【完結済】病弱な姉に婚約者を寝取られたので、我慢するのをやめる事にしました。

夜乃トバリ

文字の大きさ
8 / 18

第8話 毒婦

しおりを挟む
 
 「普通なら信じなかっただろうな――」

 ガチャリと開いた扉――そこから入って来たのはレウリオだ。

 「お、お兄様?いつお帰りになったの……??」

 エウリカが動揺したのは一瞬で、儚げでか弱い『エウリカ』の仮面を自然に表に出していた。恐るべき変わり身の早さだった……先程までシシュリカを罵っていたとは思えない。
 けれど、次に入って来た人達にはエウリカだけで無く、シシュリカも驚いた。青褪めて堅い顔をしたレーン子爵夫妻――つまり二人の両親が入って来たからだ。
 そして、夫人はツカツカと足早にエウリカに近寄ると、涙を浮かべながらその頬を平手打ちにした。

 バシッ

 と――強く頬を打つ音がして、シシュリカは目を瞠る――エウリカは、何故打たれたのか分からないと言うように茫然としていた。
 そしてエウリカはワナワナと震え、目尻に涙を浮かべると、さも誤解されて打たれた可哀想なエウリカを演じ始めた。

 「酷いわ――お母様――……もしかして、シシュリカが何か言ったの??今も話していたのよ……シシュリカ、私の事を誤解しているのだもの……だから、一生懸命誤解を解こうとしていたのに――……お母様達は、その『誤解』を信じてしまわれたのね……?」

 シクシクと泣くエウリカに、夫人は指が白くなる位に手を握り締めた。
 シシュリカは、心に迫るようなエウリカの熱演に冷めた目を向けていた。当事者でなければ、きっとシシュリカはこのエウリカの言葉を信じただろう。
 それ程に、誤解されて哀しい――そう全身で哀しんでいるように見えるのだ……今のエウリカは。
 同じように冷めた目をしたレウリオが父親である子爵を見た。彼は最初信じたくないと言う顔をしていたけれど、今は真っ赤な顔をしていた。
 それは、可愛がっていたエウリカの本性に気が付かなかった恥と、怒りの気持ちからだった。

 「――エウリカ……」

 「お父様!お父様は信じてくれますわよね??」

 首を傾げて――胸の前で祈るように手を組み涙を零す可憐なエウリカ――。
 子爵は、自分の娘だったエウリカを蔑むような眼差しで睨んだ。いつもなら、たやすく信じて貰えるはずなのに風向きがおかしくてエウリカが動揺したように顔を強張らせた。

 「いい加減に、その芝居をやめろ!!――……私達は、お前とシシュリカのやり取りを別室で見ていたんだぞ!!」

 「信じられない――信じられませんわ!!エウリカがまるでオルテンシアみたいに――!!あぁ、情けない――こんな子だったなんて……!!」

 シシュリカは正直驚いた。
 別室でこの部屋のやり取りを見ていたと言う事にもだけれど、両親は、なんだかんだ言ってもエウリカの肩を持つと思っていたからだ。だから、驚いてレウリオを見た。
 レウリオは当然だろう?と言う顔をしてシシュリカに微笑む。

 「――……オルテンシアって誰ですの?」

 エウリカにそっくりだと言われたオルテンシアと言う名前を、シシュリカは知らなかった。
 そしてこのオルテンシアこそが、レーン子爵家が今回の事を公にしない最大の理由である事も……。

 「――……オルテンシアはね。俺の実の母親だ」

 レウリオは苦々しさを隠さない様子で、そう吐き捨てた。子爵と夫人が痛ましそうにレウリオを見る――。そしてレウリオは自分の母親の事を話し始めた――。

 オルテンシア・テスタ

 彼女には生涯に於いて、3つの名前があった。一つは、レーン子爵夫人の双子の姉としてのオルテンシア・テスタ……次にレーン子爵家長男・・の妻としての名――オルテンシア・レーン……そして隣国パラウェイの第二王子の愛妾としての名――オルテンシア・ニュクス夫人。
 オルテンシアと言う女性は、かつてレーン子爵家次男――つまりエウリカとシシュリカの父親の婚約者だった。
 けれど、オルテンシアは不満だった。次男の妻では子爵夫人になれないからだ。結局、当時もう子爵位を継いでいた長男を籠絡して子爵夫人となった。
 当時長男にも婚約者がいた上、自分の婚約者の兄と結婚したのだ。社交界では大変な醜聞だった。けれど、オルテンシアの暴挙はこれだけで終わらなかったのである……。
 レウリオが産まれた年――隣国のパラウェイの王子がお忍びでレーン子爵領を訪れた。レーン子爵領は風光明媚な避暑地として有名な場所で王子は休暇を楽しみに来ていたのだ。
 オルテンシアは、その立ち居振る舞いから王子が高位貴族である事を見抜き近付いた。そして閨を共にすると、夫と子供を捨てて王子について行ったのである。

 『子爵なんてウダツの上がらない男より、殿下の方が断然良いわ。子供?要らないわよ。邪魔でしょ??』

 オルテンシアはそう言って笑い、縋りつく夫を振り払って行ったらしい。結果、レウリオの父親は精神を病み、自殺した。
 当時、次男であったレーン子爵は、初めこそ婚約者を寝取った兄を憎んでいたけれど、やつれ、自殺までしてしまった事を憐れに思い、当時恋人になっていた夫人と結婚した後――レウリオを養子として迎え入れて子爵位を継いだのだと言う。
 そして、オルテンシアの事は産後の肥立ちが悪く死んだ事にしたのだと――。
 さて、オルテンシアはその後幸福に暮したのか――?
 答えは『いいえ』――。
 オルテンシアは、奔放な女性だった。欲しいと思ったものを我慢できない女だった――。第二王子の寵愛を受けながら、贅沢な暮しをしていたようだけれど、よりにもよって厩番の青年を閨に引き入れた。
 それを見つかってしまったのだ……。

 「一度だけ、手紙が来たわ……」

 夫人がそう憎々しげに呟いた。
 婚約者と兄に裏切られた夫を献身的に支えて来た夫人――レウリオを我が子のように慈しんだ夫人にとって、双子の姉の暴挙は到底許せるものでは無かった。
 だから、『助けて』と自殺した長男に図々しく手紙を出して来たオルテンシアに、余計に怒りが湧いたのだろう……。
 その内容は、王子に攫われて隣国にいる事……誤解されて殺されそうだと言うもの――。

 「一応、返事は出した。『宛先をお間違いじゃ無いですか?』と――。当家にいたオルテンシアと言う女性は産後の肥立ちが悪く死に――妻を失った哀しみで兄は後を追ったと――そう書きしるしてね」

 子爵はそう言って、憎々しげに眼を閉じた。その手紙が、オルテンシアに届いたかどうかは分からない。何故なら暫くして彼女は処刑されたらしいからだ。
 らしいと言うのは、夫の居る女性を愛妾にした負い目からか、隣国から一通だけ密書が届いたからである。
 
 薔薇は、切られて落ちた――。
 
 そう書いてあったと子爵が言う。愛妾が閨に間男を入れると言うのは大変な醜聞である。隣国で、オルテンシアの処刑が報じられる事は終ぞ無かった。その死は闇に葬られたのだ。
 
 「エウリカ、お前は――病弱で優しい令嬢を演じながら、俺の友人達に同情されるように振る舞っただろう?涙目で見上げて、恥ずかしげも無く身体を寄せて――その上、お前は俺の部屋に薄着でやって来た――まるで娼婦のように……」

 レウリオの言葉に、シシュリカも子爵夫妻も驚いたように固まった。
 シシュリカは、レウリオが言いたがらなかった家を出た理由はこれだと理解して、口に手を当てて絶句した。

 「お前は――!!そんな事までしていたのか!」

 「別に良いでしょ!お兄様が好きだったのだもの!!お兄様と私が結婚すれば、私はこの家にずっと居られると思ったのよ!!」

 被っていた猫を剥がしたエウリカが不機嫌そうにそう叫んだ。
 どうやら、エウリカはレウリオが実の兄で無い事を知って、レウリオを籠絡しようとしたようだった。純粋な恋心もあったのかもしれない。けれど、その中には確かな打算もあったはずだ。
 慣れ親しんだ――と言うより、自分の事を病弱で心優しい令嬢だと扱ってくれるこの家から出たく無かったのだろう……。
 何故なら、レーン子爵夫妻はエウリカが病弱な為に嫁には出せないだろうと認識していて、レウリオが子爵の座を継ぎ結婚したのなら、同じ敷地内に小さな邸を建て、エウリカと自分達で暮らすつもりだったからだ。
 その話は、レウリオもシシュリカも知っている話で、勿論、エウリカにも告げられていた。実際問題として、病弱なエウリカが結婚したとしても、子供を産めるかどうかが分からない。貴族の婚姻は血を繋げる事を大事にする為に、エウリカの婚姻は難しかったので、両親の判断は間違ってはいないのだ。
 けれど、崇拝される事に喜びを感じるエウリカが、兄嫁に居場所を取られる事を良しとする訳が無い。
 両親からそれを告げられたエウリカは、レウリオならば、関係を結べば自分を見捨てられないだろうと考えたのだった……。愛されているという自信があったからこその行動――それが原因でレウリオに嫌われるとは思ってもいなかったのだろう……。
しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

