身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

文字の大きさ
21 / 172
第二章 都へ

1.アドルナートの話

しおりを挟む
 それから1週間、私はお邸に閉じ込められて過ごした。
 田舎の貴族の出自とはいえ、庶民と全く変わらぬ生活をしていた私は、ただ無為に日々を過ごすことに慣れておらず、とにかく何か働かせてほしいとエルダさんやアドルナートにお願いした。

 エルダさんやアドルナートは「ご主人様に申し付かっておりますので」と言って、なかなか私の要望を聞き入れてはくれなかった。
 しかし私が再三懇願し、やらせてくれないなら出て行くと脅しをかけると、困ったように顔を見合わせ、しぶしぶ了承してくれた。

 それでも、下働き的なことはさせられないと言われ、シエーラの領主館にいた時のように、邸の中の装飾とか庭の手入れの指示とか、なんかどうでもいいと言えばどうでもいい仕事をしていた。
 
 私が晩餐会で歌を披露したことは、邸の使用人たちに知れ渡っており、皆から歌って欲しいとせがまれたが、エルヴィーノ様に金輪際、人前で歌ってはいけないと言われていたので固辞せざるを得なかった。
 本当は歌いたい。
 歌うことは大好きだ。

 領主館でもよく、奥方様やヴァネッサそれから使用人のリクエストに応えて歌っていた。
 お館様はあまり芸術的な素養がなく(お母様はいつも小バカにしていた)、歌とかダンスとかに価値を置いていなかったので、お館様のお客様の前で披露などしたことはなかった。

 だからこそ、酔っ払いとはいえど、たくさんの人の前で歌い拍手喝采を浴びたことは私にとって初めての経験であり、非常に嬉しい事だった。
 その体験は麻薬のように私の心を侵食していくようだった。
 
 また歌いたい。
 どうしてエルヴィーノ様はダメだと言ったんだろう。
 晩餐会の時の驚いたような表情は、単に田舎娘が歌を披露したことに驚いたと言うだけではないのだろうか。
 何か、理由があるのかしら…

 ある時、私が大きな花瓶に花を活けている横でシルバーを磨いていたアドルナートが、ぽつりと呟くように言った。
 「クラリッサに出会ってから、ご主人様はお人が変わられたようだ。
 今まであのお方が、こんなに誰かに執着することはなかった」

 「え?」
 私はいつも寡黙なアドルナートが突然話しだしたことに驚いて問い返した。
 窓を拭いていたエルダさんがうんうんと頷いて言う。
 「そうだねえ…
 毎日クラリッサの様子を訊いてくるんだろう?」

 「は?」
 「そうなんだよ。
 山賊の大元おおもとの組織は叩いたようなんだが、頭目はじめ主だった幹部は散り散りになり、あちこちでゲリラ戦を展開しているらしい。
 苦戦が続くそんな中でも、毎日誰かを寄こして、クラリッサはどうしているとお訊きになられている」

 ため息をついて、アドルナートは今度はグラスを手に取った。
 ふっと息を吹きかけて、きゅきゅ、と音を立てて磨く。
 
 「幼いころから野心家でいらっしゃって、優秀な兄上様といつも張り合っておられた。
 山賊の討伐隊隊長なんて、ご主人様のご身分からすればおかしいほどの低い地位だ。
 しかし、お父上のご反対を押し切ってご自分から志願なさって、都から離れて辺境ばかりに行っておられる。
 戦功をあげて、お父上にご自分を認めていただきたいのだろうが…」

 私はアドルナートの独白を聞きながら、黙って花を活けていた。
 そうなんだ…エルヴィーノ様もいろいろあるんだなぁ…
 私のお兄様方は、互いに助け合って尊敬しあっていると思う。
 まあ、地方の没落した貧乏貴族と中央の豊かな貴族様とでは生き方が全然違うかもしれないけど。

 っていうか、あの人、貴族だったの?!
 私は、自分の持つ貴族のイメージとは違いすぎるエルヴィーノ様を思い出して、驚き呆れた。
 梳き流しっぱなしの髪とか、シャツとブリーチズだけのラフすぎる格好とか、乱暴な言葉遣いとか…
 私も人のことを言えた義理ではないけれど。

 「まあ、ご自身のことしか考えておられなかったご主人様が、自分以外の誰かに心を砕くということをお知りになったのは良いことだ。
 ご婚約者様ともうまくいくと良いのだが」
 またため息をついて、アドルナートはシルバーを綺麗な布に巻いて、片付けに行った。
 いつの間にか、エルダさんもいなくなっている。

 へえ…エルヴィーノ様には奥様はまだいらっしゃらないのか。
 そこはお兄様方と一緒ね。

 今日は暑くなりそうだわ。
 窓際にいた私は、少し汗をかいていた。
 行けた花の残りを持って、誰かに花瓶を運んでもらおうと部屋を出た。

 そのころ、都では前代未聞のことが起こっていた、らしい。
 私が全貌を知るのはもっとずっと後のことだ。



 
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ

蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。 とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。 どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。 など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。 そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか? 毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。

私は私で幸せになりますので

あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。 ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。 それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。 最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。

処理中です...