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第八章 暗雲

24.提案

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 あーこほんこほん、とわざとらしく咳をすると、ふたりははっとしたように視線を外してそれぞれあらぬ方を見る。
 
 「どちらの気持ちも解るのよ。
 だからね、少輔はわたくしが預かるわ」

 えっ?とふたりは同時にあたしを振り向く。
 あたしは思わず笑いだしながら話す。

 「衛門がかねてからつきあってた彼氏と結婚するっていうことでね、もうすぐ退職するのよ。
 何かと身辺の噂がかまびすしい、あの右大臣家の伊都子姫の女房は剣呑けんのんだっていう、ご実家の英断もあるみたいなんだけどね」

 「少輔のご家族にも聞いて、お父様にも聞いて。
 承諾が得られれば、わたくし付きの女房になってここにいたら良いわ。
 伊靖だって、毎日内大臣家に帰るわけじゃないでしょ。
 伊靖がここに来る日は、少輔の仕事はお休みでいいから」

 そう、この時代の結婚制度って結構アバウトなのよね。
 内大臣家の姫君が伊靖君の北の方になるかどうかも、今は便宜上そう言ってるだけでまだわからない。
 
 他にも何人か妻を持って、その中から一番有力な女人(身分とか子供の人数とか)が正妻になるということもある。
 妻子を経済的に養わなくていい、っていうのがこの制度の特徴なんだろうな。
 
 あたしの言葉を聞いて、ふたりは顔を見合わせ、赤くなる。
 もう、可愛くってよふたりとも。
 あたしはニヤニヤしてしまう。

 「あ、それから。
 もし少輔に赤ちゃんができたら、責任持って右大臣家うちで育てるわ。
 もちろんお母さん込みで。
 だから、ちゃんと認知するのよ!」

 伊靖君に厳しく言う。
 縫姫みたいになったら可哀相。

 伊靖君もそう思ったらしく「判ってますよ、当然です」と言って、泣き出してしまった少輔さんを優しく抱きしめる。

 それからふたりで、あたしの方に向き直り頭を下げた。
 「姉上…ありがとうございます。
 少輔を宜しくお願い申し上げます」
 伊靖君が嬉しそうに言う。

 いえいえ、何のこれしき。
 お幸せにね。

 しかし…と伊靖君は顔を曇らせる。
 「私も結婚そのものがどうなるか、判らなくなってきました。
 姉上の謀反の教唆?とやらの罪に、内大臣家が難色を示している感じで」

 え、そうなの?
 あたしは、胃の辺りがすっと冷えるような、嫌な感じに襲われる。

 「今日、宣旨があったのですが、来週予定の除目はとりあえず延期にすると。
 東宮殿下の処遇が決まらないと、他も決められないというか、東宮そのものが他の方になるかもしれないということで。
 月子姫の罪については何としても回避すると、主上がものすごく息巻いて居られて、左近衛中将殿が走り回っていらっしゃいます」

 「月子姫を救う会の我ら十一人衆も(今は東宮殿下を除く十人衆ですが)、それぞれ姉上の潔白を証明するために奔走しておりますので、姉上は恐らく大丈夫かと思いますが。
 殿下は…関白殿が厳しく弾劾なさると思われますので…
 太政大臣殿は、暁の上のお腹のお子のこともありますし、今はあまり何もおっしゃっては居られませんけどね」
 
 うわ…昨日の話、関白に思い切り言質を取らせちゃったもんなぁ。
 あたしもそうだけど、東宮、これからどうなるんだろう。
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