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第15話 告げる想い。
しおりを挟む「お前ほど――恥知らずで愚かな者を見た事が無い――……」
吐き出す様に、そう言ったのはラットウェイ子爵。顔色は血の気が無く、紙のように白い――握られた拳から血がポタリと落ちた。
レーン子爵は、その視線でユーベルを呪い殺しそうな程に睨んでいる。殴り殺しそうな自分を律している表情だ。レーン子爵夫人は――エウリカを凍えるような目で見ていた。自分の妹を助けようともせず……ユーベルの企みの結果を予想できる筈なのに嗤っていた事が許せなかったのだろう。
そして、はらはらと涙を零すシシュリカ――その震えるシシュリカをレウリオは慰めるように抱きしめていた。
ユーベルは引き攣った笑いを零しながら涙を浮かべている。混乱し過ぎて、この状況を理解できているかすら怪しい状態だった。
エウリカは土気色の顔で、周囲を見回した。誰か、誰か自分を助けてくれる人はいないかと思ったからだ。ラットウェイ子爵も両親も、彼女を助ける意志は無い――。駄目だとわかると震えながら視線を泳がす。
最後にレウリオを見た瞬間、エウリカは固まった。
その目に浮かぶのは、憎しみ――それから蔑みだ。かつて恋した相手――手に入らなかったからこそ、まだ何処かで拘ってる相手にそんな目を向けられて、エウリカは一粒涙を零した。
それは、芝居上手なエウリカにとって、或る意味純粋な涙であったけれど、レウリオには一切響く事は無い。レウリオはエウリカからの視線を断ち切るように目を逸らすと、愛おしげな顔をして声を殺して泣くシシュリカを慰めた。
「な――んで……?」
エウリカがそう呟いたのは、レウリオの気持ちが『誰』に向かっているのか気が付いたからだ。
健康な体を持っているシシュリカがエウリカは羨ましかった。だから、妹の幸福を奪い滅茶苦茶にしてきたつもりだった。けれど、一番欲しかったモノは手に入らず――シシュリカの手の中にある……。
何と言う皮肉だろうか……。
「なんで!何でよ!!どうしてなの?お兄様!!どうしてシシュリカなのよっ!!」
泣き叫んで激昂するエウリカに、驚いたシシュリカがレウリオに抱きつく。
「このっ!お兄様から離れなさいよっ!!」
シシュリカに飛びかかろうとするエウリカをレーン子爵が手荒に止めた。床に抑えつけながら、吠え続けるエウリカを汚いものでも見るように見下ろして……。
「どうしてっ――……シシュリカより私の方が美しいじゃない――!!」
「――……いくら外側が美しかろうと、中身が腐っていたのなら嫌悪感しか湧かないだろうが」
エウリカの言葉に、レウリオが平坦な声でそう告げた。
嫌悪感しか湧かないと言われたエウリカが、何を言われたのか分からないと言うようなポカンとした顔をする。
レウリオからしてみれば、寝室に忍んで来た頃から嫌悪の対象だ。ましてや、愛おしいシシュリカをこれだけ傷付け――更にもっとも惨い方法で傷付ける計画を容認していた相手をどうして好ましく思えようか。
エウリカは愛される事に慣れていて、嫌悪される事に慣れていなかった。
だからこそ、初恋の相手であり気付かぬまでも今も愛し続けているレウリオに、手酷い言葉を投げつけられると言う事は思いもよらないショックをエウリカに与えた。
「お兄様――?どう言う事……??」
エウリカの叫びも、レウリオの答えも意味が分からないシシュリカがそう兄に問いかける。
レウリオはシシュリカに苦しそうに笑いかけた後、大きく息を零した。このやり取りで、レウリオの気持ちを察したのはレ―ン子爵夫妻とラットウェイ子爵だ。
三人とも驚いた顔をしたけれど、レウリオの気持ちを慮ってただ見守る事にした。
「――俺が、シシュリカを愛しているって事だ――……」
「え、えぇ――お兄様――知っていますわ。家族として――……違うの?」
シシュリカは、レウリオは家族として自分を愛してくれているのだと考えてそう言ったのだけれど、レウリオの寂しそうな顔を見て、自分の思い違いに気が付いた。けれど、まさか――と言う想いが強すぎて混乱しているようだった。
レウリオはシシュリカの髪を一筋手に取ると、その髪に口付を落す。髪へのキスは『思慕』――つまり恋しく慕う気持ちを表すもの……。
シシュリカは、レウリオの行動に驚き――そしてどうして良いか分からないと言うように更に混乱しているようだった。只でさえ、実は従兄妹であったと知ったばかり。シシュリカにとってレウリオはまだ兄だった。
けれど、希うように揺れる熱を灯した目の奥が、レウリオを見知らぬ男性のようにシシュリカに見せる――知らずシシュリカの心臓の鼓動が高鳴った――シシュリカは恥ずかしくなって真っ赤な顔をそっと伏せた。
「――こんな状況だ。無理強いをするような事もしない――ただ、俺の気持ちは知っていて欲しい――」
レウリオはシシュリカに囁くようにそう言うと、そっと身体を離した。
シシュリカはレウリオの目が見れなかったけれど、ただコクリと頷いた。そのやり取りを見ていたエウリカはただ「何で……」と繰り返す事しか出来ない。
そんなエウリカをレーン子爵は憐れに思ったけれども、彼女の仕出かした事を思えば自業自得だと心の中で切り捨てた。
気力を無くして呻くだけのエウリカをレーン子爵は床に置いたまま立ちあがる――ユーベルは茫然自失したまま動かない。
「本当に申し訳無い――……婚約の破棄を受け入れる。慰謝料は……」
「いや、慰謝料は必要ない。今回の件はこの二人で引き起こした事だからな……」
悄然と項垂れるラットウェイ子爵に、苦しい顔をしたレーン子爵がそう告げた。仲の良い親友であった二人にとって、今日のこの出来事は筆舌に尽くしがたい苦悩を与えた。
加害者は互いの娘や息子であり、被害者と言うべき相手も娘であり、娘のように思っていた相手だ。怒りも哀しみも、複雑な気持ちもあるだろう。
「しかし……」
「ユーベルのしようとした事は勿論、許せはしないが――エウリカも、妹がどんな目にあわされるか分かっていて嗤っていたのだ。責任は双方にある。以降の援助はしかねるが――これまでの分の返済は待つ。この問題にケリを付けたら、まずは子爵家の立て直しを優先しろ――」
ラットウェイ子爵とレーン子爵の友情が壊れた訳ではないが、事が事である。流石に無償での援助は続ける事が出来ない。それでも、友の為にと――レーン子爵は返済の猶予を申し出たのだ。
「――……済まない……ユーベルは廃嫡する」
「ち、父上?――跡継ぎは私しか――」
ラットウェイ子爵の言葉に、ユーベルが呆けていた顔を驚きに染めてそう問い返した。
「お前のような恥知らずの愚か者を後継者に出来るとでも?養子を取るに決まっているだろうが!!」
唸るようなラットウェイ子爵の言葉に、「そんな!」と言うと、ユーベルはガクリと項垂れた。
ラットウェイ子爵は、血筋は少し遠くなるものの又従兄弟の家の次男がそこの長男と同じように優秀だと聞いていたので、そこから養子を取りたいと打診する事をレーン子爵に告げた。
「確かに我が家としてはユーベルが後継のままだと強い態度を取らざるをえないだろうからな……」
厳しい顔でレーン子爵が言えば、ラットウェイ子爵も同意して頷いた。
「後は、話し合いで決めるので良いか?」
「構わない。こちらもそうして貰えれば有難い」
互いの子供の処遇を話し合いで決める。
それに口を挟む者はいない――そして、結論が出るまでユーベルとエウリカは自宅に軟禁される事になったのだった……。
____________________________________________________
2021.04.14(誤字修正)
取らざるおえない→取らざるをえない
まだあった『お』えない問題……見直しても見逃すあたりがもう……。ご指摘、ありがとうございました!
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