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第五章 宮廷
12.お母様の話
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ヴァラリオーティ侯爵様は、突然話しかけたにぃ兄様の方へは注意を向けることなく、頭を抱えていた。
「何故、今頃になってこんなことが…
エルヴィーノ、お前はいったい何を考えている?
こんな小娘を、わざわざ南部から連れてきたのか?
知っておるのだぞ、お前が南部戦線から帰ってからこっち、なにかこそこそとやっているのは」
うつむいたまま、ぶつぶつと独り言を言っている侯爵様に、エルヴィーノ様が冷たく声をかける。
「父上、お顔を上げてください。
父上だって、南部の何とやら言う豪族領主と秘密裏に連絡を取っていらっしゃるではないですか」
侯爵様はぱっと顔を上げ、そこに瓜二つの双生児の姿を認めて、一瞬、ぽかんとして、それから両目を手でこすった。
「父上、ご自分の子供の顔をお忘れになったのですか?」
「っは…?
お、お前は誰だ?!
…エルヴィーノが…え?二人?」
混乱する侯爵様に、にぃ兄様は片足を引いて優雅にお辞儀する。
「お初にお目にかかります。
私は、セノフォンテ・コッラディーノ・ディ・ステファネッリ・ダ・シエーラと申します。
もうひとつの名前を、ステファノ・ダヴィード・ディ・ヴァラリオーティ」
「!!」
侯爵様は真っ青な顔で大きく目を見開き、口も開いたままあわあわと言葉にならない声を発する。
「まさか…エルヴィーノの…」
「双子の弟ですよ、父上。
知らないとは言わせない」
エルヴィーノ様は強い口調で言い、にぃ兄様はうなずいた。
侯爵様は信じられないというように目を見開いたまま「しかし…ステファノは…」と呟く。
「死んだと聞かされていたのでしょう。
そうですね、死んだようなものです。
しかし、慈悲深き神の如き父上と母上のお陰で、生きておりましたのですよ」
ステファネッリ子爵ご夫妻には感謝してもしきれませんと話すにぃ兄様の顔を、穴のあくほど見つめていた公爵様は、一度頭を振って話し出す。
「そんな馬鹿な…
ステファネッリ?じゃあ、兄上が引き取ったのか?
何故そんなことができたんだ?
…フィアンメッタが…?」
「そうですわ」
と急に声を上げたのは、お母様だった。
お母様は、アレク様と大公妃様に向かって優雅にお辞儀をして発言の許可を取る。
アレク様は鷹揚に頷いて「話すがよい」と言った。
お母様は、レオ兄様が懐から出した何かを受け取って話し出す。
「はじめてお目にかかります、アルフレード様。
キアッフレード・ランドルフォ・ディ・ステファネッリ・ダ・シエーラの家内の、アンジェリーナでございます。
18年前…フィアンメッタ様から、突然お手紙をいただきました」
お母様の声は、落ち着いてどちらかと言えば低く、よく響いた。
バルコニーの下の広間にいる、大勢のご愛妾候補や貴族の方々にも届いているようだ。
上品な話し方ではあったけど…でもやはり、南部訛りはどうしても目立った。
山賊討伐の館でエルヴィーノ様が、いの一番にシプリアノを寄こして私の発音を直させたのも判る気がした。
「フィアンメッタ様は病を得られて、アルフレード様が畏怖なさっておられるご子息のステファノの将来を案じていらっしゃいました。
今更このようなお願いをするのは非常に心苦しいし、どの面下げてという誹りを受けることは重々承知しているけれど、と前置きなさった上で、ステファノを預けたいとお書きになっていらっしゃいました。
他に誰も頼める方がいない、ステファノの存在自体が秘密であるし、経緯を考えるともし万が一、アルフレード様に知られた場合都で無事に育つか判らない、と」
「キアッフレードは最初、お断りしようと思っていたようです。
しかし、そのころちょうどステファノと同い年の第二子の男児が事故で亡くなって、わたくしが自分を責めて精神的におかしくなっていて、生まれたばかりの娘を虐待したりしていたので、考えを変え、ステファノを亡くなったセノフォンテの身代わりとして育てようと考えたと」
そこまで話して、お母様は顔を覆ってしまった。
レオ兄様がお母様の肩を抱いて、優しく撫でる。
「今考えると、なんて酷いことをしたのだろうと…
幼いとはいえ、ステファノのアイデンティティを根本から覆すようなことをしてしまって。
だけどあの時、わたくしたち夫婦は、ステファノのお陰で生きながらえたのです。
あのままでは確実に家族が崩壊していた」
お母様が泣いていらっしゃるのを初めて見た。
お父様が亡くなったときでさえ、悲しむ私たちを叱咤し鼓舞して涙を見せなかったお母様が…
私は長年のお母様の深い懊悩を見た気がして、胸が痛んだ。
「母上、それは違いますよ」
にぃ兄様がお母様に歩み寄る。
「私は、都にいたら父親であるヴァラリオーティ侯爵殿に殺されていたでしょう。
侯爵殿は、キアッフレード父の幻影に苛まれていた。
自分がした過ちと同じように、私が兄を廃嫡に追い込み地位を奪うのではないかと」
「証拠は!」
突然、ヴァラリオーティ侯爵様は叫んで立ち上がり、お母様の方へ足を踏み出す。
綺麗に整えられた鬘は乱れ、豪華な装いのコートもはだけそうになっている。
「証拠が…ないだろう!
この男が、本当にステファノなのか!
俺を、ヴァラリオーティを陥れる罠なんだろう!」
お母様は落ち着いて、ヴァラリオーティ侯爵様の目の前に、紙とネックレスを突きつけた。
「フィアンメッタ様からのお手紙と、形見のネックレスです。
ステファノが我が家に来たときに、持ってまいりました」
「何故、今頃になってこんなことが…
エルヴィーノ、お前はいったい何を考えている?
