身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第七章 焦土

9.ヴァネッサの乱入

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 「お父様!待って!
 私よヴァネッサよ!」 
 ヴァネッサは髪を振り乱し、大声でペデルツィーニの背に向かって叫ぶ。

 ペデルツィーニはその声を聴いて、弾かれたように足を止めて振り向く。
 「…ヴァネッサか?!
 本当に?!」

 ヴァネッサは走ってペデルツィーニに抱きついた。
 ペデルツィーニもヴァネッサの背に手を回して抱きしめる。
 「心配かけてごめんなさい!
 クレメンティナが…都で娼婦をしていた私を探し出して助けてくれたの!」
 
 「娼婦…だと?
 どうして、お前が、、」
 「山賊に襲われて…ダニエーレが私を置き去りに逃げたの。
 それで都へ連れて行かれて、売られたの…」

 ヴァネッサの涙ながらの言葉を聞いて、ペデルツィーニはヴァネッサの身体を引きはがすようにして自分から離した。
 ヴァネッサの肩をつかみ、揺さぶって大声で言う。
 「ヴァネッサ・ペデルツィーニが…娼婦だと?!
 何かの間違いだろ、なあ!
 そんな汚らわしい…」
 「お父様、痛い!
 ごめんなさい、でも…」

 痛がるヴァネッサの肩を揺さぶり、目をぎらつかせてペデルツィーニは続ける。
 「じゃあ、クレメンティナもそうなんだな?!
 娼館で会ったってことは…クレメンティナも娼婦だったんだな?!」

 「違うわ!
 クレメンティナは、そこにいらっしゃるエルヴィーノ・ヴァラリオーティ様に助けられて、首都の大公様の別宅にいたのよ。
 私の身請けのお金は、エルヴィーノ様が支払ってくださったの!」
 ヴァネッサの悲鳴のような声に、ペデルツィーニの身体からがくんと力が抜け、うつろな表情で呟くように言った。

 「どうして…なぜこんなことになったんだ。
 同じように山賊に襲われたのに…どうして逆じゃなかったんだ」
 「私が悪かったの!
 ごめんなさいお父様、我儘ばかり言って反省してる。
 お父様とお母様を助けて生きていきたい。
 だから、こんな反乱は止めて、お願い」

 呆然自失の体で立ち尽くすペデルツィーニの姿は哀れで、嘆願するヴァネッサの声は悲痛で、私の胸は痛んだ。
 ペデルツィーニの言う通り、私とヴァネッサの立場は逆だったかもしれないのだ。
 そしてヴァネッサが山賊討伐隊に助けられ、名前を名乗ってシエーラに帰されていたならば。
 ペデルツィーニはこんな無謀な蜂起は、しなかったかもしれない。

 大広間の中の敵兵は、エルヴィーノ様とにぃ兄様がすべて倒してしまっていた。
 メイド用の簡素なドレスとはいえ、動きにくい服を纏ってあれだけ動いたのに、息ひとつ切らさずに私の後ろに立ったエルヴィーノ様は、私の肩を抱いて頭に頬を寄せる。

 「クレメンティナが泣くことじゃない。
 あいつの言ってることは結果論で、クレメンティナだっていろんな事情に縛られて、つらい思いをたくさんしてきたんだ。
 そもそも、ヴァネッサが大人しく愛妾候補として都に来ていれば、こんなことにはならなかったんだ」
 「そうだよ、悪いのはすべてペデルツィーニだ。
 結果として、今こうしているとしても、それはあいつのお陰じゃない。
 あいつが何をしたのか、しているのか、しようとしているのか、すべてペデルツィーニ自身が償うべきことだ」

 エルヴィーノ様とにぃ兄様はこもごもに言う。
 私は頷いて、顔を上げた。

 ペデルツィーニは悔しそうに拳を振る。
 「ヴァネッサがこんな…汚らわしい状態になって帰ってくるなんて最悪だ。
 こんなことなら、帰ってこないほうが良かった」
 「そんな…」
 ひどい言葉に、ヴァネッサは言葉を失くして立ち尽くす。

 「それはあまりにむごいわ、ペデルツィーニ!
 ヴァネッサがどんな思いで過ごしていたか…」
 私は思わず声をかける。

 あのワガママお嬢だったヴァネッサが、こんなふうに素直に従順になった背景には、どれだけの猛省があったことだろう。
 その猛省を生かし、幼いけれど澄んだ瞳でこの世界を見ようとしているヴァネッサに、そんな言葉を投げつけるなんて。

 もっと私が言おうとしたとき、ペデルツィーニが出ようとしていた広間の奥の扉から「…ヴァネッサ!」とか弱い声が聞こえて、よろよろと姿を現したのは…
 「お母様!」
 ヴァネッサは叫ぶと、ペデルツィーニの横をすり抜けて広間の扉に向けて走った。

 「ヴァネッサ!
 …ああ、本当にヴァネッサなのね」
 ヴァネッサにすがるように抱きつく奥方様の姿は…見ていられないくらいのやつれようで、私は目を逸らした。

 「お母様、ごめんなさい本当に…」
 ヴァネッサは号泣し、奥方様は天を仰いで「神様、感謝します」と呟いて涙をこぼした。
 
 

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