身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第九章 逃亡の終着点

9.宮廷のしきたり

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 アレク様率いる優秀な軍人たちによる強行軍のお陰で(単に兵たちも早く家に帰りたかっただけかもしれないけど)、都の人々が驚くくらいに早く私たちはピストリアに凱旋した。

 城へ続く都の大通りは、集まった人がびっしりと道を覆って溢れかえり、お祭り騒ぎだった。
 警備の兵たちも喜びごとにあまり水を差したくないのか、なんとなく緩い感じで、私は民衆の熱狂で大きく揺れる馬車の中で恐ろしくて身を縮めていた。
 アレク様も最初はにこやかに手を振ったりしていたが、遅々として進まない馬車にだんだん苛立って「さっさと進ませろ!」と怒鳴りだす始末だった。

 「アレク様…」
 私やオズヴァルド様が窘めると、気まずそうに黙り込む。
 「暴君のイメージを払拭するのもなかなか厄介だな。
 まずその短気をどうにかしないと」
 「判ってるよ」
 
 オズヴァルド様の呆れたような言葉に、アレク様は不貞腐れて答える。
 腕を組んで背もたれに寄り掛かりぶすっとしているアレク様の表情に、私は可笑しくなって黙って寄り添った。
 「何が可笑しい」
 アレク様は私の頬に手をあてて顔を上げさせキスしようとしたが、その時大きく馬車が揺れて舌打ちした。

 「こんな衆人環視の中でよくやるよまったく…
 アレクのこんな姿を見たら、宰相が泡吹くな」
 更に唖然としているオズヴァルド様の顔を見てアレク様は「そうだなぁ」と真面目な顔で頷く。
 
 「自分でも未だに信じられないよ、この俺がこんなふうに誰かを愛せるなんてな。
 やさぐれてた一年前の自分に言ってやりたいなぁ、退屈しのぎに山賊討伐の助っ人に行ってお前の人生変わるぞって。
 オズヴァルド、お前もさ、人のことばっか言ってないで良い人見つけろよ、世界が明るく楽しくなるぞ」
 なんだかしみじみと話すアレク様に「処置なしだな、恋の病ってやつぁ…」と呟いて、お医者様のオズヴァルド様もお手上げといった様子で黙ってしまった。

 「そういえば、今朝出発の前に手紙が来ていたようでしたが…」
 シプリアノが思い出したように言い、アレク様も「そうだった、エルヴィーノからだ」と隠しに入れていた手紙を引っ張り出した。

 広げようとしたとき、唐突に馬車が停まった。
 お城の大門が音を立てて開き、漸く馬車はまっすぐ揺れずに進みだして馬車の両側にずらっと並ぶ人々(お城で働く人たちから始まり、下級貴族、上級貴族、重臣たちと見事な序列通りの整列だった)の間を縫ってお城の正面玄関に着いた。

 執事が恭しく馬車の扉を開き、アレク様は私の手を取って馬車から降りる。
 アレク様も私も悪路を走り抜ける強行軍に備えて、正装とは程遠い軽装(殆ど乗馬着)だったのだけど、畏まって頭を下げている人々の表情には敬意と、それから畏怖のようなものが浮かんでいるように感じられた。

 私は人々の表情の真意を測りかねて、戸惑いながら降りたち、宰相そして大公爵からの賛辞の言葉を受け取る。
 アレク様は宰相のとめどない口説を遮るように頷き、被せるように話し出した。
 「余の留守を守ってくれてありがとう。
 お陰ですべてが上手く片付いた。
 留守中、何か変わったことは」

 宰相はびっくりしたようにアレク様を見て「は、何事もございませんでした」と小さな声で言った。
 見るとエヴァンジェリスタ大公爵(オズヴァルド様のお父様)もぽかんと口を開けていて、宰相の言葉にはっとしたように口をつぐんだ。
 オズヴァルド様が「…ま、驚くよな、こんなアレク」と呟き、私はますます訳が判らなくなった。

 それから私は、たくさんの侍女に囲まれて寄ってたかって(というふうに私には感じられた)湯浴みさせられ、宝石のたくさんついた煌びやかなドレスを着せられ、髪を結い上げられ化粧をされて、ほっとする暇もなく執事が現れてどこかへ連れて行かれた。

 重厚で荘重な扉が衛兵の手によって開かれ、執事に促されて私は足を踏み出す。
 何処なんだろうここは…お城のことは何一つ判らない。
 不安に苛まれながら、それでも頭を上げて進んで行くと、目の前の大きな椅子にアレク様がいるのが見えた。
 
 盛装してため息が出るほど美しいアレク様は、私を見て顔をほころばせた。
 アレク様の隣に、豪奢な柄の織物張りの少し小ぶりな椅子があり、私はそこに案内されて漸くここが謁見の間だと知った。
 
 私が席に着くや否や、別の執事が大公爵の名を告げ、先ほどよりも着飾ったエヴァンジェリスタ公爵が気取った感じで入ってくる。
 アレク様と私に長々しく飾った言葉で祝辞を述べ、アレク様もそれに重々しく答える…と思いきや、気さくな感じで答えた。
 「ありがとう、エヴァンジェリスタ公爵。
 国のこと民のこと、そなたに相談したいことがたくさんある。
 協議する時間を作りたいので儀式張ったことはなるべく早く済ませたい」
 
 エヴァンジェリスタ公爵は一瞬、ぴくっと頬を震わせたが「畏まりました」と述べて頭を下げた。
 公爵が玉座の横の方にずれると、さっそく次の貴族が呼ばれる。
 大公様って本当にお忙しいんだな…
 私は果てしなく続くように思われる貴族たちの謁見に、微笑みを張り付けた顔で答えながら、内心うんざりしていた。
 こんなのが毎日じゃあ、サン=バルロッテ館に来るなんてそりゃ無理よね。

 しかし、私の意に反したことが起きた。
 アレク様が合図すると、次の間に続く扉が開けられ、大勢の貴族たちがぞろぞろと入ってきた。
 宰相が指示して何とか皆が部屋に入り、部屋の中は人いきれで一気に温度が上がる。
 
 思い切り渋面のエヴァンジェリスタ公爵をオズヴァルド様が叱るように何か耳打ちしている。
 何事かとざわめく人々に宰相が大きな声で語りかける。
 「陛下より、これからはものものしい儀式はなるべく簡略化していくとのご意向があり、皆様まとめてのご挨拶になることをどうかご了承いただきたい」

  宰相の威厳のある態度と声音に、聴衆はぴたっと静まり、エヴァンジェリスタ公爵とオズヴァルド様、新ヴァラリオーティ侯爵が賛同の拍手をすると、そこに居た全員が声を上げて謁見の間は割れんばかりの拍手に包まれた。

 
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