愛されない王妃は王宮生活を謳歌する

Dry_Socket

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第十三章 二度目の輿入れ

5.お姉様のダンス

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 舞踏会は、ルーマデュカに比べると小規模でオーケストラも人数が少なかった。
 私にはとても懐かしい光景で、でもいつも壁に背を預けてじっとしていたなあ…と回想する。
 
 私と王が広間に入って行くと、場がざわめく。
 何だろう…
 と、思っていると、「フィリベール陛下!」という声がした。

 この声は…
 王の腕にかけている手に、無意識にぎゅっと力が入る。
 王は少し驚いたように私を見て、それから声のした方に視線を向ける。

 「エリーザベト王女」
 王が呟いた。
 晩餐会は体調が良くないと言って欠席していたお姉様が、更に着飾って立っていた。
 顔色や露出している部分の肌色は真っ白で、それが体調が良くないからなのか、それとも元からなのかお化粧なのか判然としない。

 「先程の質問は、わたくしの守備範囲を超えておりましたのでちょっとお答えできませんでしたが、ダンスは得意ですのよ。
 ぜひ、陛下にご覧いただきたいと思いますわ」
 そう言って微笑むと、王に近寄ってくる。
 
 私のことなど目に入らないように、王だけを見て前に立つと、私と組んでいる腕と反対の腕に触れてつかむ。
 王は戸惑ったように「いえ、私はリンスターと」と言うが、その言葉は聞こえていないように両手で王の腕を引っ張って、場の中央に連れ出した。
 
 王は私の耳に『大丈夫、心配しないで』とルーマデュカ語で囁いて、私の手を外し、お姉様と向かい合ってお辞儀する。
 私はその場に立ち尽くし、両手を握りしめた。

 指揮者が指揮棒を振り、オーケストラの音楽が流れ始めた。
 ルーマデュカで流行っているテンポの速い音楽ではなく、私にはもうクラシカルに聞こえる、従来のダンス音楽だった。

 王はお姉様の手を取り、腰に手を回してゆっくり踊る。
 お姉様は少し頬を上気させ、微笑みを浮かべて王を見つめ、優雅にステップを踏む。
 美しい二人が踊るさまは、絵から抜け出してきたように優美で、見ている人々を魅了する。

 お姉様のダンスはとても綺麗で洗練されて、気品がある。
 わが国では当代随一と言われているダンサーに、姿勢や一歩ごとの足や手の位置まで教え込まれているからだ。
 でもそれだけではないな。
 お姉様自身にダンスのセンスというか才能があるのだろう。

 私は二人の踊る姿を見て、だんだん視界がぼやけてきた。
 やっぱり私なんかでは、王の傍に侍ることは無理なんだ。
 王は愛していると言ってくれるけど、周りから見たら、お姉様より見劣りするのは間違いない。
 大国の王妃になるには、いろいろ不足しているわ。

 「リンスター、私と踊りませんか」
 ソロモンが優しく声をかけてくる。
 私はとてもそんな気になれず、首を横に振った。
 その拍子に涙がぽろっと振りこぼれる。

 「やはり、大国の王妃には、エリーザベト様のような方でないと。
 リンスター様は、その器ではないのでは?」
 後ろでしわがれた声がした。
 「宰相殿!」
 ソロモンが厳しい声で制する。

 ラウツェニング宰相は肩を竦め「本当のことでございますよ」と言う。
 「先程の謁見の間での出来事をご覧になったでしょう、リンスターは」
 「判っております、聞いておりましたとも。
 まあでも、あんな質問は適当に答えたって、どうせ誰も正解など知りはしないのだから。
 フィリベール陛下が正解だと仰れば、それでいいような質問で」
 ソロモンが私を弁護しようとする言葉を遮り、宰相は涼しい顔で言う。

 「行きましょうリンスター」
 ソロモンが怒りを含んだ声で言って私の肩を抱いて歩き出そうとしたとき、音楽が終わり、お姉様とお辞儀をした王は、お姉様がすがろうとする手を振り切ってこちらへ走ってきた。

 『リンスター!』
 私の肩に置かれたソロモンの手を振り払い、王は『何があった?』と私の顔を覗き込む。
 『ラウツェニング宰相が、フィリベール陛下のお妃にはやはりエリーザベト王女が相応しいと仰ったんですよ。
 謁見の間でのことも、正解など誰も知りはしないのだとうそぶいて』
 ソロモンが怒り冷めやらぬ感じで言うと、王も『なんだと…』と薄笑いを浮かべるラウツェニング宰相を睨む。

 王は私の手を引き、また広間の中央に行く。
 私はお姉様と比べられるのが嫌で、王の手から自分の手を引き抜いた。
 『! リンスター…』
 王は私を見て、それから唇を引き結ぶと、ルーマデュカから連れてきた従者のバリエに合図する。
 そして私を抱き寄せ、嫌がる私の腰に手を回して殆ど抱き上げるようにして広間の中央に行き、降ろした。
 
 『私はリンスターと踊るのが一番好きだよ』
 耳元で囁いて微笑む。
 指揮者が指揮棒を振り、王は私の手を取ってお辞儀をして、私の身体を勢いよく引き寄せた。

 音楽の始まりと同時に、私も踊りだしていた。
 王とルーマデュカで踊ったことのある、テンポの速いアレンジ曲だ。
 周りの貴族たちの、驚いた顔が見える。

 王は私の顔を見つめて、笑って、と促すように笑顔で楽しそうに踊る。
 このような場で、いつまでも自分のネガティブな感情を露わにしてはいけない。
 私も無理に笑って踊っているうちに、本当に楽しくなってきた。

 曲が終わって、私と王が向かい合ってお辞儀をすると、周りから大きな拍手が沸いた。
 王は私を引き寄せて、素早く唇にキスすると片手で抱きしめて私の頭の上で囁く。
 『リンスターの笑顔が大好きだから、いつも笑っていてくれ。
 その笑顔があれば、私はずっと幸福で居られるから』


 

 
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