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閑話 アルフリード・ヴァン・ファラキア 

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 「――……もういいか?――気を取り直して魔女の事だ……」

 「そうですね。私とした事が――少々取り乱しました……申し訳ありません」

 宰相が真顔になって薄く笑む姿を見れば、先程までの怒りが嘘のように見える。
 それを見た父は呆れ顔だ。自制心が強いのか、気持の切り替えが早いのかは分からないけれど、何事も無かったような様子でシレっとした顔をしている。
 交渉につかせれば、どんなときにも顔色すら変わらない――内心を読ませない――『氷の宰相』そう呼ばれるに相応しい姿だった。父に気心を許しているからなのか、怒りに我を忘れたのかは分からない。けれど俺は、考えれば随分と貴重な姿を見たのかもしれない。

 「今回の件に関しては、本当に殿下に怒った訳ではありませんから――誤解を与えるような姿を見せてしまい、本当に申し訳無かったと思っております」

 「いや、謝られるような事は無い。寧ろ、黙っていた事を考えれば怒られて当然だと思っていたからね――」

 俺の言葉に、丁寧な礼を返すと宰相は父の方を真っ直ぐに見た。
 父が大きな溜息を吐いて「それにしても厄介事だらけだなぁ」と呟いた。

 「魔女に関しては、こちらでも人を手配して探す――が……あまり手勢を出せん」

 「それは――父上達がお疲れな事と関係していますか?」

 枝葉も出せない――眉間に皺を寄せて唸るように話す父に、俺はそう問い返した。

 「あぁ――ユクレース王国の国王から書簡が来てな――この国と、かの国に隣接するメルジェド帝国がキナ臭いらしい。それと、この国から山を挟んだ隣国――ファージル王国にも確実な反乱の兆しあり――って所でな……まぁ、ファージルは山向こうだから、それ程困った事にはならんと思うが」

 ファージルは傀儡の王家に強権を握る宰相家――甘い蜜を吸う家臣……反乱待ったなしの状況で、メルジェドは国王と王太子がボンクラで宰相や家臣が頑張って支えている国だ。
 どちらにも共通しているのが、王太子の上に優秀な義兄がいる事――。それなのに彼等が王太子になっていないのは、所謂、母親の身分が低いからというものだ。
 うん、理事長宅でも似たような状況だったな……。この世界、存外似たような話はあるんだろう。

 「それでも、反乱の規模によっては収束後、救援の手を差し伸べなければなりますまい」

 頭が痛そうな顔をする宰相を見る――。
 彼の言いたい事は理解が出来た――。そう、反乱が起こるのは良い――それぞれの国の問題だからだ。それに圧政を強いられている民からすれば、反乱が起き――現状が改善される可能性もある。問題はその後なのだ。
 
 「――難民ですか……?」

 「あぁ。反乱の後、国内が落ち着かなければ、難民が来る可能性がある――」

 深刻そうなのは難民の規模の予測が立たないかららしい。父達は、難民となりうる民をファージルに留め置きたいのだ。
 もし難民が来たら、難民キャンプを作って引き受ければ良いと思うかもしれない。けれど、この世界では幻想のようなものだ。
 反乱の状況、規模にもよるけれど難民は家財を失っている事がほとんど――。少人数なら受け入れてもどうにかなるけれど、大規模だった場合は国が傾きかねない。
 難民が来た場合、治安の悪化の可能性――不衛生な状況から病が発生する可能性――人数が多ければ、食糧事情の悪化や、低賃金で難民を雇う商家があれば国民の雇用の悪化にも繋がるだろう。
 だからこそ、隣国で反乱や戦があった場合、その争いが終わった後に積極的な支援を行うのだ。彼らだって好き好んで自国を捨てたい訳じゃない。積極的に支援をする国があれば、国内で踏ん張るだろう。
 逆に支援が無く、治安の回復が難しければ死に物狂いで山を越えて来ると思われた。

 「ファージルは反乱が確実だと言う事ですね?メルジェドは――?」

 「良く分からん。良く分からんが――大人し過ぎる。あそこは所謂商業国家だ。多くの商人が国を支えていると言って良い――商人は、諜報員を紛れ込ませるのにも適しているしな――情報も金になるから、あの国は様々な国に間諜を忍ばせている――が……外向きの諜報活動が大人し過ぎる。まるで、国内に心配事があるみたいにな」

 どうやら、今まで泳がせていた諜報員のほとんどが自国に戻ったらしいのだ。
 確かにそれは変な話である。
 これは、前代未聞の出来事らしく、何事かメルジェドで起きていると父達は判断したらしい。優秀な枝葉はそちらの情報収集の為に出払っている――と。

 「あぁ、それから――エルダルトン伯爵家のルクス――……彼はお前から見てどうだ?」

 「――今その名前が出る事に驚きましたが――彼は信頼に足る人物だと思っています。――理事長は、何かしていましたか?」

 この話の後にエルダルトン伯爵家の事を相談するつもりだったので、父から話が出た事は僥倖だった。
 難しい顔をしているので、こちらもあまり良い話ではないのだろう。

 「――あぁ。正確にはしようとしていたと言うところだが」

 「――よりにもよって、ファージルの奴隷商と顔見知りになったようでして――どうやら、若い女奴隷を買うつもりらしいですね……」

 親子そろって愚物だと言い切った父と蔑むような冷笑を浮かべる宰相を見れば、ワルステッドも話に噛んでいるようだった。
 ファージルでは奴隷は合法だ。攫われて奴隷に落される者もいるけれど、悪政の続くファージルでは生きる為に自分を売る者が多いのだろう。
 ティアの言っていた奴隷商と同じ相手とは限らないけれど、ヒロインが奴隷商に捕まっている可能性もあるだろうか……?理事長の事は後で話すつもりだったので、『悪役令嬢』と理事長の関わりは話していない。
 俺は、念の為だと考えて、父と宰相にその話を告げた。

 「可能性は低いと思いますが、魔女が彼等の手元にいる可能性もあるかもしれません……」

 「まぁ、確かに可能性は低そうですが……だからといって看過できる問題でも無いですし、対処ついでに魔女の情報も探れば宜しいかと」

 俺の話を聞いた宰相がそう言って、父を見た。
 父は首肯するのを確認して、宰相が天井に向かって指を動かす。指話だ――手話と言えば、分かりやすいだろうか。どうやら天井に待機している枝葉に指示を出したらしい。
 遮音結界が発動している今、室内の音は枝葉には聞こえない。遮音結界は唇を読まれないように外からは顔がぼやけて見えるらしいから、指話にして指示を出したのだろう。
 了解の意味だろうか、コツコツと2度天井が鳴った。

 「それで、父上――ルクス殿の事を聞いたと言う事は、私と同じ考えだと思っても宜しいですか?」

 父の方を見てそう言えば、ニヤリと笑っていてとても楽しそうな顔をしている。

 「お前が思ってるのが、ルクスから・・・・・馬鹿二人の情報を王城に上げさせて・・・・・馬鹿共から身分を剥奪――ルクスを伯爵にする――って事なら同じ考えだな」

 考えていた事はまったく同じ――父はどうやら、俺が同じ事を考えていたのが嬉しいらしい。
 ――まず、ルクス殿から情報を上げさせる事で、彼の潔白を証明する事――害悪でしか無い父親と義弟を伯爵家から切り離す事――……二人は未遂とは言え、奴隷を買おうとしたのだし、他にも余罪があるようなので鉱山送りになりそうだ……。
 そして、ルクス殿に伯爵家を継がせる――と。
 罪によっては一族連座で根切り――つまりは族滅させるような事もある世界だ――。今回の場合、族滅はありえないけれど、連座でルクス殿も平民になる可能性が高い。
 けれど、身内の罪の告発をルクス殿にさせることで、伯爵家の存続に繋げるという訳だ。ウォルフ先輩の待ち人の件もある――それは、父も知る所で伯爵家の血を絶やさない事が必要なのだとか。
 宰相が、伯爵家の初代の養子――2代目に連なる血が遺産を受け取る鍵の一つなのだと教えてくれた。成程、父が首のすげ替えだけで事を済まそうとする筈だ。

 「なら、問題無いです。ルクス殿なら、家を潰すより父親と義弟を切り捨てられると思います」

 彼の先代に対する思い――それがある限り、ルクス殿は身内を告発する事を躊躇わないだろう。
 証拠はこちらで用意すれば良いし、使用人達はルクス殿の味方だ。彼に咎がいかない――家の存続が叶うと知れば、彼等も協力してくれるだろう。 

 「随分と買っているようだな?」

 「報告は上がってるんでしょうに――虐げられていても、腐らず――家を守ろうとしている人です。信頼するには十分だと思います。それから出来れば義弟の成果となっているルクス殿の功績を、取り戻して頂けませんか??」

 「分かった。そちらも合わせて考慮する」

 父がニヤリと笑って言ったので、もう大丈夫だろうと思われた。だから、日陰で耐え忍んで来たエルダルトン伯爵家の人達が、報われる事を俺は願う。
 話は一段落し、緊張した空気が少しだけ弛緩した。ヒロインが見つかるまで、落ち着けないだろうが……現状で焦っても仕方が無い。
 だから学園に戻ろうとした時だった――。

 「緊急の話が済んだ所で少々よろしいですか?――……一度殿下にはお話しなければ、と――思っていたのです」
 
 「何だろうか――?」

 急にそう言われて、俺は緊張しながら宰相を見た。
 にこやかに見える笑顔だけれど、未だかつてこんな顔の宰相を見た事が無い。その表情とは裏腹に内心がまったく読めず、無駄に緊迫した空気が室内に流れた。
 出来るなら、父の方を伺い宰相の真意を計りたい。けれど、今は宰相から目を逸らしてはいけない気がした。

 「ふむ。威圧に怯まない所は評価できますかね――あぁ失礼しました――大したことではありません。若い娘にあのような・・・・・顔をさせるような事はお慎みいただかねばと愚考しただけです」

 笑顔で言われた瞬間、脳内が停止した。
 バッと勢い良く父を見れば、片手を上げて「悪ぃ」と一言。この二人、どうやら賭けをしていたらしい。内容は、俺とティアが婚約を真実にするか――婚約破棄を選ぶかと言うモノ。
 父親たちが賭ける内容としては不謹慎な気がするけれど、父は婚約継続――宰相は婚約破棄に賭けたらしい。ちなみに宰相が婚約破棄に賭けた理由がどちらとも恋をしている様子が無いから――。
 初めて会った日、転生しての再会に驚いてティアの手を掴んで逃げたのだけれど、世間では俺が一目惚れした女の子を独占したかったから――と言う話になっている――が、宰相にはどうにもそうは見え無かったと。
 しかも、何か隠し事をしていてその為に偽装婚約したのではないか?と感づかれていたらしい。だから、それが解決すれば婚約破棄だろうと考えた訳だ……。
 あの頃は、ティアへの恋心の自覚はしていなかったからなぁ……前世からの年齢差を考えて、見無い振りをしていたと言うか……。

 「――このバカ――失礼――陛下は早く孫が見たい等と仰っていますが、婚姻前に子が出来るのは少々、外聞が悪い。お分かり頂けますね?」

 「待て待て待て!私はまだそこまではしていないぞ?!」

 薄ら寒い笑みを浮かべた宰相の言葉に、俺は慌てて言い返した。
 孫って――。確かに父には言われたけれど、正直ティアの外聞に響くような事をするのは俺の本意じゃ無い。年齢的にそう言った事に興味が無いとは言わないが、中身は子供じゃ無いんだし、自制ぐらい出来る。多分。

 「まだ――ですか?で、そこまでは――ね??それより手前までは行ったと――」

 「?!」

 圧がギリギリと俺を締め上げるかのようだった。宰相――本当は俺に怒って無いか――?

 「研究室で二人で何をしていたのかまでは言及しません。大方、思い通じ合ったのが嬉しくて少しオイタ・・・が過ぎた位でしょうから……ですが、若い娘をあのように呆けた顔で外を歩かせれば、どんな噂が立つか分かりません。自重なされる事をお勧めいたします」

 最後まで笑顔の宰相に、俺は「配慮する――」としか言いようが無かった。
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 遅くなりました;;
 事故で2話に別れましたが、この閑話が長くなってしまったので、結局2話になったんじゃないかと思います。
 前話ですが、次の本編と矛盾する部分が出て来たので、この後、修正してくる予定です。一文足す位の修正ですが……。ちょっと目立つ矛盾かな?と思ったので……。

 本日も読みに来て頂き、ありがとうございました!

 (2021.03.13追記)この話の後に、一話閑話を足しました。宜しくお願い致しますm(_ _)m
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