義母と義妹に虐げられていましたが、陰からじっくり復讐させていただきます〜おしとやか令嬢の裏の顔〜

有賀冬馬
ファンタジー
貴族の令嬢リディアは、父の再婚によりやってきた継母と義妹から、日々いじめと侮蔑を受けていた。 「あら、またそのみすぼらしいドレス? まるで使用人ね」 本当の母は早くに亡くなり、父も病死。残されたのは、冷たい屋敷と陰湿な支配。 けれど、リディアは泣き寝入りする女じゃなかった――。 おしとやかで無力な令嬢を演じながら、彼女はじわじわと仕返しを始める。 貴族社会の裏の裏。人の噂。人間関係。 「ふふ、気づいた時には遅いのよ」 優しげな仮面の下に、冷たい微笑みを宿すリディアの復讐劇が今、始まる。 ざまぁ×恋愛×ファンタジーの三拍子で贈る、スカッと復讐劇! 勧善懲悪が好きな方、読後感すっきりしたい方にオススメです!

私を家から追い出した妹達は、これから後悔するようです

天宮有
恋愛
 伯爵令嬢の私サフィラよりも、妹エイダの方が優秀だった。  それは全て私の力によるものだけど、そのことを知っているのにエイダは姉に迷惑していると言い広めていく。  婚約者のヴァン王子はエイダの発言を信じて、私は婚約破棄を言い渡されてしまう。  その後、エイダは私の力が必要ないと思い込んでいるようで、私を家から追い出す。  これから元家族やヴァンは後悔するけど、私には関係ありません。

婚約破棄が、実はドッキリだった? わかりました。それなら、今からそれを本当にしましょう。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるエルフィリナは、自己中心的なルグファドという侯爵令息と婚約していた。 ある日、彼女は彼から婚約破棄を告げられる。突然のことに驚くエルフィリナだったが、その日は急用ができたため帰らざるを得ず、結局まともにそのことについて議論することはできなかった。 婚約破棄されて家に戻ったエルフィリナは、幼馴染の公爵令息ソルガードと出会った。 彼女は、とある事情から婚約破棄されたことを彼に告げることになった。すると、ソルガードはエルフィリナに婚約して欲しいと言ってきた。なんでも、彼は幼少期から彼女に思いを寄せていたらしいのだ。 突然のことに驚くエルフィリナだったが、彼の誠実な人となりはよく知っていたため、快くその婚約を受け入れることにした。 しかし、そんなエルフィリナの元にルグファドがやって来た。 そこで、彼は自分が言った婚約破棄が実はドッキリであると言い出した。そのため、自分とエルフィリナの婚約はまだ続いていると主張したのだ。 当然、エルフィリナもソルガードもそんな彼の言葉を素直に受け止められなかった。 エルフィリナは、ドッキリだった婚約破棄を本当のことにするのだった。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

夫から「余計なことをするな」と言われたので、後は自力で頑張ってください

今川幸乃
恋愛
アスカム公爵家の跡継ぎ、ベンの元に嫁入りしたアンナは、アスカム公爵から「息子を助けてやって欲しい」と頼まれていた。幼いころから政務についての教育を受けていたアンナはベンの手が回らないことや失敗をサポートするために様々な手助けを行っていた。 しかしベンは自分が何か失敗するたびにそれをアンナのせいだと思い込み、ついに「余計なことをするな」とアンナに宣言する。 ベンは周りの人がアンナばかりを称賛することにコンプレックスを抱えており、だんだん彼女を疎ましく思ってきていた。そしてアンナと違って何もしないクラリスという令嬢を愛するようになっていく。 しかしこれまでアンナがしていたことが全部ベンに回ってくると、次第にベンは首が回らなくなってくる。 最初は「これは何かの間違えだ」と思うベンだったが、次第にアンナのありがたみに気づき始めるのだった。 一方のアンナは空いた時間を楽しんでいたが、そこである出会いをする。

異母妹に婚約者の王太子を奪われ追放されました。国の守護龍がついて来てくれました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「モドイド公爵家令嬢シャロン、不敬罪に婚約を破棄し追放刑とする」王太子は冷酷非情に言い放った。モドイド公爵家長女のシャロンは、半妹ジェスナに陥れられた。いや、家族全員に裏切られた。シャロンは先妻ロージーの子供だったが、ロージーはモドイド公爵の愛人だったイザベルに毒殺されていた。本当ならシャロンも殺されている所だったが、王家を乗っ取る心算だったモドイド公爵の手駒、道具として生かされていた。王太子だった第一王子ウイケルの婚約者にジェスナが、第二王子のエドワドにはシャロンが婚約者に選ばれていた。ウイケル王太子が毒殺されなければ、モドイド公爵の思い通りになっていた。だがウイケル王太子が毒殺されてしまった。どうしても王妃に成りたかったジェスナは、身体を張ってエドワドを籠絡し、エドワドにシャロンとの婚約を破棄させ、自分を婚約者に選ばせた。

処理中です...