31 / 172
第二章 都へ
11.バルトロとの別れ
しおりを挟む
待ちきれなかったのか、忙しかったのか、部屋の前からいなくなっていたアドルナートを探しつつ、私は部屋を出て邸の奥の方にあるのだろう(多分)、客間に向かう。
途中でエルダさんと行き会った。
「アドルナートさん?
あれ、さっき見かけたけど、なんだか急いでて…
あっちに行ったかな」
と曖昧に指さす。
「っていうか、クラリッサあんた、ずいぶんきれいになったねえ!
最初見た時、誰かと思っちまったよ。
うん、やっぱしあんたは使用人の服よりもそっちの方が似合う人だよね」
うんうんと頷いて笑う。
私は何となくきまり悪くて、もじもじと両手を動かす。
出自は貴族だけど、実際は農民と大差ない生活してきたし、自分の髪の手入れも怠っているような私がそんな風に言われるとすごく恥ずかしい。
お母様には常に「子爵令嬢としての立ち居振る舞いを忘れないように」と厳しく言われていたけど、あのボロボロの下着なんかを見られているであろうエルダさんには、虚勢を張っているようにしか見られないんじゃないかと思ってしまう。
「クラリッサ?!」
廊下の向こうから声がして、振り向くとバルトロが走ってくるところだった。
「アドルナートさんに言われて、クラリッサの部屋まで迎えに行ったんだけど、もう出たって言われて探してた」
バルトロは私の前で立ち止まると、少し息を切らしながら私を見つめる。
「…すごい、綺麗だ。
俺はもう、二度と君には会えないかもしれない。
この姿を目に焼き付けておくよ」
「え…どうして?」
バルトロの瞳を一瞬過った、すごく悲しそうな暗い影に私は驚いて尋ねる。
バルトロは目を伏せていつもの笑顔を浮かべて「ほら、急いで。またアドルナートさんに怒られちゃうよ」と言って私の手を取った。
思った通り、いつもは行ったことのない邸の奥の方へ連れて行かれる。
だけど廊下や窓際に私の活けた花の花瓶が置いてあって、私はバルトロに手を引かれながら不思議に思い、それらを見遣る。
「アドルナートさんが、お客様をお迎えするときに、邸中のクラリッサの活けた花をここに持ってきて飾れって。
すごく華やかでいいよな」
私の視線を追ったバルトロが微笑んで言う。
アドルナートが部屋の扉の前に立っているのが見える位置で、バルトロは立ち止まって私の方を向いた。
「これでお別れだな。
あと1回くらい会えるかもしれないけど判らないから、ここで言っておくよ。
俺に恋を教えてくれてありがとう。
片恋だけど…すごく満たされた気持ちになったんだ。
幸せに、なってください」
泣きそうな表情で無理に笑顔を作って懸命に話すバルトロに、私は言い知れない不安を感じて、思わずすがるように手を伸ばす。
「どうして?
どういう意味なの?
ここから…いなくなっちゃうの?」
エルヴィーノ様は?
エルヴィーノ様もいなくなっちゃうの?
私の表情を見て、バルトロは泣き笑いをさらに深くして「大丈夫、君は幸せになれるよ」と言って、私の背を押した。
「今度もし会ったら、またバルトロって呼んで笑ってくれよ。
じゃ…さようなら」
「クラリッサ!」
アドルナートの呼ぶ声がする。
私は後ろ髪引かれながらも足を踏み出した。
「早くしろ、私の首が飛ぶ」
アドルナートはせかせかとノックして「クラリッサ嬢のお越しでございます」と大きな声で呼ばわる。
「おう、入れ」
中でアレク様の声がして、アドルナートは少し驚いたような顔をして「ご本人様がお返事を…」と呟いた。
中の声を合図に扉の横で槍を斜めに構えていた兵士たちが直立し、槍を解く。
アドルナートは部屋の扉を開けた。
「行きなさい」
さっきのバルトロのようにアドルナートは私の背を押した。
ポンポンと優しく励ますように背を叩く。
「クラリッサ、こっちだ」
奥の方から声が聞こえ、私は声のした方へ足を踏み入れた。
「お、今日はまだまともじゃないか?」
アレク様は執務をするような机に寄り掛かって立っていたが、私を見て近づいてくる。
机の向こうには、エルヴィーノ様も立っていた。
エルヴィーノ様はいつものように明るい茶色の長い髪を梳き流し、女性かと見紛うような優雅な佇まいで私をちょっと驚いたような顔で見ていた。
アレク様は昨日と全然違って、今日はやたらラフな格好だった。
声を聴かなければ、昨日の方と同一人物とは思えないかもしれない。
エルヴィーノ様と同じように、焦茶色の髪をなびかせてフリルがたくさんついたシャツを着て、身体にぴったりフィットした乗馬着のようなショーツに長靴を履いている。
「これは手の入れ甲斐があるな。
楽しみだ。なあ、エルヴィーノ?」
アレク様は私の前に立って、手を伸ばして私の下顎に指をあてて仰向かせる。
「アレク…そんな田舎娘に何をしようと言うんだ。
俺が、故郷へ連れて行くと約束したんだよ。
だから、頼むから」
エルヴィーノ様はアレク様の横に来て懇願するように言う。
アレク様はそのダークブラウンの瞳にからかうような光を浮かべ、エルヴィーノ様を振り返った。
「ほんっと、この娘に関してはお前らしくない言動ばかりだな。
どうしたんだ。
お前、この娘が」
「違う!」
アレク様の揶揄を含んだような声を、エルヴィーノ様は大きな声で遮る。
首を大きく横に振る。
私は、なぜかその時、胸がぎゅっと苦しくなった。
エルヴィーノ様…
途中でエルダさんと行き会った。
「アドルナートさん?
あれ、さっき見かけたけど、なんだか急いでて…
あっちに行ったかな」
と曖昧に指さす。
「っていうか、クラリッサあんた、ずいぶんきれいになったねえ!
最初見た時、誰かと思っちまったよ。
うん、やっぱしあんたは使用人の服よりもそっちの方が似合う人だよね」
うんうんと頷いて笑う。
私は何となくきまり悪くて、もじもじと両手を動かす。
出自は貴族だけど、実際は農民と大差ない生活してきたし、自分の髪の手入れも怠っているような私がそんな風に言われるとすごく恥ずかしい。
お母様には常に「子爵令嬢としての立ち居振る舞いを忘れないように」と厳しく言われていたけど、あのボロボロの下着なんかを見られているであろうエルダさんには、虚勢を張っているようにしか見られないんじゃないかと思ってしまう。
「クラリッサ?!」
廊下の向こうから声がして、振り向くとバルトロが走ってくるところだった。
「アドルナートさんに言われて、クラリッサの部屋まで迎えに行ったんだけど、もう出たって言われて探してた」
バルトロは私の前で立ち止まると、少し息を切らしながら私を見つめる。
「…すごい、綺麗だ。
俺はもう、二度と君には会えないかもしれない。
この姿を目に焼き付けておくよ」
「え…どうして?」
バルトロの瞳を一瞬過った、すごく悲しそうな暗い影に私は驚いて尋ねる。
バルトロは目を伏せていつもの笑顔を浮かべて「ほら、急いで。またアドルナートさんに怒られちゃうよ」と言って私の手を取った。
思った通り、いつもは行ったことのない邸の奥の方へ連れて行かれる。
だけど廊下や窓際に私の活けた花の花瓶が置いてあって、私はバルトロに手を引かれながら不思議に思い、それらを見遣る。
「アドルナートさんが、お客様をお迎えするときに、邸中のクラリッサの活けた花をここに持ってきて飾れって。
すごく華やかでいいよな」
私の視線を追ったバルトロが微笑んで言う。
アドルナートが部屋の扉の前に立っているのが見える位置で、バルトロは立ち止まって私の方を向いた。
「これでお別れだな。
あと1回くらい会えるかもしれないけど判らないから、ここで言っておくよ。
俺に恋を教えてくれてありがとう。
片恋だけど…すごく満たされた気持ちになったんだ。
幸せに、なってください」
泣きそうな表情で無理に笑顔を作って懸命に話すバルトロに、私は言い知れない不安を感じて、思わずすがるように手を伸ばす。
「どうして?
どういう意味なの?
ここから…いなくなっちゃうの?」
エルヴィーノ様は?
エルヴィーノ様もいなくなっちゃうの?
私の表情を見て、バルトロは泣き笑いをさらに深くして「大丈夫、君は幸せになれるよ」と言って、私の背を押した。
「今度もし会ったら、またバルトロって呼んで笑ってくれよ。
じゃ…さようなら」
「クラリッサ!」
アドルナートの呼ぶ声がする。
私は後ろ髪引かれながらも足を踏み出した。
「早くしろ、私の首が飛ぶ」
アドルナートはせかせかとノックして「クラリッサ嬢のお越しでございます」と大きな声で呼ばわる。
「おう、入れ」
中でアレク様の声がして、アドルナートは少し驚いたような顔をして「ご本人様がお返事を…」と呟いた。
中の声を合図に扉の横で槍を斜めに構えていた兵士たちが直立し、槍を解く。
アドルナートは部屋の扉を開けた。
「行きなさい」
さっきのバルトロのようにアドルナートは私の背を押した。
ポンポンと優しく励ますように背を叩く。
「クラリッサ、こっちだ」
奥の方から声が聞こえ、私は声のした方へ足を踏み入れた。
「お、今日はまだまともじゃないか?」
アレク様は執務をするような机に寄り掛かって立っていたが、私を見て近づいてくる。
机の向こうには、エルヴィーノ様も立っていた。
エルヴィーノ様はいつものように明るい茶色の長い髪を梳き流し、女性かと見紛うような優雅な佇まいで私をちょっと驚いたような顔で見ていた。
アレク様は昨日と全然違って、今日はやたらラフな格好だった。
声を聴かなければ、昨日の方と同一人物とは思えないかもしれない。
エルヴィーノ様と同じように、焦茶色の髪をなびかせてフリルがたくさんついたシャツを着て、身体にぴったりフィットした乗馬着のようなショーツに長靴を履いている。
「これは手の入れ甲斐があるな。
楽しみだ。なあ、エルヴィーノ?」
アレク様は私の前に立って、手を伸ばして私の下顎に指をあてて仰向かせる。
「アレク…そんな田舎娘に何をしようと言うんだ。
俺が、故郷へ連れて行くと約束したんだよ。
だから、頼むから」
エルヴィーノ様はアレク様の横に来て懇願するように言う。
アレク様はそのダークブラウンの瞳にからかうような光を浮かべ、エルヴィーノ様を振り返った。
「ほんっと、この娘に関してはお前らしくない言動ばかりだな。
どうしたんだ。
お前、この娘が」
「違う!」
アレク様の揶揄を含んだような声を、エルヴィーノ様は大きな声で遮る。
首を大きく横に振る。
私は、なぜかその時、胸がぎゅっと苦しくなった。
エルヴィーノ様…
2
あなたにおすすめの小説
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ
蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。
とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。
どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。
など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。
そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか?
毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。
私は私で幸せになりますので
あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。
ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。
それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。
最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる