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第七章 焦土
8.交渉
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私は内心の憤り悔しさ無念といった感情を押し殺し、にこっと微笑んでみせた。
南部訛りを封印して、もうすっかり馴染んでしまった綺麗な都の発音で話す。
「お久しぶりね、ペデルツィーニ。
わたくしはこんなに変わったのに、あなたは傲慢な田舎者のまま相変わらずね。
こんな田舎には、わたくしが愛妾候補でもないのに大公妃になったというニュースはまだ届いていないのかしら」
ペデルツィーニの顔がみるみるうちに赤くなる。
「なん…だと…
こいつ、誰に向かってそんな口をきいてるんだ!」
私はふっと笑って「我が大公国の南端の、いち豪族領主よ」と言い放つ。
「伯爵相当の地位が聞いて呆れるわ。
宰相に調べてもらったのよ。
貴族名鑑にも紳士録にも、ましてお城所蔵の記録にもシエーラのペデルツィーニ伯爵などという人物はどこにも載ってなかった。
叙爵の年号を言ってごらんなさい?」
ペデルツィーニは今度は青くなる。
「何を…
この、小娘が!
お前の親や、兄がどうなっても良いのか!
今すぐにでも、奴らを捕らえて首を刎ねてやったっていいんだぞ!」
まぁ、テンプレートなお答え。
あっさい知識でうっすい言葉をがなり散らす、お得意の展開ね。
「それは無理よ。
セノフォンテお兄様はヴァラリオーティ侯爵の三男でいらっしゃって、トランクウィッロ伯爵の令嬢とご結婚なさるのよ」
「なんだと!
あの、裏切り者のヴァラリオーティの息子だと?!」
仰天したようにペデルツィーニが大声を出す。
その時、ひょろっと青白い男が億劫そうに口をはさんだ。
「内輪もめはそれくらいにしてもらえますかな。
…貴公の虚言癖には気づいていましたが、これほどまでとは…
ヴァラリオーティ侯爵が最初から本当に貴公の味方だったのか、それすらも怪しくなってきたな。
まあ、貴公の甘言にうかうかと乗せられてしまった私も愚かだったが…」
ぐっと言葉に詰まるペデルツィーニを横目に、にぃ兄様が隣国の領主バルベルデに声をかける。
「この男と組むのは、得策ではありませんよ。
停戦に合意していただいた方が、貴殿にも、またお国にも傷が少なくかつ利益になることもあるでしょう」
「ほう、利益…とは」
バルベルデは細い口髭をつまみ、心持ち身を乗り出す。
なんだかなぁ…
このおじさん、さっきペデルツィーニに騙されたっぽいこと言ってたけど、あなた自身も相当信じやすいっていうか騙されやすい人なのでは…
私が呆れていると、にぃ兄様は少し声を潜め、内緒話をするように少し前に出る。
「ここだけの話ですが、大公陛下は大公妃にぞっこんでしてね。
妃陛下をご自分のお命のように大切に思って扱っていらっしゃる。
ここでお妃様と和平条約を締結する運びとなれば、あなたの功績を大公陛下がどうご判断なさるかは、」
もうお判りですよね?
というように意味ありげに微笑んだ。
バルベルデは、うーんと唸って私を見る。
「黙れ!そんなのは大嘘だ!
クレメンティナが、大公に愛されているだと?
俺の娘を駆け落ちに追いやって家出させ、俺を騙して自分がまんまと愛妾候補になりおって!
没落貴族ではとても愛妾候補になどなれやしないからな!
俺の地位や権力を利用したんだ!」
吠えるように言うと「娘を!どこへやった!返せ、ヴァネッサを!」と私につかみかかろうとする。
私は5か月半前の、あの恐怖が甦って、咄嗟に後ずさる。
私の前にぱっと立ちふさがったのは、エルヴィーノ様とにぃ兄様だった。
背の高いお二人に見下ろされ、真っ青になったペデルツィーニは視線を彷徨わせて口角泡を飛ばしながら大声で叫ぶ。
「衛兵!ラッザロ!皆の者!
こいつらをつまみ出せ!
話にならん!」
扉の外では、ドタドタとかガッシャーンとかすごい音がしているけど、誰も入ってくる様子はない。
「交渉決裂か、仕方ないな」
エルヴィーノ様が呟くと、スカートをたくし上げて足に巻き付けたホルダーから短剣を抜いた。
「ああ、クレメンティナをここまで貶めた罪は重い」
にぃ兄様も袖から短い剣を出す。
私も細身の剣をパニエの間から取り出した。
「!クレメンティナ!」
驚くにぃ兄様とエルヴィーノ様を見て、私はその反応を訝しく思う。
「だって、丸腰で行くなんて怖すぎるわ。
身体検査されたらどうしようとは思ったけど…大丈夫だったし。
お母様も特に何も仰らなかったわ」
私が言うと、お二人ははぁーっとため息をつく。
「そこは止めて欲しかったよ母上…」
「さすが母娘…そっくりだな」
声を上げて向かってくる兵たちを私をかばいながら次々に薙ぎ払う。
エルヴィーノ様は動きにくい長いドレスを着ていながら、まるで重さを感じさせない軽快なフットワークで動き回る。
驚いたのはにぃ兄様で、不器用な感じながらも、的確に敵の弱点を突いて怯ませている。
「!!」
広間の奥の扉から逃げ出そうとするペデルツィーニとバルベルデに気づき、にぃ兄様が「待てっ!」と大きな声を上げた。
その時、背後のドアがばんっと開いて「お父様!」と叫びながら入ってきたのは。
「ヴァネッサ!
