66 / 172
第四章 謎解き
6.アドルナート
しおりを挟む
「ただいま、ブリーツィオ」
エルヴィーノ様はまた私を抱きかかえて馬車を降りた。
簡素なドレスとはいえ、パニエまで合わせると結構な重量だと思うんだけど…
見た目細い体躯だけれど、鍛えていらっしゃるのだろうな。
エセルバート様も評価していらっしゃった。
「エルヴィーノ様の剣のセンスは天下一品だ。
神から授けられた才能というよりほかない。
その昔、戦上手で戦功をあげて叙爵されたというご先祖の血を色濃く引いておられるのかもしれない」
そしてため息交じりに「剣術においても他のことにおいても、もう少し真面目に取り組んでくださったらなぁ。どうも不真面目でイカン。才能が勿体ない」と嘆いておられた。
ものすごく大きなお邸の玄関に私を抱きかかえたまま入って行くエルヴィーノ様の後に、ついて来ようとしたヴァネッサはブリーツィオという男の人に止められて、別の入り口に誘導されていた。
「あの、ヴァネッサは…」
「ああ、使用人部屋の方で手当てさせる。
部屋もちゃんと与えるから心配するな」
私も山賊討伐隊の邸に拾われたとき、最初は使用人部屋に置いてもらったな…
女中頭のエルダさんや執事のアドルナートは元気だろうか。
私は大きな居間のようなところへ連れて行かれ、ソファにそっと降ろされた。
「お前は怪我してないか?」
私の前に屈んで、私の額を撫でて解けた前髪を梳いたエルヴィーノ様の濃いブラウンの瞳を見つめるのが何だか恥ずかしくて、私は目を逸らした。
「大丈夫です…」
「失礼いたします」
コンコンとドアがノックされて、開いた扉からお茶の道具を載せたワゴンを運んで入ってきた老年の男性を見て私は思わず声を上げた。
「アドルナート!…さん」
思わず呼び捨てで言ってしまい、慌てて敬称をつけた私に、アドルナートはにこっと笑って「お久しぶりでございます、クラリッサ」と慇懃に礼をした。
「わたくしのことは呼び捨てで構いませんクレメンティナ様」
「え…これどういう…」
驚いて呟く私に、隣に座ったエルヴィーノ様が口元に拳をあててくっくっと笑いながら教えてくれた。
「元々、アドルナートは俺の個人的な執事なんだよ。
母上につけられたお目付け役っていうか。
幼いころから俺の面倒も見てくれてる。
だから、討伐隊の邸にもついていくって聞かなくて」
てきぱきとお茶の支度をするアドルナートを見ながら私は「あの…エルダさんはお元気ですか」と訊いてみた。
アドルナートは優雅な動作でカップにお茶を注いで、エルヴィーノ様に手渡した。
それから私のお茶を淹れながら口を開く。
「エルダはレッツェの地元に住む、普通の主婦なのでございます。
あの時はイレギュラーに手伝いに来ていただけなのです。
昔、都で少し家政婦をしていた経験があったので、女中頭として雇用しましたが、山賊討伐隊の解散と同時に解雇になり、家に帰りました」
ああ、そうなんだ…
お茶を渡されて、私は湯気を吹きながら少し寂しく思った。
「エルダはいつもクレメンティナ様のことを気にしていて、それまでは通いだったのでごさいますが、良からぬ男どもがうろついているからと泊まり込みにしたのでございます。
クレメンティナ様を都へアレク様がお連れくださったときには、寂しいけれどこれで安心したと笑っておりました」
穏やかに話すアドルナートの言葉に、私は涙ぐみそうになって慌ててお茶を飲む。
「クレメンティナは、何となく他人に放っとけないと思わせるようなところがあるな。
アドルナートがこんなふうに誰かのことを話すのもすごく珍しい」
エルヴィーノ様が私の頭を撫でながら優しい声で言う。
「さようでございますね、山賊討伐隊の邸におりました使用人も討伐隊の隊員の方々も、皆、クラリッサのことが好きでございましたよ。
品があって美しく教養があり、生まれや育ちの良さを感じるのに、綺麗ではない仕事なども進んでなさろうとする気高く骨惜しみしない性格が、下の者にも伝わっておりました」
いえいえいえ、そのようなことは全然…
貧乏貴族の娘だから、生活が常に労働と共にあっただけで…
褒められるようなことは何も。
私は恥ずかしくなってうつむく。
その時、また扉がノックされて先程のブリーツィオと呼ばれていた青年が入ってきて一礼した。
「お食事のご用意が調いました。
クレメンティナ様のお部屋のご用意もできております。
お召し替えをなさって食堂へお越しください」
「判った。
クレメンティナ、後でね」
エルヴィーノ様はまた私を抱きかかえて馬車を降りた。
簡素なドレスとはいえ、パニエまで合わせると結構な重量だと思うんだけど…
見た目細い体躯だけれど、鍛えていらっしゃるのだろうな。
エセルバート様も評価していらっしゃった。
「エルヴィーノ様の剣のセンスは天下一品だ。
神から授けられた才能というよりほかない。
その昔、戦上手で戦功をあげて叙爵されたというご先祖の血を色濃く引いておられるのかもしれない」
そしてため息交じりに「剣術においても他のことにおいても、もう少し真面目に取り組んでくださったらなぁ。どうも不真面目でイカン。才能が勿体ない」と嘆いておられた。
ものすごく大きなお邸の玄関に私を抱きかかえたまま入って行くエルヴィーノ様の後に、ついて来ようとしたヴァネッサはブリーツィオという男の人に止められて、別の入り口に誘導されていた。
「あの、ヴァネッサは…」
「ああ、使用人部屋の方で手当てさせる。
部屋もちゃんと与えるから心配するな」
私も山賊討伐隊の邸に拾われたとき、最初は使用人部屋に置いてもらったな…
女中頭のエルダさんや執事のアドルナートは元気だろうか。
私は大きな居間のようなところへ連れて行かれ、ソファにそっと降ろされた。
「お前は怪我してないか?」
私の前に屈んで、私の額を撫でて解けた前髪を梳いたエルヴィーノ様の濃いブラウンの瞳を見つめるのが何だか恥ずかしくて、私は目を逸らした。
「大丈夫です…」
「失礼いたします」
コンコンとドアがノックされて、開いた扉からお茶の道具を載せたワゴンを運んで入ってきた老年の男性を見て私は思わず声を上げた。
「アドルナート!…さん」
思わず呼び捨てで言ってしまい、慌てて敬称をつけた私に、アドルナートはにこっと笑って「お久しぶりでございます、クラリッサ」と慇懃に礼をした。
「わたくしのことは呼び捨てで構いませんクレメンティナ様」
「え…これどういう…」
驚いて呟く私に、隣に座ったエルヴィーノ様が口元に拳をあててくっくっと笑いながら教えてくれた。
「元々、アドルナートは俺の個人的な執事なんだよ。
母上につけられたお目付け役っていうか。
幼いころから俺の面倒も見てくれてる。
だから、討伐隊の邸にもついていくって聞かなくて」
てきぱきとお茶の支度をするアドルナートを見ながら私は「あの…エルダさんはお元気ですか」と訊いてみた。
アドルナートは優雅な動作でカップにお茶を注いで、エルヴィーノ様に手渡した。
それから私のお茶を淹れながら口を開く。
「エルダはレッツェの地元に住む、普通の主婦なのでございます。
あの時はイレギュラーに手伝いに来ていただけなのです。
昔、都で少し家政婦をしていた経験があったので、女中頭として雇用しましたが、山賊討伐隊の解散と同時に解雇になり、家に帰りました」
ああ、そうなんだ…
お茶を渡されて、私は湯気を吹きながら少し寂しく思った。
「エルダはいつもクレメンティナ様のことを気にしていて、それまでは通いだったのでごさいますが、良からぬ男どもがうろついているからと泊まり込みにしたのでございます。
クレメンティナ様を都へアレク様がお連れくださったときには、寂しいけれどこれで安心したと笑っておりました」
穏やかに話すアドルナートの言葉に、私は涙ぐみそうになって慌ててお茶を飲む。
「クレメンティナは、何となく他人に放っとけないと思わせるようなところがあるな。
アドルナートがこんなふうに誰かのことを話すのもすごく珍しい」
エルヴィーノ様が私の頭を撫でながら優しい声で言う。
「さようでございますね、山賊討伐隊の邸におりました使用人も討伐隊の隊員の方々も、皆、クラリッサのことが好きでございましたよ。
品があって美しく教養があり、生まれや育ちの良さを感じるのに、綺麗ではない仕事なども進んでなさろうとする気高く骨惜しみしない性格が、下の者にも伝わっておりました」
いえいえいえ、そのようなことは全然…
貧乏貴族の娘だから、生活が常に労働と共にあっただけで…
褒められるようなことは何も。
私は恥ずかしくなってうつむく。
その時、また扉がノックされて先程のブリーツィオと呼ばれていた青年が入ってきて一礼した。
「お食事のご用意が調いました。
クレメンティナ様のお部屋のご用意もできております。
お召し替えをなさって食堂へお越しください」
「判った。
クレメンティナ、後でね」
1
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ
蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。
とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。
どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。
など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。
そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか?
毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。
私は私で幸せになりますので
あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。
ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。
それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。
最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる