから、…俺が戻るまで。
 お前はここに居てくれ」
 「畏まりました。
 ありがとうございます。
 お気をつけて行ってらっしゃいませ、ご主人様」
 感謝を込めてお辞儀すると、ご主人様はくすっと笑って私の頭に手を置いた。

 「俺はお前のご主人様じゃない。
 俺の名はエルヴィーノ。
 そう呼べクラリッサ」
 「あ…はい、エルヴィーノ様」

 私がおずおずと呼ぶと、エルヴィーノ様は「よし」と頷いた。
 そして真剣な表情になって私を見下ろす。
 「それから金輪際、皆の前では歌うな。
 …特に昨日の歌は」
 「えっ」
 私は驚くが、エルヴィーノ様の怖いような雰囲気にのまれて、こくこくと首を縦に振った。

 そんな私を見て、エルヴィーノ様はぱっと破顔した。
 私の肩をポンポンと叩くと「出陣するぞ!」と大きな声で言いながら部屋を出て行った。
 私は深くお辞儀をして見送る。

 にぃ兄様…ご無事で… 
 

 
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