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第11話 婚約破棄

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 ラットウェイ子爵がレーン子爵家に着いたのは昼を過ぎた頃だった。どうやら、外出していたらしく緊急の話だからと聞かされて慌てて来たらしい。
 ラットウェイ子爵は、案内された応接室へ入った瞬間、挨拶も忘れて立ち止った。
 中に居たのは、自分の息子ユーベル。こちらは青褪め落ち着かない表情で、ラットウェイ子爵が入室した瞬間、顔を俯けた。座った膝の上で両手を組み――イライラと身体を揺する。
 そしてラットウェイ子爵の友人でもあるレーン子爵夫妻。
 レーン子爵の方は、激情を堪えるような顔をし――夫人の方は複雑そうな顔をしていた……。その隣には、レウリオ――……こちらは冷めた目でユーベルを睨んでいる。その隣にシシュリカ……彼女は、一瞬泣きそうな顔をした後、申し訳無さそうにラットウェイ子爵に目を伏せた。
 そしてこの部屋に入った瞬間の――最大の違和感。ラットウェイ子爵は、ユーベルの隣に座るエウリカを見た。聖女のように優しい娘と評判のレーン子爵夫妻の掌中の珠――。
 穏やかに笑う姿しか見た事が無いその娘が、膨れっ面をしながらラットウェイ子爵を睨んだのだ。

 『何で来たのよ!』

 無言であっても、そう言われたかのような印象をラットウェイ子爵は受けた。
 友人の様子に戸惑い――息子の様子に困惑し――友人の娘に何故睨まれるのか分からず――そして一番分からなかったのは彼等の座っている位置――。何故、ユーベルの隣に座るのが、シシュリカで無いのか……?そう考えてラットウェイ子爵は混乱していた。
 執事に案内されて、ユーベルの隣のソファに座る。エウリカ以外のレーン家の面々が、ラットウェイ子爵の目の前に座っていた。

 「急な呼び出しに応じてくれて済まない――」

 低く這うようなレーン子爵の声に、ラットウェイ子爵は何事か重大な事が起こった事を悟った。
 彼の姿を見れば、怒鳴りたい所を堪えているのが明白だったからだ。けれど、理由までは分からなかった。ただ、息子の様子がおかしい事から、ユーベルが何かをしたのだと言う事は察していた。
 けれど、それが何で――何故エウリカがこちら側にいるのかも予測する事は出来なかったのである。
 次に話し始めたのはレウリオだった。
 ユーベルとエウリカがシシュリカにして来た仕打ち――。プレゼントの差や態度の差――シシュリカを裏切った事――……レウリオの説明を聞いてラットウェイ子爵の顔が青褪める――。

 「どう言う事だ!ユーベル!!」

 思わず立ちあがって怒鳴りつけるラットウェイ子爵にユーベルは「誤解です!」と叫んだ。
 ユーベルは「確かに」――と、プレゼントをエウリカに渡していた事は認めたけれど、それは外に出られないエウリカの気持ちを慰める為……シシュリカへのプレゼントは彼女がまだ幼いから装飾品等は使わないだろうと思ったから――だと、必死に訴えた。そしてシシュリカを裏切ったりしていないと――。
 そう言うユーベルに、苦々しい顔をしてラットウェイ子爵は「そんな言い訳が通用すると思うのか!」と叫んだ。

 「わ、私はちゃんとシシュリカを愛しています!」

 必死の形相でそう言うユーベルに冷たい視線が突き刺さった。
 ユーベルからすれば、必死である。何としても、この場を誤魔化さなければと思っていた。エウリカと会えなくなる事も嫌だが、ラットウェイ子爵がこんなに怒るとは思っていなかったからだ。
 自分が誤解だと言えば、信じてくれるろう……婚約の継続は必要なのだし、自分しか子供はいないのだから……そうユーベルは考えていたのに、アテが外れて必死なのだった。

 「愛してるだと?どの口でそれを言うんだ――?シシュリカにはナッツのアレルギーがある……散々それを手土産に持って来たそうじゃないか……?そんな事も知らないのに、娘を愛してるなぞと言うんじゃない!!」

 今にも、殴りかかりたいと言わんばかりの形相で、レーン子爵にそう告げられてユーベルは怯んだ。
 
 「アレルギーの事なんか聞いて無い!」

 「俺は言ったはずだ――けど、お前シシュリカに興味が無かったんだろう?だから覚えて無かったのさ――」

 叫んだユーベルの言葉に、冷徹な声でレウリオがそう告げた。ユーベルは、はくはくと口を動かしながら助けを求めるようにシシュリカを見た。
 ユーベルの中のシシュリカは大人しい少女だった。大人しく、何でも言う事を聞いてくれるような少女――シシュリカを懐柔する事が出来れば、この窮地から逃れられる――そう思っていたのだ――けれど……
 シシュリカから返されたのは軽蔑の眼差し。助けは得られない、そう確信させるものだった。

 「――……アレルギーの事は、その、申し訳……ありません。もっと気を配るべきでした――ですが……!俺がエウリカ嬢と仲良くしようとしたのは、シシュリカと結婚する以上、彼女が義姉になるからだ。仲良くしようとするのは当然でしょう?ですが、それを浮気と言われるのは心外だ……――証拠――そうだ、証拠も無いのに友人を疑うだなんて……レウリオ、君の頭はどうかしてしまったんじゃないか?」

 ユーベルは話しながら、どうにかこの場を収拾する為にレウリオが自分を貶める為についた嘘だと言う事にしようと思いついた。
 できるなら、エウリカにも協力して欲しかったけれど、彼女は膨れっ面をしたまま横を向き、何も言わずに黙っていた。
 エウリカからしてみれば、ザルのように穴だらけのユーベルの発言に辟易としていた。このままだったら、コイツは自爆するだろう――なら、関わらないようにして、全部の責任を負って貰おうと考えていた。
 エウリカはレーン子爵夫妻が『別室でエウリカとシシュリカのやり取りを見ていた』事も気にしていた。どうやってそのやり取りを見ていたのか、まったく見当もつかなかったからだ。
 
 「――証拠、ね……。欲しいなら出せるよ?今認めれば、出さないでおいてやっても良いけど?あぁそれから、この件を知った時からお前の事は友人とは思っていない。安心しろ」

 「――っ!!そんなもの、ある訳が無い!!」

 レウリオの突き放す様な言葉に、ユーベルは動揺しながら叫んでいた。
 証拠?そんなものある筈が無い――ユーベルはそう思っていた。彼は、レウリオが証拠を集める為にもっと前からレーン子爵家に帰っていた事を知らなかったからだ。
 レウリオは、レーン子爵に目配せをした。レーン子爵は重々しく頷くとラットウェイ子爵とユーベルを見た。

 「こちらとしては、その証拠の開示と共にラットウェイ子爵家嫡男、ユーベルとレーン子爵家次女シシュリカとの婚約の破棄を求める」

 ハッキリと言い切ったレーン子爵に、ユーベルは顔を引き攣らせながら拳を握った。
 これだけハッキリと言うのだから、何か証拠があるのか――いいや、ある筈が無い――と混乱しながら、ユーベルは唇を噛みしめる。
 ラットウェイ子爵はユーベルを睨んだ後、頷いて、レーン子爵とシシュリカに頭を下げてから席に着いた。
 エウリカは、証拠とは何だろうと考えていた。この事が露見したのはメリヌの所為だった事を思い出し、彼女が証言をするのだろうかと考えた……。
 エウリカに憧れ一番忠実だった侍女だ――証言する為に入って来たらどうにかして言いくるめ無ければ……エウリカはそう考えて爪を噛んだ。
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 お気に入り登録がかつてない増え方でビックリです;;;……登録ありがとうございます!! 
 この後の更新ですが、用事があるので少し時間が開きますが、今日中に完結までUPしますので、宜しくお願い致しますm(_ _)m
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