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第八章 領主館
16.勝敗
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私は姿勢を整えて、一度大きく深呼吸した。
ヘイデンスタムの後方で、シプリアノが少し面をあげて、楽しそうに私を見ている。
見世物じゃないのよ、もう。
そう思いながらも、私は気分が高揚してくるのを抑えられなかった。
私が選んだこの詩は抒情詩で、世界中の国を巡る男の壮大な旅の歌だ。
美しい旅の情景と重ねて、居なくなった恋人を思う切ない気持ちが織り込まれている
『とても長い歌なので、途中端折りましょう』
とヘイデンスタムが言って、端折る個所を指示してくれる。
私はうなずいて、歌いだした。
ヘイデンスタムやラ・カドリナ国の人たちが驚いたようにぽかんと口を開けている。
私は可笑しさを堪えながら歌っていたが、だんだんに詩の世界に自分自身の感情を預けて没頭していった。
途中途中を端折りながら、それでも歌はおしまいに近づいてくる。
最後は失った恋人とまた巡り合ってハッピーエンドを迎えるところが、私がこの曲を好きな理由でもある。
私は名残惜しく思いながら、クレッシェンドしていく。
すると弦楽器をかき鳴らす、美しい調べが聞こえてきた。
見ると、ヘイデンスタムがリウト(リュート)を構えていた。
私を見て、続けて、と言うように首を傾げてみせる。
一際美しい旋律に乗せて、私は響けと願いながら身体の中に溜まったエネルギーを放出するように声を出す。
これまでのことが走馬灯のように目の前に現れては消えた。
私、さまざまな偶然が重なって、周りの人々に助けていただきながら今、ここに立っている。
山賊から助けてくれた山賊討伐隊の館で会った隊長様が、都の重臣のご子息で私の従兄弟で、にぃ兄様の本当のお兄様で。
エルヴィーノ様から私を預かって、都まで連れてきてくれたアレク様が実は大公様で、宮廷の旧い体制を一掃するために暴君を演じていたけど見事に果たして、私に愛妾ではなく大公妃になって欲しいと言ってくださって。
大公妃になるなんて思ってもみなかったけど、アレク様となら、踏ん張っていこうと思える。
セレスティナ王女のような方はこれからたくさん現れるだろう。
アレク様の愛情に頼るばかりではなく、自分でアレク様のお傍にいる立場を守り抜いていかなければならない。
私はもう、田舎の貧乏子爵の令嬢ではなく、大国の大公妃なのだ。
自らの中から湧き上がってくる力強い思いと共に、最後の節を歌い終えた。
お辞儀をした途端、「bravo!」とあちこちから声が聞こえて、広間に拍手が鳴り響いた。
顔を上げると、ダリスカーナ側のお三方は立ち上がり、オズヴァルド様とシプリアノも顔を上げて拍手している。
ヘイデンスタムもリウトを脇に抱えて、周りにいるお城の使用人も手を叩いている。
そして、ロレンシオ王子も目を見開いて、拍手してくれていた。
鳴りやまぬ拍手に戸惑っていると、『いやいや、お見逸れしました』とヘイデンスタムがようやく言った。
『大公妃様は素晴らしい美声の持ち主でいらっしゃいますね。
世界各地を長年旅してきたわたくしでも、なかなかお目にかかったことがない。
拙作がまるで名歌のように聞こえて、しかも大国二国の王様にお聞きいただけてわたくしも非常に光栄ですよ』
にこりと笑ってお辞儀すると、レセンデス王とアレク様の方へ向き直り話し出した。
『お二方とも素晴らしかったです。
それぞれのお国の珠玉の女性たちであられる』
『二国のお姫様お妃様方の教養を競う場面で、わたくしは審査員という大役を仰せつかりました。
最初は正直なところ、面倒なことに巻き込まれてしまったなあと思っていたのですが、この素晴らしい場に居合わせられたことを、今は最高に幸甚に存じています。
そして、肝心の審査でございますが…』
一度言葉を切り、瞳をぱちっと瞬かせて、また口を開いた。
『ダリスカーナ大公国のクレメンティナ大公妃様、に軍配を上げたいと存じます』
「クレメンティナ!」
アレク様が駆け寄ってきて私をぎゅーっと抱きしめる。
私はほっとしてアレク様の胸の中で目を閉じた。
『おとうさまあ!』
セレスティナ王女の泣き声が聞こえる。
『おお、可愛いセレスティナ。
残念だが、こうなってしまっては仕方ない。
アレッサンドロ殿よりも立派な結婚相手を見つけてやるから。
泣くのはお止し』
レセンデス王は早口で言うと『そんなことよりロレンシオ!』とせっかちに呼ぶ。
ぼーっと座っているロレンシオ王子に近寄り肩をつかむ。
『早く準備をしろ!
都の重臣たちが来る前に、サルディネロ大将軍と協議して領土分配の草案を作らねば』
『あ…はい』
ロレンシオ王子は夢から覚めたように何度か瞬きをし、私をじっと見つめて少し赤くなった。
『というわけでアレッサンドロ殿。
この度の縁談はこちらが引くとしよう。
田舎出の娘にしてはまあまあの素養があるようだ。
朕の大切な王女には、そのような田舎娘を好む、モノ好きなそなたよりももっと似合う世界一の男を見つけるから』
『今宵はこれで散会とする。
明日、また改めて話し合うという予定でよろしくお願いする』
すごい勢いで一気にそう言うと、レセンデス王はさっさと侍従に命じて広間を出て行く。
その後をロレンシオ王子とサルディネロ大将軍、そして泣きじゃくりながらセレスティナ王女が追っていった。
「えらいせっかちな王様でいらっしゃる…」
ダリスカーナ語で呆れたように呟いたヘイデンスタムの言葉に、私たちは思わずくすっと笑った。
ヘイデンスタムの後方で、シプリアノが少し面をあげて、楽しそうに私を見ている。
見世物じゃないのよ、もう。
そう思いながらも、私は気分が高揚してくるのを抑えられなかった。
私が選んだこの詩は抒情詩で、世界中の国を巡る男の壮大な旅の歌だ。
美しい旅の情景と重ねて、居なくなった恋人を思う切ない気持ちが織り込まれている
『とても長い歌なので、途中端折りましょう』
とヘイデンスタムが言って、端折る個所を指示してくれる。
私はうなずいて、歌いだした。
ヘイデンスタムやラ・カドリナ国の人たちが驚いたようにぽかんと口を開けている。
私は可笑しさを堪えながら歌っていたが、だんだんに詩の世界に自分自身の感情を預けて没頭していった。
途中途中を端折りながら、それでも歌はおしまいに近づいてくる。
最後は失った恋人とまた巡り合ってハッピーエンドを迎えるところが、私がこの曲を好きな理由でもある。
私は名残惜しく思いながら、クレッシェンドしていく。
すると弦楽器をかき鳴らす、美しい調べが聞こえてきた。
見ると、ヘイデンスタムがリウト(リュート)を構えていた。
私を見て、続けて、と言うように首を傾げてみせる。
一際美しい旋律に乗せて、私は響けと願いながら身体の中に溜まったエネルギーを放出するように声を出す。
これまでのことが走馬灯のように目の前に現れては消えた。
私、さまざまな偶然が重なって、周りの人々に助けていただきながら今、ここに立っている。
山賊から助けてくれた山賊討伐隊の館で会った隊長様が、都の重臣のご子息で私の従兄弟で、にぃ兄様の本当のお兄様で。
エルヴィーノ様から私を預かって、都まで連れてきてくれたアレク様が実は大公様で、宮廷の旧い体制を一掃するために暴君を演じていたけど見事に果たして、私に愛妾ではなく大公妃になって欲しいと言ってくださって。
大公妃になるなんて思ってもみなかったけど、アレク様となら、踏ん張っていこうと思える。
セレスティナ王女のような方はこれからたくさん現れるだろう。
アレク様の愛情に頼るばかりではなく、自分でアレク様のお傍にいる立場を守り抜いていかなければならない。
私はもう、田舎の貧乏子爵の令嬢ではなく、大国の大公妃なのだ。
自らの中から湧き上がってくる力強い思いと共に、最後の節を歌い終えた。
お辞儀をした途端、「bravo!」とあちこちから声が聞こえて、広間に拍手が鳴り響いた。
顔を上げると、ダリスカーナ側のお三方は立ち上がり、オズヴァルド様とシプリアノも顔を上げて拍手している。
ヘイデンスタムもリウトを脇に抱えて、周りにいるお城の使用人も手を叩いている。
そして、ロレンシオ王子も目を見開いて、拍手してくれていた。
鳴りやまぬ拍手に戸惑っていると、『いやいや、お見逸れしました』とヘイデンスタムがようやく言った。
『大公妃様は素晴らしい美声の持ち主でいらっしゃいますね。
世界各地を長年旅してきたわたくしでも、なかなかお目にかかったことがない。
拙作がまるで名歌のように聞こえて、しかも大国二国の王様にお聞きいただけてわたくしも非常に光栄ですよ』
にこりと笑ってお辞儀すると、レセンデス王とアレク様の方へ向き直り話し出した。
『お二方とも素晴らしかったです。
それぞれのお国の珠玉の女性たちであられる』
『二国のお姫様お妃様方の教養を競う場面で、わたくしは審査員という大役を仰せつかりました。
最初は正直なところ、面倒なことに巻き込まれてしまったなあと思っていたのですが、この素晴らしい場に居合わせられたことを、今は最高に幸甚に存じています。
そして、肝心の審査でございますが…』
一度言葉を切り、瞳をぱちっと瞬かせて、また口を開いた。
『ダリスカーナ大公国のクレメンティナ大公妃様、に軍配を上げたいと存じます』
「クレメンティナ!」
アレク様が駆け寄ってきて私をぎゅーっと抱きしめる。
私はほっとしてアレク様の胸の中で目を閉じた。
『おとうさまあ!』
セレスティナ王女の泣き声が聞こえる。
『おお、可愛いセレスティナ。
残念だが、こうなってしまっては仕方ない。
アレッサンドロ殿よりも立派な結婚相手を見つけてやるから。
泣くのはお止し』
レセンデス王は早口で言うと『そんなことよりロレンシオ!』とせっかちに呼ぶ。
ぼーっと座っているロレンシオ王子に近寄り肩をつかむ。
『早く準備をしろ!
都の重臣たちが来る前に、サルディネロ大将軍と協議して領土分配の草案を作らねば』
『あ…はい』
ロレンシオ王子は夢から覚めたように何度か瞬きをし、私をじっと見つめて少し赤くなった。
『というわけでアレッサンドロ殿。
この度の縁談はこちらが引くとしよう。
田舎出の娘にしてはまあまあの素養があるようだ。
朕の大切な王女には、そのような田舎娘を好む、モノ好きなそなたよりももっと似合う世界一の男を見つけるから』
『今宵はこれで散会とする。
明日、また改めて話し合うという予定でよろしくお願いする』
すごい勢いで一気にそう言うと、レセンデス王はさっさと侍従に命じて広間を出て行く。
その後をロレンシオ王子とサルディネロ大将軍、そして泣きじゃくりながらセレスティナ王女が追っていった。
「えらいせっかちな王様でいらっしゃる…」
ダリスカーナ語で呆れたように呟いたヘイデンスタムの言葉に、私たちは思わずくすっと笑った。
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