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第七章 焦土
7.供の者
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御者台に乗ったにぃ兄様が道案内して、馬車はガラガラと音を響かせて進んで行く。
窓の外を眺めている私の目に、だんだん見知った懐かしい風景が広がってくる。
今は、私が領主館へ行くため、一時的に停戦しているとのことで、人の姿はなく妙に静かだった。
しかしその景色は、私の記憶にある美しい田園風景ではなかった。
遠くの山並みまで見渡せたはずの穏やかな緑色の景色は、一面に灰色に変わり、そこここから煙が上がって焦げ臭い臭いに満ちていた。
私は見ているうちに哀しみで胸がいっぱいになり、声を忍んで泣きだした。
あの美しいシエーラが…私の大好きなあの風景が、こんなふうに荒れ果ててむき出しの地面と散乱している瓦礫の山になってしまったなんて…
エルヴィーノ様が私の頭を抱き寄せて、頬を寄せた。
「辛いよな…
ごめんな、こんなところへ連れてきてしまって。
やはり見せるべきじゃなかったか」
私は涙を抑えようとしゃくりあげるのを堪えながら懸命に首を横に振る。
「わ…たくしが強引に参りましたのです。
こんな…ふうに、泣いてはいけないのは判っております、申し訳あり」
「いいよ、我慢しなくていいから」
エルヴィーノ様は私の言葉を遮って、優しく髪を撫でる。
私はその慈しむような切ない声と手の温もりに、耐えきれずに涙をこぼす。
「クレメンティナ…俺は」
「エルヴィーノ様、もう着きますよ」
何か囁こうとしたエルヴィーノ様に、エセルバート様が鋭く声をかける。
エルヴィーノ様はぐっと唇を噛み、私から身体を離した。
私はハンカチでぐいっと涙を拭き、顔を上げる。
「もう大丈夫でございます、申し訳ありませんでした」
私が微笑んで言うと、エルヴィーノ様は「そうか」と一言言って顔を背けた。
領主館も私の記憶とは違っていた。
あの牧歌的な雰囲気は面影もなく、たくさんの警護の兵士たちがものものしい表情と格好で立っている。
奥方様は大丈夫かしら。
ヴァネッサがいなくなったことで、精神に不調をきたしているという話だったけれど…
こんな戦場の真っただ中に取り残されて、さぞご不安なことだろう。
にぃ兄様が先頭に立ち、私とエルヴィーノ様、殿にエセルバート様が続いて、何重にも取り囲まれながら領主館の中に入った。
玄関ホールに、厳つい男性が一人いて「ようこそお越しくださいました、クレメンティナ殿」と太い声で言い、私たちを奥に案内する。
なんだっけ、この男の人、見たことある。
甲冑を着なれないようで、ガシャガシャと音がうるさい。
あちこちに厳しい表情の警備の兵の姿があり、広い玄関ホールは狭く感じた。
玄関ホールの先の、少し奥まった大きな広間にぞろぞろ連なって歩いていく。
扉の前で、案内してきた大男は振り返り、私の背後を見て大きな声で言った。
「お供は、ここまでで」
「それはできませんな」
エセルバート様がのんびりと言う。
大男はカッとしたように「クレメンティナひとりという約束だったはずだ」と大声を出す。
その場の空気がびりびりと震えるような声だったが、私を含め誰も動じない。
警護の兵がわざとらしく槍や剣を構える。
私はこの空気感で、相手の男は大した技術を持っていないのが判った。
にぃ兄様が言う。
「ほとんどお一人だろう、ラッザロ。
私が武術の心得など、微塵もないのは知っているだろ。
それに侍女くらい何だってんだ、身分ある女性が供も連れずに部屋に入れと言うのか?」
それを聴いたラッザロ(というんだった、思い出した)は、下品に顔を歪め、唇の端を上げて嗤う。
「はっ、クレメンティナが『身分ある女性』?
笑わせんなよ、農民の俺らより貧しい姿形して、家畜の世話までしてたくせに」
その言葉を聞いて、にぃ兄様、エルヴィーノ様がぴくっと身体を震わせる。
ビリっと空気が緊張し、ラッザロは臆したように黙った。
「まあ、では私はここに居ましょうかねえ。
この二人は入っても宜しいでしょう?」
ゆったりとした口調でエセルバート様が声をかける。
が、その言葉には有無を言わせぬ響きがあり、ラッザロは恫喝されたかのように身体をびくっと震わせた。
「わ、判った」
吃りながら答えると、扉の方を向いてノックし、ドアを開けて私を促した。
「入れ」
部屋には重いカーテンが引かれ、あまり多くの蝋燭が灯されておらず、廊下とあまり変わらない光量で暗かった。
「来たな、クレメンティナ」
咄嗟にお辞儀する私を、エルヴィーノ様が押しとどめる。
広間の奥に男が二人、居るのが見えた。
ひとりは痩せぎすで背の高い、神経質そうな男。
この暗い部屋でも色白なのが判る。
もうひとりはずんぐりむっくりの体形で、色黒の下品な顔を偉そうに歪めている、ペデルツィーニ。
顔色が悪いようだ。
「ずいぶん立派な格好しているじゃないか。
愛妾ごときが。
大公妃だなんて大ウソをついて凱旋したつもりか?」
窓の外を眺めている私の目に、だんだん見知った懐かしい風景が広がってくる。
今は、私が領主館へ行くため、一時的に停戦しているとのことで、人の姿はなく妙に静かだった。
しかしその景色は、私の記憶にある美しい田園風景ではなかった。
遠くの山並みまで見渡せたはずの穏やかな緑色の景色は、一面に灰色に変わり、そこここから煙が上がって焦げ臭い臭いに満ちていた。
私は見ているうちに哀しみで胸がいっぱいになり、声を忍んで泣きだした。
あの美しいシエーラが…私の大好きなあの風景が、こんなふうに荒れ果ててむき出しの地面と散乱している瓦礫の山になってしまったなんて…
エルヴィーノ様が私の頭を抱き寄せて、頬を寄せた。
「辛いよな…
ごめんな、こんなところへ連れてきてしまって。
やはり見せるべきじゃなかったか」
私は涙を抑えようとしゃくりあげるのを堪えながら懸命に首を横に振る。
「わ…たくしが強引に参りましたのです。
こんな…ふうに、泣いてはいけないのは判っております、申し訳あり」
「いいよ、我慢しなくていいから」
エルヴィーノ様は私の言葉を遮って、優しく髪を撫でる。
私はその慈しむような切ない声と手の温もりに、耐えきれずに涙をこぼす。
「クレメンティナ…俺は」
「エルヴィーノ様、もう着きますよ」
何か囁こうとしたエルヴィーノ様に、エセルバート様が鋭く声をかける。
エルヴィーノ様はぐっと唇を噛み、私から身体を離した。
私はハンカチでぐいっと涙を拭き、顔を上げる。
「もう大丈夫でございます、申し訳ありませんでした」
私が微笑んで言うと、エルヴィーノ様は「そうか」と一言言って顔を背けた。
領主館も私の記憶とは違っていた。
あの牧歌的な雰囲気は面影もなく、たくさんの警護の兵士たちがものものしい表情と格好で立っている。
奥方様は大丈夫かしら。
ヴァネッサがいなくなったことで、精神に不調をきたしているという話だったけれど…
こんな戦場の真っただ中に取り残されて、さぞご不安なことだろう。
にぃ兄様が先頭に立ち、私とエルヴィーノ様、殿にエセルバート様が続いて、何重にも取り囲まれながら領主館の中に入った。
玄関ホールに、厳つい男性が一人いて「ようこそお越しくださいました、クレメンティナ殿」と太い声で言い、私たちを奥に案内する。
なんだっけ、この男の人、見たことある。
甲冑を着なれないようで、ガシャガシャと音がうるさい。
あちこちに厳しい表情の警備の兵の姿があり、広い玄関ホールは狭く感じた。
玄関ホールの先の、少し奥まった大きな広間にぞろぞろ連なって歩いていく。
扉の前で、案内してきた大男は振り返り、私の背後を見て大きな声で言った。
「お供は、ここまでで」
「それはできませんな」
エセルバート様がのんびりと言う。
大男はカッとしたように「クレメンティナひとりという約束だったはずだ」と大声を出す。
その場の空気がびりびりと震えるような声だったが、私を含め誰も動じない。
警護の兵がわざとらしく槍や剣を構える。
私はこの空気感で、相手の男は大した技術を持っていないのが判った。
にぃ兄様が言う。
「ほとんどお一人だろう、ラッザロ。
私が武術の心得など、微塵もないのは知っているだろ。
それに侍女くらい何だってんだ、身分ある女性が供も連れずに部屋に入れと言うのか?」
それを聴いたラッザロ(というんだった、思い出した)は、下品に顔を歪め、唇の端を上げて嗤う。
「はっ、クレメンティナが『身分ある女性』?
笑わせんなよ、農民の俺らより貧しい姿形して、家畜の世話までしてたくせに」
その言葉を聞いて、にぃ兄様、エルヴィーノ様がぴくっと身体を震わせる。
ビリっと空気が緊張し、ラッザロは臆したように黙った。
「まあ、では私はここに居ましょうかねえ。
この二人は入っても宜しいでしょう?」
ゆったりとした口調でエセルバート様が声をかける。
が、その言葉には有無を言わせぬ響きがあり、ラッザロは恫喝されたかのように身体をびくっと震わせた。
「わ、判った」
吃りながら答えると、扉の方を向いてノックし、ドアを開けて私を促した。
「入れ」
部屋には重いカーテンが引かれ、あまり多くの蝋燭が灯されておらず、廊下とあまり変わらない光量で暗かった。
「来たな、クレメンティナ」
咄嗟にお辞儀する私を、エルヴィーノ様が押しとどめる。
広間の奥に男が二人、居るのが見えた。
ひとりは痩せぎすで背の高い、神経質そうな男。
この暗い部屋でも色白なのが判る。
もうひとりはずんぐりむっくりの体形で、色黒の下品な顔を偉そうに歪めている、ペデルツィーニ。
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