141 / 172
第八章 領主館
1.領主館へ
しおりを挟む
私たちは思わず顔を見合わせ、各々の顔に自らと同じ懸念を見て取る。
ヴァネッサに、恐らく何かあったのだ。
「すぐ行く!
もう少し詳細な情報、それから残っている兵たちをかき集めろ!」
エルヴィーノ様が大きな声で天幕の外へ向かって声をかけ、私たちはそれを合図にしたように動き出す。
外の声は「はっ!」と答え、天幕の外にいる兵たちも大きな声で召集をかけながら離れて行くのが聞こえた。
アレク様も立ち上がり、にぃ兄様と私はアレク様の身体を気遣いながら鞣革のアンダーウェア、鎖帷子、そして甲冑を着せる。
「アレク様、大丈夫ですか」
「大丈夫だよ誰に向かって言ってんだ」
傷の様子を気にして話しかける私に、アレク様はむっとしたように答える。
「アレクは昔から無鉄砲でねえ。
俺が医者になったのも、アレクが無茶して怪我ばっかりしてて、それを何故か俺とエルヴィーノが周りの大人に叱られる理不尽から逃げたかったからさ」
オズヴァルド様が笑いながら言う。
エルヴィーノ様も「そうだ、俺も。それで近衛に入ったんだ」と言って少し笑う。
「なんだそれ、俺のせいにばかりするなよ。
お前らだって結構やらかしてたじゃないか。
俺が爺やから叱られることだっていっぱいあったんだぞ」
子供のような口調でアレク様が言い返す。
こんな時だけど、幼馴染同士の気の置けない会話に和む。
レオ兄様やにぃ兄様も穏やかな表情をして、他愛無い言い合いに耳を傾けていた。
アレク様の支度が終わると、アレク様は手招きし私たちは円になった。
「行くぞ。
ここで決着つける」
アレク様は凛とした声を張り、兄様方やエルヴィーノ様オズヴァルド様は「はっ!」と声を揃えた。
私も一緒に行く、という決意を込めてアレク様を見上げる。
アレク様は斜めに私を見おろして、ふっと噴き出した。
「…判ってるよ、一緒に来いクレメンティナ。
ヴァネッサとやらを助けたいんだろう。
俺の傍を離れるなよ」
私は嬉しくて「はいっ」と返事してアレク様に寄り添う。
アレク様は私の髪をくしゃっと撫でて「行くぞ!」と言い、開けられた天幕の入り口を出た。
小高い丘の上にも黒い煙と様々なものが焼ける臭いが漂ってくる。
ヴァネッサ!
無事でいてお願い。
私は祈りながら馬の鐙に足をかけて、にぃ兄様に支えてもらいながら馬に乗る。
いつの間にかたくさんの騎士兵士が丘の上にも下にも集まっていた。
鎧が破断している者や槍が折れている者など、装備に破綻をきたしている者も多かったが、皆表情は凛々しく気力が漲っているのが判る。
エルヴィーノ様の号令の下、アレク様や私たちを先頭に(皆に反対されたが、譲らなかった)隊列は動き出す。
私はすぐ後ろにいるにぃ兄様の横に並んで、ずっと気になっていたことを訊いてみた。
「シエーラに着いてからずっと気になっていたの。
わが国の兵が足りないとか減っているとか、先ほども残っている者をかき集めろとか…
それにアレク様自らゲリラ戦に打って出るとか…
そんなに味方に損害が出ているの?
お館…ペデルツィーニの連合軍はそんなに強いの?」
にぃ兄様はバイザーを上げ、私を見た。
少し微笑んでいるように見える。
「いや、味方の損害は、思ったより少なくて済んでいる。
けど兵は足りない。
何故かと言うとね、たかが南部地方の蜂起に中央の兵を全部連れてくるわけにはいかないから、他地方からの寄せ集めの兵の俄か軍が結成された経緯がある」
私はバシネットを通して聞こえる、にぃ兄様のくぐもった声に懸命に耳を澄ます。
「永らくこのダリスカーナ大公国は、内紛はちょこちょこあったものの、対外的にはまあ平和だった。
大公殿下であられるアレク様の外交手腕の凄さにも起因するのだけど。
だから中央と地方の軍事組織との連携がいまひとつで、それがこんなに苦戦を強いられてる理由の一つだな。
こちらの命令を理解できずに兵を引き上げてしまう貴族がいた」
「それから傭兵。
ああいう人たちは元々、国に対する忠義心なんかは皆無だから。
契約期間前に黙って離脱していく者や略奪に走るものもいて、給料を上げてもなかなかね」
ふう、と息を吐いて、にぃ兄様は周りに素早く目を遣る。
声を潜めて言葉を続ける。
「愛妾候補をあれだけ大々的に募っておきながら結局、突然の大公殿下の恋愛でお妃交代劇という大事件になってしまった。
しかも新大公妃は、このシエーラの蜂起の張本人の姪だ。
それで兵を出せと言われても、納得できない、という貴族がいるのも…事実なんだ」
私は身体が一瞬で冷えるような気がした。
甲冑の内で細かく身体が震える。
言われてみれば、にぃ兄様の言うとおりだ。
ダリスカーナ大公国軍が苦戦を強いられているのは、私のせいでもあるんだ。
私の手綱を持つ手が震えているのに気づいたにぃ兄様は、慌てたように手を伸ばして私の腕を優しく叩く。
「だからと言って、クレメンティナが気に病むことではないよ。
まずはこの戦を終わらせて、ヴァネッサ嬢ちゃんを救い出す。
それから、アレク様とクレメンティナがこの国を賢く治めていくように努力なされば、今は良い感情を持っていない貴族たちもきっと理解してくれる。
私たちもそれを全力でお支えするから」
涙をこぼすまいと、私は懸命にうなずいた。
そうだ。
まず、今やらなければいけないこと。
それを見失ってはいけない。
ヴァネッサに、恐らく何かあったのだ。
「すぐ行く!
もう少し詳細な情報、それから残っている兵たちをかき集めろ!」
エルヴィーノ様が大きな声で天幕の外へ向かって声をかけ、私たちはそれを合図にしたように動き出す。
外の声は「はっ!」と答え、天幕の外にいる兵たちも大きな声で召集をかけながら離れて行くのが聞こえた。
アレク様も立ち上がり、にぃ兄様と私はアレク様の身体を気遣いながら鞣革のアンダーウェア、鎖帷子、そして甲冑を着せる。
「アレク様、大丈夫ですか」
「大丈夫だよ誰に向かって言ってんだ」
傷の様子を気にして話しかける私に、アレク様はむっとしたように答える。
「アレクは昔から無鉄砲でねえ。
俺が医者になったのも、アレクが無茶して怪我ばっかりしてて、それを何故か俺とエルヴィーノが周りの大人に叱られる理不尽から逃げたかったからさ」
オズヴァルド様が笑いながら言う。
エルヴィーノ様も「そうだ、俺も。それで近衛に入ったんだ」と言って少し笑う。
「なんだそれ、俺のせいにばかりするなよ。
お前らだって結構やらかしてたじゃないか。
俺が爺やから叱られることだっていっぱいあったんだぞ」
子供のような口調でアレク様が言い返す。
こんな時だけど、幼馴染同士の気の置けない会話に和む。
レオ兄様やにぃ兄様も穏やかな表情をして、他愛無い言い合いに耳を傾けていた。
アレク様の支度が終わると、アレク様は手招きし私たちは円になった。
「行くぞ。
ここで決着つける」
アレク様は凛とした声を張り、兄様方やエルヴィーノ様オズヴァルド様は「はっ!」と声を揃えた。
私も一緒に行く、という決意を込めてアレク様を見上げる。
アレク様は斜めに私を見おろして、ふっと噴き出した。
「…判ってるよ、一緒に来いクレメンティナ。
ヴァネッサとやらを助けたいんだろう。
俺の傍を離れるなよ」
私は嬉しくて「はいっ」と返事してアレク様に寄り添う。
アレク様は私の髪をくしゃっと撫でて「行くぞ!」と言い、開けられた天幕の入り口を出た。
小高い丘の上にも黒い煙と様々なものが焼ける臭いが漂ってくる。
ヴァネッサ!
