身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

文字の大きさ
126 / 172
第七章 焦土

6.避難所

しおりを挟む
 その日の夕方にはどうにか準備が整い、私たちはあまり多くの供は連れずに本拠地を発った。
 避難している女性たちの中から大柄な人たちに、ドレスを提供してもらってエルヴィーノ様の体形に合わせて急いで縫い直してもらった。
 お母様が陣頭指揮を執り、それはすごい速さで出来上がった。
 
 突然現れた私を見ても特段驚くこともなく、突拍子もないお願いにもさして動じず「畏まりました」とだけ答え、てきぱきと指示を出してみるみるうちに人を集め作業をこなしていくお母様を見て、私は改めてお母様という人に尊敬の念を深くした。

 お父様亡き後、こういう修羅場をいくつも(ここまで酷いものではないにせよ)乗り越えてこられたのだろう、たったおひとりで。
 私がいつまでもお傍にいてお母様を支えていきたかったけれど…

 でも。
 レオ兄様のお嫁様のカルロッタお義姉様が、お母様に常に寄り添って助けてくれている。
 お母様も厳しいながらも愛情をもって接しているようで、お二人の信頼関係が見て取れた。
 私はとても安心した半面、少し寂しかった。

 私の居場所はもう、ここではないのだきっと。
 私が都に居場所を見つけたように、ここではカルロッタお義姉様が必要とされている。
 これで良いのだ。

 そして驚くべきことに、手直ししたドレスを着て、面白がってる女性たちにメイクされたエルヴィーノ様は。
 …綺麗な女性にしか見えなかった。
 大柄なのは仕方ないとしても、なんでこんなに肌がきめ細かくてすべすべなのよぉ…
 私は場違いな嫉妬を覚える。

 面白半分に化粧した女性たちも、息を呑んで見つめている。
 「なんだ?
 そんなにおかしいか?
 いや、おかしいのは判っているが」
 恐らく、思っていたのとは違う周囲の反応に、怪訝そうに訊くエルヴィーノ様を見て私は笑ってしまった。

 「いえ、想像したより全然お似合いなので、皆ビックリしているのですわ」
 そう言うと、エルヴィーノ様は何とも言えない表情になる。
 「それは…まあ、作戦としては良かったのだろうが…
 何だか複雑だなあ」

 ぼやくエルヴィーノ様を伴って、急拵えの避難所から出る。
 建物はひどく粗末で、私は身重のカルロッタお義姉様や小さな子供のいる女性たちのためにも、早いところ停戦に持ち込みたいと強く思った。

 外で待ち構えていたにぃ兄様とエセルバート様がエルヴィーノ様を見て、一瞬目を瞠り、ぽかんと口を開けた。
 私は笑いを堪え、エルヴィーノ様はぶすっと不貞腐れたようにそっぽを向いた。

 「いや…これは…思ったよりすごいな」
 エルヴィーノ様を凝視しながらエセルバート様が呟き、にぃ兄様はうんうんと頷く。
 「いつまで間抜けづらしてんだ。
 行くぞ、馬車はどこだ」

 エルヴィーノ様は大股に歩いて二人の前を通り抜けると、すたすたと馬車の方へ向かった。
 私は慌てて後を追い、走るようにしてエルヴィーノ様に並ぶと、少し背伸びをして囁く。
 「エルヴィーノ様、女性はそんなに大股で歩きません。
 歩幅を小さくして、歩数を増やしてください」
 「判ってるよ」

 エルヴィーノ様は少し歩幅を小さくして歩みを遅くして、渋面のまま前を向いて答える。
 「あの二人があまりに面白がってるからさ。
 俺だって真面目にやってんだよこれでも」
 「判っておりますわ、感謝しております。
 エルヴィーノ様があまりにお綺麗だったから、お二人は驚かれているだけですわ」

 私が一生懸命に言うと、エルヴィーノ様は歩を止めて私を見下ろした。
 アイラインのせいでいつもより大きく、とても愛らしいカーブを描いた目尻を少し下げて微笑む。
 口角がきゅっと上がって、綺麗なラインの唇が開く。

 「ここでクレメンティナ…様に抱きついてキスでもしたら、皆驚くだろうな」
 えっ?
 美しい微笑から放たれた言葉の意味を解することができず、私は固まる。
 エルヴィーノ様は一瞬、切なく顔を歪め「冗談だよ、そんな顔すんな」と言って私を促して歩き、二頭立ての馬車の前に着くと、女性らしく綺麗なお辞儀をした。

 「ご乗車くださいませ、クレメンティナ様」
 大柄な侍女に少し引いていた御者が、声を聴いてぎょっとしたように動作を止める。
 姿は女性のようだけど、やっぱり声がなあ…
 私は、エルヴィーノ様はあまり話さないほうがいいなと思いながら御者に手を取られて馬車に乗り込んだ。

 エルヴィーノ様は「動きにくいな…」と呟きながら、驚きから醒めて急いで追いついてきたエセルバート様に手を取ってもらって乗り込み、私の隣に座る。
 エセルバート様は私たちの向かい側に乗ってきた。
 一気に馬車が狭く、圧迫感が満ちて、私は内心苦笑した。

 居るだけで周囲を威圧するエセルバート様がいてくだされば、安心だわ。
 エルヴィーノ様も、私を守ってくださる。

 扉が閉められ、馬車は領主館へ向けて出発した。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ

蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。 とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。 どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。 など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。 そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか? 毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...