68 / 172
第四章 謎解き
8.にぃ兄様との再会
しおりを挟む
エルヴィーノ様は立ち上がってカップをアドルナートに渡すと、私の手を引いて立ち上がらせ私の腰に手を回す。
「どうぞ、お入りください」
凛とした声を張り、エルヴィーノ様が言うと、扉が開いた。
「夜分、失礼いたします」
つばの大きな帽子にレースのベールを首の方まで垂らした女性を、エスコートして入ってきた男性の姿を認めるなり、私はエルヴィーノ様の手を振り払って駆けだした。
「にぃ兄様!」
「クレメンティナ!」
にぃ兄様も女性の手を離し、私に向かって大きく手を広げる。
私はにぃ兄様の腕に飛び込んだ。
苦しいほどに抱きしめられて、私はにぃ兄様の温もりが嬉しくて涙をこぼした。
「よく…無事で生きていてくれた。
神のご加護に感謝します…」
にぃ兄様が呟き、「にぃ兄様もよくご無事で…」と私も涙声で囁いた。
にぃ兄様は私を離し、肩を抱いてエルヴィーノ様の方を向いて深々と頭を下げた。
「妹を助けていただいて、本当にありがとうございました。
私は大恩ある母と兄に顔向けできなくなるところでした」
私はにぃ兄様の言い方に少し違和感を覚えながらも、一緒に頭を下げる。
「お顔を上げてください。
私は、セノフォンテ殿、貴殿のこともお助けしたのですよ」
笑いを少し含んだ柔らかい声でエルヴィーノ様が言い、顔を上げたにぃ兄様は恥ずかしそうに額を掻く。
「仰る通りですね。
あの時は、山賊に捕らえらえたのだと思い込んでいたし、とにかく妹を探さなければとそればかりで…
大変、失礼いたしました」
私は、にぃ兄様と一緒に入ってきた、ベールでまったくお顔が見えなくて従って年齢もよく判らない、でもとても高価そうな美しいドレスと帽子を着こなしている女性に向かって頭を下げた。
「兄を助けてくださり、ありがとうございました」
てっきり帽子は取って挨拶するのだろうと思っていた女性は、そのまま「…お礼を仰って頂くなどとんでもないことですわ」と女性にしては低いけど優しく落ち着いた声で答えた。
小柄ではあるけれど、身体つきは私よりは年上のようだ。
にぃ兄様と同じくらいか…レオ兄様くらいかも。
「ヴァラリオーティ様、お初にお目にかかります。
ベアトリーチェ・トランクウィッロでございます。
あ、あの…」
その女性がエルヴィーノ様の方を向いて一礼し、何かを話そうとしたとき、にぃ兄様がベアトリーチェ様の傍に行って「このお方は、幼いころの不幸な事故によって、人前で帽子を取ることができないのです。どうかご容赦ください」とエルヴィーノ様に言った。
「聞き及んでおります、お気になさらず。
立ったまま話すのも無粋ですから、こちらへどうぞおかけください。
クレメンティナ、おいで」
柔らかな声でエルヴィーノ様は答え、私を手招きする。
にぃ兄様とベアトリーチェ様はほっとしたように顔を見合わせ、にぃ兄様はベアトリーチェ様の手を取ってこちらに来た。
身体を寄せ合う二人の親密な雰囲気から、私はもしかして…と感じた。
このお二人は、恋人同士なのではないかしら…
にぃ兄様はベアトリーチェ様を、愛していらっしゃるのか。
立ちすくむ私を訝しげに見て、エルヴィーノ様は「クレメンティナ?どうした」と言いながら近づいてきた。
「サン=バルロッテ館のコックから作り方を聞いて、カントゥッチを作らせたよ。
アレクのやつ、洒落たことするよな。
クラリッサをイメージした菓子なんて、以前のあいつなら凡そ思い付きそうなこととは思えなかったけど…」
そう言って私を抱き寄せるようにして、私の髪に頬を寄せる。
私はこういう姿をにぃ兄様に見られたくなくて顔を背けた。
私とエルヴィーノ様が恋人同士であるような誤解を与えたくない。
エルヴィーノ様は寂しげな表情で少し笑った。
「…そうか、嫌だったか。
悪かった」
呟くように言って、そっと私の手を取りソファへ導いた。
申し訳ないと思いながらも、でもやっぱり、人前でそういうことは止めて欲しい。
いえ、人前でなくても…?
エルヴィーノ様のあけすけな態度は、私を混乱させる。
何故なんだろう。
私は…エルヴィーノ様のことを…?
