愛されない王妃は王宮生活を謳歌する

Dry_Socket

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第四章 王宮で

12.呼び方

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 ジェルヴェは私の髪に優しく口づけると身体を離した。
 私は少し名残惜しく思い、そんな自分の気持ちに戸惑う。

 私…何だろう、どうしてしまったんだろう。
 こんな気持ちは、初めてでどうしていいのか判らない。

 「すみません、あなたを困らせるつもりはないのです。
 私を愛して欲しいとは言わない。
 ただ、これからもずっと、あなたの傍にいて支え続けることを許して欲しい」
 ジェルヴェは私の手を取り、甲にキスする。
 
 私はドキドキする心臓を持て余し、でもジェルヴェの言葉が嬉しくて、うなずいた。
 ジェルヴェは少し切なく微笑んで「ありがとう、リンスター」と小さく言った。

 「でも…今日、お庭で王太子殿下からお伺いしたのですけど…
 わたくしに関わっているせいで、宮廷でのジェルヴェの評判が落ちていると」
 私は、王太子の話を聞いてからずっとジェルヴェの立場が心配で、どうしても訊かずにはいられなかった。

 ジェルヴェは軽く目を瞠り「フィリベールがそんなことを?」と尋ねる。
 そして私を横目で見て少し意地悪く問う。
 「…だとしたら、リンスターはどうします?」
 私はやっぱりそうなんだ、と目の前が暗くなるような気がした。
 「そ、それは…
 それなら、ここに来るのはやめた方が…って思う、けど」

 「リンスターはそれで良いの?」
 言いながらうつむいてしまった私に、ジェルヴェは重ねて問うた。
 私は顔を手で覆って「嫌だけど…でもジェルヴェの立場が悪くなる方が、もっと嫌だから…」と声を振り絞る。
 その途端、きつく抱きしめられた。

 「嬉しい…」
 耳元でジェルヴェの低く響く声が聞こえる。
 私は苦しくなってジェルヴェの腕の中でもがく。
 ジェルヴェは「あ、すみません」と言って腕を離した。
 
 「脅かしてすみません、少し意地悪だったかな。
 大丈夫ですよ、私などもともと、宮廷の隅の塵のようなものだし。
 確かに噂をしたがる輩は居ますけどね。
 私もフィリベールもまったく相手にしていなかったら、立ち消えてしまいましたよ」

 そう言って優しく私の髪を撫でた。
 「フィリベールの煽りなど気にせずに、リンスターはいつも通りでいらしてくださいね」
 私は、良いのかな…と思いながらも、今まで通りで良いのだということが嬉しかった。 

 「お妃様、お食事の用意が調いました」
 ユリアナが呼びに来て、私とジェルヴェは、ん?と顔を見合わせる。
 侍女たち小姓たち、それからクラウスと二コラは私を「姫様」と呼ぶ。
 この国に来て最初にジェルヴェに「王太子妃様とお呼び申しあげなさい」と言われてはいたものの、当時は皆、まだ言葉がよく判らなかったこともあり、なしくずしに「姫様」が定着していた。
 なのに、何故?

 私とジェルヴェの不審げな視線を感じて、ユリアナは困惑したように言う。
 「あ、あの…王太子様より、わたしたちリンスター様にお仕えする者に執事様を通して通達がありまして、姫様ではなくお妃様とお呼び申し上げるようにと」

 ええ?
 なんでわざわざそんなこと、王太子が言ってくるわけ?
 余計なお世話よ。
 どうせ名ばかりの王太子妃なんだし、日常のことにまで口を出さないでもらいたいわ。

 私が憤慨していると、隣でジェルヴェがくすっと笑いをこぼす。
 「…フェリベールのやつ…
 余程、私に対するマウントを取りたいらしい」

 意味が解らなくてジェルヴェを見上げると、ジェルヴェは私を見下ろしてぱちっとウィンクをしてみせる。
 「フィリベールには悪いけど、これからまだまだ、私がアドバンテージを奪っていきますよ。
 ね、リンスター。
 二人でもっと楽しいことをやっていきましょうね」

 楽しそうに笑っているジェルヴェを見て、私は不得要領ながらつられて笑い出す。
 うん、あなたとなら。
 この冷淡で退屈な王宮でも、楽しいことがいっぱいできそう。

 この時既に、宮廷ではさまざまな黒い思惑が渦巻いていたことを、私は何も知らなかった。

 

 

 
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