どうしてここへ?!」
南部訛りを封印して、もうすっかり馴染んでしまった綺麗な都の発音で話す。
「お久しぶりね、ペデルツィーニ。
わたくしはこんなに変わったのに、あなたは傲慢な田舎者のまま相変わらずね。
こんな田舎には、わたくしが愛妾候補でもないのに大公妃になったというニュースはまだ届いていないのかしら」
ペデルツィーニの顔がみるみるうちに赤くなる。
「なん…だと…
こいつ、誰に向かってそんな口をきいてるんだ!」
私はふっと笑って「我が大公国の南端の、いち豪族領主よ」と言い放つ。
「伯爵相当の地位が聞いて呆れるわ。
宰相に調べてもらったのよ。
貴族名鑑にも紳士録にも、ましてお城所蔵の記録にもシエーラのペデルツィーニ伯爵などという人物はどこにも載ってなかった。
叙爵の年号を言ってごらんなさい?」
ペデルツィーニは今度は青くなる。
「何を…
この、小娘が!
お前の親や、兄がどうなっても良いのか!
今すぐにでも、奴らを捕らえて首を刎ねてやったっていいんだぞ!」
まぁ、テンプレートなお答え。
あっさい知識でうっすい言葉をがなり散らす、お得意の展開ね。
「それは無理よ。
セノフォンテお兄様はヴァラリオーティ侯爵の三男でいらっしゃって、トランクウィッロ伯爵の令嬢とご結婚なさるのよ」
「なんだと!
あの、裏切り者のヴァラリオーティの息子だと?!」
仰天したようにペデルツィーニが大声を出す。
その時、ひょろっと青白い男が億劫そうに口をはさんだ。
「内輪もめはそれくらいにしてもらえますかな。
…貴公の虚言癖には気づいていましたが、これほどまでとは…
ヴァラリオーティ侯爵が最初から本当に貴公の味方だったのか、それすらも怪しくなってきたな。
まあ、貴公の甘言にうかうかと乗せられてしまった私も愚かだったが…」
ぐっと言葉に詰まるペデルツィーニを横目に、にぃ兄様が隣国の領主バルベルデに声をかける。
「この男と組むのは、得策ではありませんよ。
停戦に合意していただいた方が、貴殿にも、またお国にも傷が少なくかつ利益になることもあるでしょう」
「ほう、利益…とは」
バルベルデは細い口髭をつまみ、心持ち身を乗り出す。
なんだかなぁ…
このおじさん、さっきペデルツィーニに騙されたっぽいこと言ってたけど、あなた自身も相当信じやすいっていうか騙されやすい人なのでは…
私が呆れていると、にぃ兄様は少し声を潜め、内緒話をするように少し前に出る。
「ここだけの話ですが、大公陛下は大公妃にぞっこんでしてね。
妃陛下をご自分のお命のように大切に思って扱っていらっしゃる。
ここでお妃様と和平条約を締結する運びとなれば、あなたの功績を大公陛下がどうご判断なさるかは、」
もうお判りですよね?
というように意味ありげに微笑んだ。
バルベルデは、うーんと唸って私を見る。
「黙れ!そんなのは大嘘だ!
クレメンティナが、大公に愛されているだと?
俺の娘を駆け落ちに追いやって家出させ、俺を騙して自分がまんまと愛妾候補になりおって!
没落貴族ではとても愛妾候補になどなれやしないからな!
俺の地位や権力を利用したんだ!」
吠えるように言うと「娘を!どこへやった!返せ、ヴァネッサを!」と私につかみかかろうとする。
私は5か月半前の、あの恐怖が甦って、咄嗟に後ずさる。
私の前にぱっと立ちふさがったのは、エルヴィーノ様とにぃ兄様だった。
背の高いお二人に見下ろされ、真っ青になったペデルツィーニは視線を彷徨わせて口角泡を飛ばしながら大声で叫ぶ。
「衛兵!ラッザロ!皆の者!
こいつらをつまみ出せ!
話にならん!」
扉の外では、ドタドタとかガッシャーンとかすごい音がしているけど、誰も入ってくる様子はない。
「交渉決裂か、仕方ないな」
エルヴィーノ様が呟くと、スカートをたくし上げて足に巻き付けたホルダーから短剣を抜いた。
「ああ、クレメンティナをここまで貶めた罪は重い」
にぃ兄様も袖から短い剣を出す。
私も細身の剣をパニエの間から取り出した。
「!クレメンティナ!」
驚くにぃ兄様とエルヴィーノ様を見て、私はその反応を訝しく思う。
「だって、丸腰で行くなんて怖すぎるわ。
身体検査されたらどうしようとは思ったけど…大丈夫だったし。
お母様も特に何も仰らなかったわ」
私が言うと、お二人ははぁーっとため息をつく。
「そこは止めて欲しかったよ母上…」
「さすが母娘…そっくりだな」
声を上げて向かってくる兵たちを私をかばいながら次々に薙ぎ払う。
エルヴィーノ様は動きにくい長いドレスを着ていながら、まるで重さを感じさせない軽快なフットワークで動き回る。
驚いたのはにぃ兄様で、不器用な感じながらも、的確に敵の弱点を突いて怯ませている。
「!!」
広間の奥の扉から逃げ出そうとするペデルツィーニとバルベルデに気づき、にぃ兄様が「待てっ!」と大きな声を上げた。
その時、背後のドアがばんっと開いて「お父様!」と叫びながら入ってきたのは。
「ヴァネッサ!
どうしてここへ?!」
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