身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第四章 謎解き

19.フランシスカ

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 サン=バルロッテ館が見えてくると、私は胸が高鳴って息が切れているのに気づいた。
 そんなに急いで歩いたかしら…
 少し立ち止まって胸に手を当て呼吸を整えようとしたけれど、なかなか治まらない。

 そのうち気づいた。
 あ、…私、サン=バルロッテ館にアレク様がいらっしゃるかもしれないと思って…それで、こんなにドキドキするんだ。 
 話をしたこともあまりないような方に、何故私は、こんなにお会いしたいと思っているのだろう。

 エルヴィーノ様はお怒りになるだろうか。
 あれほど私なんかを想ってくださる方がいるのに…アレク様に会えるかもしれないと思うだけで心ときめかせている私を、エルヴィーノ様はどう思うだろう。
 嫌われてしまうかな…軽蔑されるのはつらいな…

 考えながら、それでも踵を返すことはなかった。
 また歩き出して、サン=バルロッテ館の前に着いた。
 何となくノッカーに手をかけるのが躊躇われ、裏手に回る。
 誰かいないかしら…

 果たして、厨房の扉近くにディーノがいるのが見えて私は大きな声で「ディーノ!」と呼ぶ。
 何か大きな箱を持とうとしていたディーノは、はっと顔を上げて私に気づき「クラリッサ様!」と言って箱を降ろしてこちらへ走ってきた。
 「来てくれたんですか!」
 「うん、バルトロから聞いて」
 「あ、あの背の高い、目つきの鋭い人ですか?」
 
 私も最初、バルトロの目の鋭さが怖かったな。
 笑いながら「そう」と頷くと、「良い人なんすね」とディーノは呟いた。

 そして「ジョルジーニさんに報せてきます!表に回って下さい!」と元気よく言って裏口に向かって走っていった。
 え…私も裏口で良いんだけど…と思いながら、また正面の玄関口に回ってノッカーに手を伸ばしたとき、急にドアが開いて中からジョルジーニが顔を出した。
 「あ、っ…失礼いたしました。
 どうぞお入りください」

 ジョルジーニについて玄関のホールに入ると、応接間の扉が開いて、出てきたのは。
 「フランシスカ!」
 「クラリッサ!お久しぶり」
 
 どちらからともなく駆け寄って手を取り合う。
 「良かったわ、アレク様ももうすぐほんの少しだけれどいらっしゃれるから」
 「え…アレク様が…」
 「下働きの少年が、伝言を取り次いでもらえなかったと帰ってきてしまったから、今からわたくしが呼びに行こうと思っていたのよ」
 
 応接間に入り、向かい合ってソファに座る。
 「サン=バルロッテ館に来てから、もう2か月以上経つのね。
 一緒にピストリアに来たときには、初夏だったけれど、いつの間にやら晩夏になってしまって…
 早いものね」
 「そう言われればそうね…
 リーチェがしばしば来てくれておしゃべりしたりお買い物したり、それからエセルバート様と剣術のお稽古をしたり、わたくしは全然退屈しなかったわ」
 
 州境レッツェから首都ピストリアまでの行軍のような旅の思い出話に花を咲かせる。
 「そうそう、エルヴィーノ様からお聞きしたけれど、クラリッサがエルヴィーノ様の従妹だったって…
 シプリアノが、ヴァラリオーティ侯爵家の突然のご嫡子の廃嫡に次ぐ、ご次男の爵位継承のときには、世間が騒然としたらしいと言っていたわ。
 それが、エルヴィーノ様とクラリッサのお父様方の話だったなんて」

 「わたくしも本当に驚いたの。
 両親も兄も、そういうことはまったく話さなかったし、叔父様や従兄弟に会ったこともなかったし。
 ましてや…」
 次兄は実は、養子になった従兄弟でエルヴィーノ様の双子の弟だったなんて…
 私は胸の中で呟く。

 「エルヴィーノ様が、強引にサン=バルロッテ館からご自分のお邸に、クラリッサを連れて行ってしまったから、アレク様はそれはもう、意気消沈してしまって。
 わたくしやリーチェがどうお慰めしても、まったく聞いていらっしゃらないようで…
 あの我儘で横暴で闊達な方が、食事も摂れない有様で」
 「え…」
 「アレク様のお立場で、自由恋愛などは以ての外だけれど…
 でも人の心は、思い通りにはならないものね。
 わたくしも、こういうことは苦手だし趣味でもないのだけど、クラリッサに訊こうと思ってやってきたのよ」

 そう言ってフランシスカは居住まいを正す。
 私もなんとなく、座りなおしてしまう。
 「クラリッサの気持ちを聞かせて欲しいの。
 故郷に恋人がいるならそれでもいいし、エルヴィーノ様がお好きならそれでいいのよ、どなたか好きな方はいらっしゃるの?」

 「わ、たくしの、好きな、方?」
 顔が赤らむのが判る。
 動悸がして耳が熱くなる。

 「リーチェが、クラリッサはほとんど恋愛には興味ないみたいって言っていたけど…
 アレク様の話も、他のことと同じような熱量でしかないって。
 むしろ文学や馬の話に目を輝かせてるって。
 そういう人に、こういうことを尋ねるのも酷な気がするんだけど」
 苦笑するようにフランシスカは言う。
 
 なんか、さっきからの話を聞いていると、アレク様はもしかして…
 私を…??

 
 
 
 
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