困惑しながら、導かれるままにソファに座る。
「シプリアノから聞いたんだが、フランシスカとリーチェもこの菓子が大好きで、いろいろとアレンジして楽しんでいるそうだ。
それを聞いて、うちの司厨長と相談して、今流行りだというジャムに合わせてみたよ。
はちみつに浸したものもある、食べてごらん」
なんだか楽しそうに話しながら、エルヴィーノ様は杏のジャムを載せたカントゥッチを私の口に入れる。
甘酸っぱい杏の香りが口中に広がり、カントゥッチの少し硬い食感が相まってまた違うお菓子のようだ。
私は「…おいしい…」と呟く。
エルヴィーノ様は嬉しそうに笑って私の頬をつつき、「…アレクに負けてられない」と微笑んだまま言った。
エルヴィーノ様の愛しげな笑顔が、カントゥッチを初めて持ってきたときのアレク様の笑顔に重なって、思わず目を逸らす。
アレク様は…私のこと、どう思っていらっしゃるのだろう。
どうして私は、エルヴィーノ様の胸に素直に飛び込んで行けないんだろう。
「どうぞ、お入りください」
凛とした声を張り、エルヴィーノ様が言うと、扉が開いた。
「夜分、失礼いたします」
つばの大きな帽子にレースのベールを首の方まで垂らした女性を、エスコートして入ってきた男性の姿を認めるなり、私はエルヴィーノ様の手を振り払って駆けだした。
「にぃ兄様!」
「クレメンティナ!」
にぃ兄様も女性の手を離し、私に向かって大きく手を広げる。
私はにぃ兄様の腕に飛び込んだ。
苦しいほどに抱きしめられて、私はにぃ兄様の温もりが嬉しくて涙をこぼした。
「よく…無事で生きていてくれた。
神のご加護に感謝します…」
にぃ兄様が呟き、「にぃ兄様もよくご無事で…」と私も涙声で囁いた。
にぃ兄様は私を離し、肩を抱いてエルヴィーノ様の方を向いて深々と頭を下げた。
「妹を助けていただいて、本当にありがとうございました。
私は大恩ある母と兄に顔向けできなくなるところでした」
私はにぃ兄様の言い方に少し違和感を覚えながらも、一緒に頭を下げる。
「お顔を上げてください。
私は、セノフォンテ殿、貴殿のこともお助けしたのですよ」
笑いを少し含んだ柔らかい声でエルヴィーノ様が言い、顔を上げたにぃ兄様は恥ずかしそうに額を掻く。
「仰る通りですね。
あの時は、山賊に捕らえらえたのだと思い込んでいたし、とにかく妹を探さなければとそればかりで…
大変、失礼いたしました」
私は、にぃ兄様と一緒に入ってきた、ベールでまったくお顔が見えなくて従って年齢もよく判らない、でもとても高価そうな美しいドレスと帽子を着こなしている女性に向かって頭を下げた。
「兄を助けてくださり、ありがとうございました」
てっきり帽子は取って挨拶するのだろうと思っていた女性は、そのまま「…お礼を仰って頂くなどとんでもないことですわ」と女性にしては低いけど優しく落ち着いた声で答えた。
小柄ではあるけれど、身体つきは私よりは年上のようだ。
にぃ兄様と同じくらいか…レオ兄様くらいかも。
「ヴァラリオーティ様、お初にお目にかかります。
ベアトリーチェ・トランクウィッロでございます。
あ、あの…」
その女性がエルヴィーノ様の方を向いて一礼し、何かを話そうとしたとき、にぃ兄様がベアトリーチェ様の傍に行って「このお方は、幼いころの不幸な事故によって、人前で帽子を取ることができないのです。どうかご容赦ください」とエルヴィーノ様に言った。
「聞き及んでおります、お気になさらず。
立ったまま話すのも無粋ですから、こちらへどうぞおかけください。
クレメンティナ、おいで」
柔らかな声でエルヴィーノ様は答え、私を手招きする。
にぃ兄様とベアトリーチェ様はほっとしたように顔を見合わせ、にぃ兄様はベアトリーチェ様の手を取ってこちらに来た。
身体を寄せ合う二人の親密な雰囲気から、私はもしかして…と感じた。
このお二人は、恋人同士なのではないかしら…
にぃ兄様はベアトリーチェ様を、愛していらっしゃるのか。
立ちすくむ私を訝しげに見て、エルヴィーノ様は「クレメンティナ?どうした」と言いながら近づいてきた。
「サン=バルロッテ館のコックから作り方を聞いて、カントゥッチを作らせたよ。
アレクのやつ、洒落たことするよな。
クラリッサをイメージした菓子なんて、以前のあいつなら凡そ思い付きそうなこととは思えなかったけど…」
そう言って私を抱き寄せるようにして、私の髪に頬を寄せる。
私はこういう姿をにぃ兄様に見られたくなくて顔を背けた。
私とエルヴィーノ様が恋人同士であるような誤解を与えたくない。
エルヴィーノ様は寂しげな表情で少し笑った。
「…そうか、嫌だったか。
悪かった」
呟くように言って、そっと私の手を取りソファへ導いた。
申し訳ないと思いながらも、でもやっぱり、人前でそういうことは止めて欲しい。
いえ、人前でなくても…?
エルヴィーノ様のあけすけな態度は、私を混乱させる。
何故なんだろう。
私は…エルヴィーノ様のことを…?
困惑しながら、導かれるままにソファに座る。
「シプリアノから聞いたんだが、フランシスカとリーチェもこの菓子が大好きで、いろいろとアレンジして楽しんでいるそうだ。
それを聞いて、うちの司厨長と相談して、今流行りだというジャムに合わせてみたよ。
はちみつに浸したものもある、食べてごらん」
なんだか楽しそうに話しながら、エルヴィーノ様は杏のジャムを載せたカントゥッチを私の口に入れる。
甘酸っぱい杏の香りが口中に広がり、カントゥッチの少し硬い食感が相まってまた違うお菓子のようだ。
私は「…おいしい…」と呟く。
エルヴィーノ様は嬉しそうに笑って私の頬をつつき、「…アレクに負けてられない」と微笑んだまま言った。
エルヴィーノ様の愛しげな笑顔が、カントゥッチを初めて持ってきたときのアレク様の笑顔に重なって、思わず目を逸らす。
アレク様は…私のこと、どう思っていらっしゃるのだろう。
どうして私は、エルヴィーノ様の胸に素直に飛び込んで行けないんだろう。
1
あなたにおすすめの小説
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ
蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。
とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。
どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。
など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。
そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか?
毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。
私は私で幸せになりますので
あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。
ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。
それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。
最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる