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第3話 諦め

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 シシュリカは庭を歩いていた。天気のいい日で、庭の花を見て歩けば少しは気分も良くなるのでは無いかと思ったからだ。
 澄んだ水が張られた池に蓮の花が咲いていた。天に向かって堂々と咲くその姿に、シシュリカは何処か羨ましい気持ちを覚える……。

 ――私も、こんな風に美しく、凛として立つ事が出来たなら何か違ったかしら……?

 家族に愛され、使用人達にも慕われ――婚約者にも愛される。
 けれど、現実にそんな事は起こり得ないのだ。
 シシュリカは、池に掛かった橋の上を歩く、そして欄干の上に腰を下ろした。そのすぐ近くにある蓮の花を見るためであった。
 ふと、視線を感じれば、屋敷からをシシュリカを見る人があった。それが誰なのかに気が付いて、シシュリカは身体を強張らせた――それは、エウリカである……。
 距離は遠く、おそらくエウリカからはシシュリカの表情は分からないだろう。
 けれど、シシュリカは目が良かったので、感情の無い冷めた目で自分の方を見るエウリカの表情がありありと分かった。
 普段、穏やかに微笑むエウリカしか知らないシシュリカが見た事が無い姉の表情――それに気を取られたからか、シシュリカの身体がバランスを崩す――そして――

 池に落ちた

 その瞬間のエウリカの表情を、シシュリカは信じられない気持で思い返した。
 水に落ちるまでの数瞬――シシュリカは水に落ちる自分を嗤うエウリカを見たのだった。そして、窓から身を翻して中へと消える――……。助けを呼んでくれるつもりなのだろうか……?シシュリカはそう思ったけれど、直前のエウリカの嗤う顔が脳裏にチラついて消えなかった。

 ――お姉さまは、私が嫌いだったのね……。

 あの顔を見た瞬間、シシュリカは悟った。
 自分の誕生日に必ずエウリカが熱を出したのはやっぱりわざとだったと。両親が、シシュリカの事を祝ったり、褒めたりする事が嫌だったのかもしれない。
 優しい微笑みの下にある、シシュリカへの憎悪――。それは生々しく――だからこそ真実であるとシシュリカに教えてくれているようだった。

 ――疲れてしまったわ……。

 シシュリカは水に沈みながらそんな事を考えた。我慢してきたのだ。ずっと――……仕方が無いと……。けれどせめて、両親に良い子だと思って欲しくて、我儘も言わずそのように振る舞って来た。
 我慢して、我慢して、我慢して――

 ――最後に、お兄様には会いたかったなぁ……。

 唯一、自分に良くしてくれたのは兄だった。
 お礼位は言いたかったと考えながらシシュリカは沈んで行く。水の中は苦しいのに、余計な音が聞こえずシシュリカを穏やかな気持ちにしてくれた。
 
 ――もう、頑張らなくてもいいよね?

 足掻く事無く――自分の生を諦めて、シシュリカは池の底へと沈んで行った――
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 誤字修正(2021.04.02) 
 エウリカ→シシュリカ
 書き間違いを修正しました。誤字報告、ありがとうございます!
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