愛されない王妃は王宮生活を謳歌する

Dry_Socket

文字の大きさ
44 / 161
第四章 王宮で

8.小さな庭

しおりを挟む
 長かった夏も終わり、木々の葉の色が少しずつ変わるころ、私は初めてお城の外へ出た。
 メンデエルのどこか庶民と近い感じのする牧歌的な城の佇まいとは違い、ルーマデュカの城は優雅で美しくはあるけれど、何となく人を寄せ付けない怜悧で孤高の城だった。

 城の出口のところに、二頭立ての可愛らしい馬車が用意してあって私は驚く。
 「え…城の中を馬車で移動するの?」
 私の腰に手を添えてエスコートしながら、ジェルヴェは私を見下ろして微笑む。
 「東の端の方にありましてね。
 実は、貴女の大叔母上で私の義理の母であるエデルガルト様のお庭だったところを改装したのです。
 歩いても行けますが、今日は初日なので、これに乗って行きましょう」

 あ…そうなんだ。
 正妃の大叔母様にはお子様がいらっしゃらなかったから、今上陛下やジェルヴェたちは王弟殿下の方のお子だったっけ。
 私もそうなるんだろうな。
 別にいいけど。

 ジェルヴェと並んで馬車に乗り込み出発すると、私は広大な城の庭の風景に目を奪われる。
 「すごい…綺麗だわ…」
 まるで幼いころに見た絵本の挿絵のような、木立に見え隠れする美しい城の様子、足元の叢からたまに顔を出す小さな動物たち、鳥たちが囀り私の乗る馬車のすぐ近くをかすめて飛んで行く。

 はしゃぐ私を、ジェルヴェは楽しそうに眺めて「そのように楽しんでいただけるのでしたら、これからはもっと外へ出ましょう。図書室に籠っておられるのがお好きだから、あまり外にはご興味がないのかと思ってました」と言って頭を優しく撫でた。

 歩いても行けるというジェルヴェの言葉通り、遠回りしたはずの馬車はすぐに背の低い木々とレンガの壁に囲まれた小さな庭園の前に着いた。
 グレーテルとユリアナ、メンデエルの大使のコックとジェルヴェのシェフが待っていた。
 庭師かしら…畏まってはいるものの、どことなく着なれない感じのコートに身を包んだおじさんがいる。

 蔓薔薇の蔦が絡む可愛らしい扉の向こうには、思ったより広い空間が広がっていた。
 私はジェルヴェの手を離して、辺りを見回しながら細い道を辿っていく。
 秋だというのに、さまざまな植物が花を咲かせている。
 そして、実をつけているものもたくさんあった。
 
 「女性らしい」とジェルヴェが評していた通り、庭を彩る植物やそこここに置いてあるオブジェ、小さな噴水なども可愛らしく丸いフォルムの、いかにも女性の好みそうなものだった。
 これを畑に改装してしまうのも…という気がしないでもなかったけど、女性はやがて主婦になるものだ。
 主婦は、まず家族の食卓を調えるのが仕事だ。
 その仕事には、畑が欠かせない。
 うんうん。その論法で行こう。

 庭の奥の方に、ガーリーな四阿が設えてあり、お茶の準備がしてあった。
 「リンスター、あまり急ぐとまた転んでしまいますよ」
 後ろからついてきたジェルヴェが私の腰に手を回して、ふわっと抱きしめる。
 「自然の中ではしゃぐ貴女もたまらなく魅力的だ。
 このお姿は、私だけにしか見せてはいけませんよ」

 耳元で囁くと、一度ぎゅっと力を込めて私を抱きしめ、ぱっと身体を離す。
 「さあ、お茶にしましょう。
 歩かれてお疲れでしょう」

 私たちは向かい合って座り、グレーテルの給仕でお茶を飲み、お菓子をつまむ。
 メンデエルのコックとジェルヴェのシェフ、それから思った通り庭師のおじさんが、予め話し合ってあったらしい庭の改造計画について話してくれるのを聞いた。

 「これからの時期に植えるものとしては、玉葱や蚕豆、油菜類、と言ったところでしょうか。
 メンデエルよりは気候が穏やかなので、育てることできる野菜は多いと思います」
 コックが嬉しそうに言い、私はうなずいた。
 
 「庭師と相談いたしまして、どこにどれを植えるかは決めていこうと思っております」
 「そこはお任せするわ。
 お願いしますね」
 庭師に向かって微笑むと、庭師は「へっ…へえっ!」と変な返事をして畏まり、私とジェルヴェは思わず笑ってしまった。

 これから春に向けて楽しみが一つ増えたわ。
 私は庭を見回しながら、ワクワクする気持ちを抑えられなかった。
 
しおりを挟む
感想 102

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~

夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」 婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。 「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」 オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。 傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。 オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。 国は困ることになるだろう。 だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。 警告を無視して、オフェリアを国外追放した。 国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。 ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。 一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。

私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!

近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。 「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」 声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。 ※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です! ※「カクヨム」にも掲載しています。

処理中です...