愛されない王妃は王宮生活を謳歌する

Dry_Socket

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第十章 戴冠式及び国葬

12.国葬

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 結局、その日も翌日の国葬でも、王と話すことはできなかった。
 結婚式以上の分刻みのスケジュールに忙殺されたからだ。
 天候もあまり良くなく、冬の涙空はものすごく寒くて私はメンデエルを思い出す。

 大聖堂は一昨日の戴冠式とは違い、黒色の衣装を着た人々に埋め尽くされ、天窓から差す光は弱く蝋燭の灯りも控えめにされていて、全体的に薄墨色の印象だった。
 祭壇に飾られている花は白で、シモンが温室とやらいう施設で丹精込めた花なのかな、と思ったりした。

 王は悲しみを堪え、私の手を握って祭壇の前に立つ。
 教皇の祈りの言葉を聞きながら、胸の前で手を合わせた。

 棺に横たえられ、周りをたくさんの花で囲まれた先王の遺体は、この寒さであまり傷んでおらず、穏やかに目を閉じておられるお顔はまるで眠っているようだった。
 『リンスター、今日は体調が良いのだよ。
 いつものように、そなたの話を聞かせておくれ』
 と優しく微笑んで仰りそうだ。
 
 先王と最後にお話しした時に苦しい息の下から仰っておられた。
 『フィリベールと国を頼みます』
 ごめんなさい陛下…
 私、お役に立てないです。
 でも姉が私なんかよりずっと王を幸せにすると思いますから、ご安心くださいね。

 両手を握りしめて、心の中で話しかける。
 先王の慈愛に満ちた優しい微笑みを思い出すと、涙があふれて止まらない。
 私がもっと、王に愛されるような女性だったらよかったのに。
 役立たずで本当にごめんなさい。 

 王太后様は、ジェルヴェに支えられて祭壇の傍らの椅子に座って顔をあげなかった。
 この場にいらっしゃるだけでも相当な精神力だと思う。
 強い女性であられる。
 私もこうありたい。

 長い祈りの言葉が終わり、棺には蓋がされ、釘で打ち付けられた。
 若い貴族たちが棺の周りを囲んで持ち上げる。
 オーギュストも悲痛な面持ちでその中にいた。
 
 雪のちらつく寒い日で、地面が凍っていて墓所の中まで入れず、私たちと主だった貴族だけが馬車の中で納棺を見守ることになった。
 王太后様はお身体の調子が悪く、ここまではいらっしゃれなかった。

 無理もないわ。
 後で温かい飲み物でも持ってお部屋に伺おう。
 ドレスのお礼とお別れのご挨拶を兼ねて。

 馬車の中とは思えない、広くて豪奢な室礼の座椅子にいっぱい並べてあるクッションに体を預けて、王は黙って窓から外を見ている。
 馬車の外に立っている侍従が、定期的に窓を拭いて、曇りを取り除く。

 凍った地面を掘るのに、人夫たちも苦労しているようだ。
 この寒いのに汗だくで、たちのぼる蒸気が陽炎のようにゆらゆらと見える。

 私は王の隣に座って、王の腕にそっと触れた。
 王は私を振り返り、腕を伸ばして抱き寄せた。
 王の白い頬が私の額に触れる。

 「父上と秘密裏に進めていたバルバストル公爵の弾劾だが…
 成功した今になって、思うことがある。
 バルバストルのオランド枢機卿に対しての裁判で、一方的で私刑だと余は言ったが、余がバルバストルやアンヌ=マリーにしたこともそれと同じではなかったのか」

 私は王の低くて暗い声に「そんなことはないと思いますわ」と小さく言う。
 「陛下は、この国と民の将来を考えて、敢えて蕀の道を選ばれたのですから」

 王は「そう…」と私の頭の上で呟く。
 「しかし、途中から余の理由は変わっていった。
 そなたと…この先ずっと一緒に生きていきたいと思ったんだ。
 そのために自分を鼓舞し、恐ろしさに立ち向かえた」

 「えっ?」
 私は王の言葉に身体を起こして、向き合った。
 王は青い瞳にいたずらっぽい光を浮かべ、口許を緩める。
 「だって面白そうじゃないか?
 畑を作ったり新しいダンスや料理を考えたり、医療設備や武器の開発まで。
 退屈させてもらえなさそうだよなあ?俺のカスタード姫」

 私は「なんですって!」と言い返そうしたとき、馬車の前の窓が開いて執事が「陛下、妃陛下、納棺でございます」と畏まって伝えた。

 王と私ははっとして馬車の外を振り向く。
 棺がそっと穴の中に降ろされるところだった。
 合唱団が讃美歌を歌い、教皇が聖油をかけて祈りの言葉を捧げている。
 私たちも手を合わせた。

 こうして国葬はしめやかに終了した。

 

 
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