身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第四章 謎解き

6.アドルナート

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 「ただいま、ブリーツィオ」
 エルヴィーノ様はまた私を抱きかかえて馬車を降りた。
 簡素なドレスとはいえ、パニエまで合わせると結構な重量だと思うんだけど…
 見た目細い体躯だけれど、鍛えていらっしゃるのだろうな。
 
 エセルバート様も評価していらっしゃった。
 「エルヴィーノ様の剣のセンスは天下一品だ。
 神から授けられた才能というよりほかない。
 その昔、戦上手で戦功をあげて叙爵されたというご先祖の血を色濃く引いておられるのかもしれない」

 そしてため息交じりに「剣術においても他のことにおいても、もう少し真面目に取り組んでくださったらなぁ。どうも不真面目でイカン。才能が勿体ない」と嘆いておられた。

 ものすごく大きなお邸の玄関に私を抱きかかえたまま入って行くエルヴィーノ様の後に、ついて来ようとしたヴァネッサはブリーツィオという男の人に止められて、別の入り口に誘導されていた。
 「あの、ヴァネッサは…」
 「ああ、使用人部屋の方で手当てさせる。
 部屋もちゃんと与えるから心配するな」

 私も山賊討伐隊の邸に拾われたとき、最初は使用人部屋に置いてもらったな…
 女中頭のエルダさんや執事のアドルナートは元気だろうか。

 私は大きな居間のようなところへ連れて行かれ、ソファにそっと降ろされた。
 「お前は怪我してないか?」
 私の前に屈んで、私の額を撫でて解けた前髪を梳いたエルヴィーノ様の濃いブラウンの瞳を見つめるのが何だか恥ずかしくて、私は目を逸らした。
 「大丈夫です…」

 「失礼いたします」
 コンコンとドアがノックされて、開いた扉からお茶の道具を載せたワゴンを運んで入ってきた老年の男性を見て私は思わず声を上げた。
 「アドルナート!…さん」
 思わず呼び捨てで言ってしまい、慌てて敬称をつけた私に、アドルナートはにこっと笑って「お久しぶりでございます、クラリッサ」と慇懃に礼をした。

 「わたくしのことは呼び捨てで構いませんクレメンティナ様」
 「え…これどういう…」
 驚いて呟く私に、隣に座ったエルヴィーノ様が口元に拳をあててくっくっと笑いながら教えてくれた。

 「元々、アドルナートは俺の個人的な執事なんだよ。
 母上につけられたお目付け役っていうか。
 幼いころから俺の面倒も見てくれてる。
 だから、討伐隊の邸にもついていくって聞かなくて」

 てきぱきとお茶の支度をするアドルナートを見ながら私は「あの…エルダさんはお元気ですか」と訊いてみた。
 アドルナートは優雅な動作でカップにお茶を注いで、エルヴィーノ様に手渡した。
 それから私のお茶を淹れながら口を開く。
 「エルダはレッツェの地元に住む、普通の主婦なのでございます。
 あの時はイレギュラーに手伝いに来ていただけなのです。
 昔、都で少し家政婦をしていた経験があったので、女中頭として雇用しましたが、山賊討伐隊の解散と同時に解雇になり、家に帰りました」

 ああ、そうなんだ…
 お茶を渡されて、私は湯気を吹きながら少し寂しく思った。
 「エルダはいつもクレメンティナ様のことを気にしていて、それまでは通いだったのでごさいますが、良からぬ男どもがうろついているからと泊まり込みにしたのでございます。
 クレメンティナ様を都へアレク様がお連れくださったときには、寂しいけれどこれで安心したと笑っておりました」

 穏やかに話すアドルナートの言葉に、私は涙ぐみそうになって慌ててお茶を飲む。
 「クレメンティナは、何となく他人に放っとけないと思わせるようなところがあるな。
 アドルナートがこんなふうに誰かのことを話すのもすごく珍しい」
 エルヴィーノ様が私の頭を撫でながら優しい声で言う。

 「さようでございますね、山賊討伐隊の邸におりました使用人も討伐隊の隊員の方々も、皆、クラリッサのことが好きでございましたよ。
 品があって美しく教養があり、生まれや育ちの良さを感じるのに、綺麗ではない仕事なども進んでなさろうとする気高く骨惜しみしない性格が、下の者にも伝わっておりました」

 いえいえいえ、そのようなことは全然…
 貧乏貴族の娘だから、生活が常に労働と共にあっただけで…
 褒められるようなことは何も。
 私は恥ずかしくなってうつむく。
 
 その時、また扉がノックされて先程のブリーツィオと呼ばれていた青年が入ってきて一礼した。
 「お食事のご用意が調いました。
 クレメンティナ様のお部屋のご用意もできております。
 お召し替えをなさって食堂へお越しください」

 「判った。
 クレメンティナ、後でね」

 
 

 
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