身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第四章 謎解き

8.にぃ兄様との再会

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 エルヴィーノ様は立ち上がってカップをアドルナートに渡すと、私の手を引いて立ち上がらせ私の腰に手を回す。
 「どうぞ、お入りください」
 凛とした声を張り、エルヴィーノ様が言うと、扉が開いた。

 「夜分、失礼いたします」
 つばの大きな帽子にレースのベールを首の方まで垂らした女性を、エスコートして入ってきた男性の姿を認めるなり、私はエルヴィーノ様の手を振り払って駆けだした。

 「にぃ兄様!」
 「クレメンティナ!」

 にぃ兄様も女性の手を離し、私に向かって大きく手を広げる。
 私はにぃ兄様の腕に飛び込んだ。
 苦しいほどに抱きしめられて、私はにぃ兄様の温もりが嬉しくて涙をこぼした。

 「よく…無事で生きていてくれた。
 神のご加護に感謝します…」
 にぃ兄様が呟き、「にぃ兄様もよくご無事で…」と私も涙声で囁いた。

 にぃ兄様は私を離し、肩を抱いてエルヴィーノ様の方を向いて深々と頭を下げた。
 「妹を助けていただいて、本当にありがとうございました。
 私は大恩ある母と兄に顔向けできなくなるところでした」
 私はにぃ兄様の言い方に少し違和感を覚えながらも、一緒に頭を下げる。

 「お顔を上げてください。
 私は、セノフォンテ殿、貴殿のこともお助けしたのですよ」
 笑いを少し含んだ柔らかい声でエルヴィーノ様が言い、顔を上げたにぃ兄様は恥ずかしそうに額を掻く。
 「仰る通りですね。
 あの時は、山賊に捕らえらえたのだと思い込んでいたし、とにかく妹を探さなければとそればかりで…
 大変、失礼いたしました」

 私は、にぃ兄様と一緒に入ってきた、ベールでまったくお顔が見えなくて従って年齢もよく判らない、でもとても高価そうな美しいドレスと帽子を着こなしている女性に向かって頭を下げた。
 「兄を助けてくださり、ありがとうございました」

 てっきり帽子は取って挨拶するのだろうと思っていた女性は、そのまま「…お礼を仰って頂くなどとんでもないことですわ」と女性にしては低いけど優しく落ち着いた声で答えた。
 小柄ではあるけれど、身体つきは私よりは年上のようだ。
 にぃ兄様と同じくらいか…レオ兄様くらいかも。

 「ヴァラリオーティ様、お初にお目にかかります。
 ベアトリーチェ・トランクウィッロでございます。
 あ、あの…」
 その女性がエルヴィーノ様の方を向いて一礼し、何かを話そうとしたとき、にぃ兄様がベアトリーチェ様の傍に行って「このお方は、幼いころの不幸な事故によって、人前で帽子を取ることができないのです。どうかご容赦ください」とエルヴィーノ様に言った。

 「聞き及んでおります、お気になさらず。
 立ったまま話すのも無粋ですから、こちらへどうぞおかけください。
 クレメンティナ、おいで」
 柔らかな声でエルヴィーノ様は答え、私を手招きする。

 にぃ兄様とベアトリーチェ様はほっとしたように顔を見合わせ、にぃ兄様はベアトリーチェ様の手を取ってこちらに来た。
 身体を寄せ合う二人の親密な雰囲気から、私はもしかして…と感じた。
 このお二人は、恋人同士なのではないかしら…
 にぃ兄様はベアトリーチェ様を、愛していらっしゃるのか。
 
 立ちすくむ私を訝しげに見て、エルヴィーノ様は「クレメンティナ?どうした」と言いながら近づいてきた。
 「サン=バルロッテ館のコックから作り方を聞いて、カントゥッチを作らせたよ。
 アレクのやつ、洒落たことするよな。
 クラリッサをイメージした菓子なんて、以前のあいつなら凡そ思い付きそうなこととは思えなかったけど…」

 そう言って私を抱き寄せるようにして、私の髪に頬を寄せる。
 私はこういう姿をにぃ兄様に見られたくなくて顔を背けた。
 私とエルヴィーノ様が恋人同士であるような誤解を与えたくない。
 
 エルヴィーノ様は寂しげな表情で少し笑った。
 「…そうか、嫌だったか。
 悪かった」
 呟くように言って、そっと私の手を取りソファへ導いた。

 申し訳ないと思いながらも、でもやっぱり、人前でそういうことは止めて欲しい。
 いえ、人前でなくても…?
 エルヴィーノ様のあけすけな態度は、私を混乱させる。
 何故なんだろう。
 私は…エルヴィーノ様のことを…?

 困惑しながら、導かれるままにソファに座る。
 「シプリアノから聞いたんだが、フランシスカとリーチェもこの菓子が大好きで、いろいろとアレンジして楽しんでいるそうだ。
 それを聞いて、うちの司厨長と相談して、今流行りだというジャムに合わせてみたよ。
 はちみつに浸したものもある、食べてごらん」

 なんだか楽しそうに話しながら、エルヴィーノ様は杏のジャムを載せたカントゥッチを私の口に入れる。
 甘酸っぱい杏の香りが口中に広がり、カントゥッチの少し硬い食感が相まってまた違うお菓子のようだ。
 私は「…おいしい…」と呟く。
 エルヴィーノ様は嬉しそうに笑って私の頬をつつき、「…アレクに負けてられない」と微笑んだまま言った。

 エルヴィーノ様の愛しげな笑顔が、カントゥッチを初めて持ってきたときのアレク様の笑顔に重なって、思わず目を逸らす。
 アレク様は…私のこと、どう思っていらっしゃるのだろう。
 どうして私は、エルヴィーノ様の胸に素直に飛び込んで行けないんだろう。
 
 
 
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