無事でいてお願い。
私は祈りながら馬の鐙に足をかけて、にぃ兄様に支えてもらいながら馬に乗る。
いつの間にかたくさんの騎士兵士が丘の上にも下にも集まっていた。
鎧が破断している者や槍が折れている者など、装備に破綻をきたしている者も多かったが、皆表情は凛々しく気力が漲っているのが判る。
エルヴィーノ様の号令の下、アレク様や私たちを先頭に(皆に反対されたが、譲らなかった)隊列は動き出す。
私はすぐ後ろにいるにぃ兄様の横に並んで、ずっと気になっていたことを訊いてみた。
「シエーラに着いてからずっと気になっていたの。
わが国の兵が足りないとか減っているとか、先ほども残っている者をかき集めろとか…
それにアレク様自らゲリラ戦に打って出るとか…
そんなに味方に損害が出ているの?
お館…ペデルツィーニの連合軍はそんなに強いの?」
にぃ兄様はバイザーを上げ、私を見た。
少し微笑んでいるように見える。
「いや、味方の損害は、思ったより少なくて済んでいる。
けど兵は足りない。
何故かと言うとね、たかが南部地方の蜂起に中央の兵を全部連れてくるわけにはいかないから、他地方からの寄せ集めの兵の俄か軍が結成された経緯がある」
私はバシネットを通して聞こえる、にぃ兄様のくぐもった声に懸命に耳を澄ます。
「永らくこのダリスカーナ大公国は、内紛はちょこちょこあったものの、対外的にはまあ平和だった。
大公殿下であられるアレク様の外交手腕の凄さにも起因するのだけど。
だから中央と地方の軍事組織との連携がいまひとつで、それがこんなに苦戦を強いられてる理由の一つだな。
こちらの命令を理解できずに兵を引き上げてしまう貴族がいた」
「それから傭兵。
ああいう人たちは元々、国に対する忠義心なんかは皆無だから。
契約期間前に黙って離脱していく者や略奪に走るものもいて、給料を上げてもなかなかね」
ふう、と息を吐いて、にぃ兄様は周りに素早く目を遣る。
声を潜めて言葉を続ける。
「愛妾候補をあれだけ大々的に募っておきながら結局、突然の大公殿下の恋愛でお妃交代劇という大事件になってしまった。
しかも新大公妃は、このシエーラの蜂起の張本人の姪だ。
それで兵を出せと言われても、納得できない、という貴族がいるのも…事実なんだ」
私は身体が一瞬で冷えるような気がした。
甲冑の内で細かく身体が震える。
言われてみれば、にぃ兄様の言うとおりだ。
ダリスカーナ大公国軍が苦戦を強いられているのは、私のせいでもあるんだ。
私の手綱を持つ手が震えているのに気づいたにぃ兄様は、慌てたように手を伸ばして私の腕を優しく叩く。
「だからと言って、クレメンティナが気に病むことではないよ。
まずはこの戦を終わらせて、ヴァネッサ嬢ちゃんを救い出す。
それから、アレク様とクレメンティナがこの国を賢く治めていくように努力なされば、今は良い感情を持っていない貴族たちもきっと理解してくれる。
私たちもそれを全力でお支えするから」
涙をこぼすまいと、私は懸命にうなずいた。
そうだ。
まず、今やらなければいけないこと。
それを見失ってはいけない。
0
あなたにおすすめの小説
無能令嬢、『雑役係』として辺境送りされたけど、世界樹の加護を受けて規格外に成長する
タマ マコト
ファンタジー
名門エルフォルト家の長女クレアは、生まれつきの“虚弱体質”と誤解され、家族から無能扱いされ続けてきた。
社交界デビュー目前、突然「役立たず」と決めつけられ、王都で雑役係として働く名目で辺境へ追放される。
孤独と諦めを抱えたまま向かった辺境の村フィルナで、クレアは自分の体調がなぜか安定し、壊れた道具や荒れた土地が彼女の手に触れるだけで少しずつ息を吹き返す“奇妙な変化”に気づく。
そしてある夜、瘴気に満ちた森の奥から呼び寄せられるように、一人で足を踏み入れた彼女は、朽ちた“世界樹の分枝”と出会い、自分が世界樹の血を引く“末裔”であることを知る——。
追放されたはずの少女が、世界を動かす存在へ覚醒する始まりの物語。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ
蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。
とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。
どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。
など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。
そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか?
毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる