身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第七章 焦土

4.使者の口上

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 アレク様とエルヴィーノ様は顔を見合わせ、アレク様が「許す、入れ」と短く言うと、乱暴に天幕の入り口が開けられ、倒れ込むように兵士が入ってきて床にひざまずいた。

 「お、目通り、いた、だきまして…
 あり がとうござい」
 「そのような挨拶は良い。
 誰の命で来た」
 厳しい声でアレク様が問うと、兵士は息を切らしたまま平伏して「はっ、隣国ラ・カドリナ国ピトリア=ガンティス州の領主、バルベルデ様の命令で参りました!」と大きな声で言った。

 そうか、僅かに外国訛りがあると思ったら、隣国の人か。
 国境近くの人間はバイリンガルの人が多い。
 生活に国境はないからだ。

 「バルベルデとやらが何の用だ。
 降伏するなら受け入れてやるが」
 アレク様は皮肉っぽく片頬を上げて唇の端から言葉を出す。
 兜を外した兵士は「あ…いえ…」と少し青ざめて、言葉を続けた。

 「バルベルデ様、並びにペデルツィーニ様から、お言葉を承って参りました。
 …このシエーラ地方のご出身でシエーラの領主館の召し抱えであった、ヴァネッサ・ペデルツィーニと名乗っているクレメンティナ・ステファネッリと交渉の話し合いを持ちたい。
 風の噂で、クレメンティナが大公陛下のご愛妾になられたと聞き及んだ。
 都から急ぎ呼び寄せて、ひとりで交渉の場に来させられたし、と」

 何かを読み上げるように一気に口上を述べて咳き込んだ兵士に、アレク様はつかつかと歩み寄って、肩口を思い切り蹴った。
 ガッシャーン!とものすごい音が響き、兵士は仰向けに倒れて何が起こったか判らないというように、グレーの瞳を見開いている。

 兵士がもがいて起き上がる前にアレク様は胴を蹴り上げる。
 兵士は虫のように転がり、エルヴィーノ様がぱっと手を伸ばしてアレク様の腕をつかんで止める。
 「アレク様!」と私は叫んで、アレク様の傍に走り寄る。

 「ふざけるな領主如き卑小な存在が!
 クレメンティナは余の妃だ!言葉を慎め!
 帰って領主に言え!
 このアレッサンドロが相手だ、叩き潰されに来いと」
 「アレク!
 ちょっと待て!」

 そこにいた全員がアレク様の暴走を止めるべく言葉をかける。
 「落ち着いてくださいませ、アレク様。
 今はそこを追及している場合ではありませんわ」
 「一旦、協議しましょう。
 停戦交渉はこちらとしても何度も使者を送っていたのですから」
 
 にぃ兄様が言って、兵長に「一度外へ連れ出してください」と強い声で命じる。
 兵長は「はっ」と返事すると、苦労して兵士を起き上がらせて部屋を出て行った。

 「許さん、俺のクレメンティナをあんなふうに…」
 ぎりっと歯噛みして、アレク様は私を抱き寄せる。
 私はアレク様の胸に頬を寄せた。
 「わたくしは何も気にしておりません。
 アレク様のお気持ちは大変嬉しく思いますが…
 ここは、国民の安全と国の利益を一番にお考え下さいませ」

 アレク様はふっと吹きこぼし、それから私の髪をくしゃっと撫でて笑いだした。
 「これは参った。
 俺が、あのクレメンティナから諭されるとは…
 焼きが回ったなあ」
 
 え~アレク様に言われたくない。
 私がむっと頬を膨らませると、皆も笑い出した。
 がっはっはと笑うエセルバート様の声を久しぶりに聴いて、私の心は和む。
 大公城を出てから、皆厳しい表情で、笑うこともなかった。
 
 「セノフォンテの言う通り、これは考えようによっては渡りに船だ。
 食料の補給路を、ほぼこちらが押さえているから、このまま籠城しても時間の問題だと踏んだのだろう。
 何とか交渉の端緒をつかみたいと、クレメンティナ様の名を出したのだろうな。
 ちょっと情報の伝達が甘いようだけどね」
 オズヴァルド様が腕を組んで考え込むように言った。
 
 考え込んでいたエルヴィーノ様が顔を上げた。
 「俺が交渉に行こう。
 まさかクレメンティナを同道するわけにはいかないが」
 「いえ、行きます」
 私はエルヴィーノ様の言葉を遮って言葉をはさむ。

 「わたくしがお館…いえ、ペデルツィーニと話をいたします。
 あの男にたくさん言いたいことがあるわ。
 たとえ結果オーライで、今わたくしがここに在るとしても、あの男のせいで大変な目に遭ったのです。
 ヴァネッサの教育についても、今まで言えなかったけど、ちょっと言ってやらなくちゃ」
 
 まくしたてる私の言葉に、皆はぽかんとしていたが、やがてまた爆笑する。
 アレク様は私をぎゅっと抱きしめ「クレメンティナはホント、面白い奴だな」と笑いながら言った。
 
 「では…」
 「だけどそれはダメだ。
 どんな目に遭わされるか判ったものじゃない。
 人質に取られて今度は殺されてしまうかもしれないぞ」
 急に冷めた声で言って、アレク様は私の身体を離す。

 「ヴァネッサをこちらの人質にしてはどうでしょうか」
 にぃ兄様が提案する。
 「…いや、それでも弱いな。
 ペデルツィーニには多少の効果があるかもしれないが、隣国ラ・カドリナ国の人間にはヴァネッサが殺されたって痛くもかゆくもないだろう」

 エルヴィーノ様はそう言って、私をまっすぐに見て口を開いた。
 「俺に考えがある」



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