こんな小娘を、わざわざ南部から連れてきたのか?
知っておるのだぞ、お前が南部戦線から帰ってからこっち、なにかこそこそとやっているのは」
うつむいたまま、ぶつぶつと独り言を言っている侯爵様に、エルヴィーノ様が冷たく声をかける。
「父上、お顔を上げてください。
父上だって、南部の何とやら言う豪族領主と秘密裏に連絡を取っていらっしゃるではないですか」
侯爵様はぱっと顔を上げ、そこに瓜二つの双生児の姿を認めて、一瞬、ぽかんとして、それから両目を手でこすった。
「父上、ご自分の子供の顔をお忘れになったのですか?」
「っは…?
お、お前は誰だ?!
…エルヴィーノが…え?二人?」
混乱する侯爵様に、にぃ兄様は片足を引いて優雅にお辞儀する。
「お初にお目にかかります。
私は、セノフォンテ・コッラディーノ・ディ・ステファネッリ・ダ・シエーラと申します。
もうひとつの名前を、ステファノ・ダヴィード・ディ・ヴァラリオーティ」
「!!」
侯爵様は真っ青な顔で大きく目を見開き、口も開いたままあわあわと言葉にならない声を発する。
「まさか…エルヴィーノの…」
「双子の弟ですよ、父上。
知らないとは言わせない」
エルヴィーノ様は強い口調で言い、にぃ兄様はうなずいた。
侯爵様は信じられないというように目を見開いたまま「しかし…ステファノは…」と呟く。
「死んだと聞かされていたのでしょう。
そうですね、死んだようなものです。
しかし、慈悲深き神の如き父上と母上のお陰で、生きておりましたのですよ」
ステファネッリ子爵ご夫妻には感謝してもしきれませんと話すにぃ兄様の顔を、穴のあくほど見つめていた公爵様は、一度頭を振って話し出す。
「そんな馬鹿な…
ステファネッリ?じゃあ、兄上が引き取ったのか?
何故そんなことができたんだ?
…フィアンメッタが…?」
「そうですわ」
と急に声を上げたのは、お母様だった。
お母様は、アレク様と大公妃様に向かって優雅にお辞儀をして発言の許可を取る。
アレク様は鷹揚に頷いて「話すがよい」と言った。
お母様は、レオ兄様が懐から出した何かを受け取って話し出す。
「はじめてお目にかかります、アルフレード様。
キアッフレード・ランドルフォ・ディ・ステファネッリ・ダ・シエーラの家内の、アンジェリーナでございます。
18年前…フィアンメッタ様から、突然お手紙をいただきました」
お母様の声は、落ち着いてどちらかと言えば低く、よく響いた。
バルコニーの下の広間にいる、大勢のご愛妾候補や貴族の方々にも届いているようだ。
上品な話し方ではあったけど…でもやはり、南部訛りはどうしても目立った。
山賊討伐の館でエルヴィーノ様が、いの一番にシプリアノを寄こして私の発音を直させたのも判る気がした。
「フィアンメッタ様は病を得られて、アルフレード様が畏怖なさっておられるご子息のステファノの将来を案じていらっしゃいました。
今更このようなお願いをするのは非常に心苦しいし、どの面下げてという誹りを受けることは重々承知しているけれど、と前置きなさった上で、ステファノを預けたいとお書きになっていらっしゃいました。
他に誰も頼める方がいない、ステファノの存在自体が秘密であるし、経緯を考えるともし万が一、アルフレード様に知られた場合都で無事に育つか判らない、と」
「キアッフレードは最初、お断りしようと思っていたようです。
しかし、そのころちょうどステファノと同い年の第二子の男児が事故で亡くなって、わたくしが自分を責めて精神的におかしくなっていて、生まれたばかりの娘を虐待したりしていたので、考えを変え、ステファノを亡くなったセノフォンテの身代わりとして育てようと考えたと」
そこまで話して、お母様は顔を覆ってしまった。
レオ兄様がお母様の肩を抱いて、優しく撫でる。
「今考えると、なんて酷いことをしたのだろうと…
幼いとはいえ、ステファノのアイデンティティを根本から覆すようなことをしてしまって。
だけどあの時、わたくしたち夫婦は、ステファノのお陰で生きながらえたのです。
あのままでは確実に家族が崩壊していた」
お母様が泣いていらっしゃるのを初めて見た。
お父様が亡くなったときでさえ、悲しむ私たちを叱咤し鼓舞して涙を見せなかったお母様が…
私は長年のお母様の深い懊悩を見た気がして、胸が痛んだ。
「母上、それは違いますよ」
にぃ兄様がお母様に歩み寄る。
「私は、都にいたら父親であるヴァラリオーティ侯爵殿に殺されていたでしょう。
侯爵殿は、キアッフレード父の幻影に苛まれていた。
自分がした過ちと同じように、私が兄を廃嫡に追い込み地位を奪うのではないかと」
「証拠は!」
突然、ヴァラリオーティ侯爵様は叫んで立ち上がり、お母様の方へ足を踏み出す。
綺麗に整えられた鬘は乱れ、豪華な装いのコートもはだけそうになっている。
「証拠が…ないだろう!
この男が、本当にステファノなのか!
俺を、ヴァラリオーティを陥れる罠なんだろう!」
お母様は落ち着いて、ヴァラリオーティ侯爵様の目の前に、紙とネックレスを突きつけた。
「フィアンメッタ様からのお手紙と、形見のネックレスです。
ステファノが我が家に来たときに、持ってまいりました」
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